84 / 119
ただいまと、さよならと
3
しおりを挟む
どれだけ待っただろうか。
一分か十分か。それよりももっと短い、走馬灯のようにわずかな時間か。
「よう、坊主。生きてるかい」
左肩の焼けつくような痛みを擦って起き上がると、すぐ目の前に声が降ってきた。
目線を上げる。
ナイフの転がる先で、暴れる男子生徒が取り押さえられている。
その背の上で、檜垣さんが僕を見つめていた。
「すみません」
すぐに立ち上がって謝る。
何に対してかはわからない。ひょっとしたら、何かに許されたかったのかもしれないと気付いて、僕は唇を噛み締める。
眉間にシワを寄せた檜垣さんが、職務を果たす警官のように冷然と言った。
「謝って済むもんか、お前らのやったことは変わらん。ただ余計な怪我をせんでよかった、それだけよ」
「はい……有り難う御座います」
僕は頭を下げた。
遅れてきた応援の警官が暴れる一年生たちを引き継いで、パトカーに乗せていく。いつの間にか、駐車場には野次馬の人だかりが出来ていた。
きっと僕らに逃げる場所なんて、最初から存在しなかったのだろう。
「失敗だな」
若がポツリと呟く。僕はうなずいた。
それから僕らは別々の車に乗せられて警察署へ向かった。
僕の隣には檜垣さんが座っていて、歳のわりにずいぶんと若い見た目のスマホを操作していた。
「俺の娘も殺されたんだ」
悲しい歌でも口ずさむように檜垣さんがつぶやく。
その目は僕を見ていない。ただ、それが僕に向けられた言葉なのは明らかだった。
「そうなんですか」
と僕は流すように言った。
檜垣さんは気分を害した様子もなく続ける。
「男に襲われてな。PTSDになって、ある日突然眠剤ビールよ」
「ソイツは逮捕されたんでしょ?」
なるべく波風を立てないように、かつ話題が早く終結するように言葉を選ぶ。
今の僕は、牟田の誘拐に失敗したことだけを考えていた。
きっと三か月前の自分が聞けば、「気色の悪い冗談だ」と切り捨てるだろう。それほどに、僕の思考は氷雨を中心に回っている。
牟田に打つ次の一手を考えていると、鋭い眼光が僕を向いた。
「殺したよ」
思考が一瞬で無に帰すくらいの動揺があった。
自分がずっと使い続けてきた言葉でも、平均的な人間よりもずっと死に近い警官が言うそれは、ひどく大きく冷淡に聞こえた。
一分か十分か。それよりももっと短い、走馬灯のようにわずかな時間か。
「よう、坊主。生きてるかい」
左肩の焼けつくような痛みを擦って起き上がると、すぐ目の前に声が降ってきた。
目線を上げる。
ナイフの転がる先で、暴れる男子生徒が取り押さえられている。
その背の上で、檜垣さんが僕を見つめていた。
「すみません」
すぐに立ち上がって謝る。
何に対してかはわからない。ひょっとしたら、何かに許されたかったのかもしれないと気付いて、僕は唇を噛み締める。
眉間にシワを寄せた檜垣さんが、職務を果たす警官のように冷然と言った。
「謝って済むもんか、お前らのやったことは変わらん。ただ余計な怪我をせんでよかった、それだけよ」
「はい……有り難う御座います」
僕は頭を下げた。
遅れてきた応援の警官が暴れる一年生たちを引き継いで、パトカーに乗せていく。いつの間にか、駐車場には野次馬の人だかりが出来ていた。
きっと僕らに逃げる場所なんて、最初から存在しなかったのだろう。
「失敗だな」
若がポツリと呟く。僕はうなずいた。
それから僕らは別々の車に乗せられて警察署へ向かった。
僕の隣には檜垣さんが座っていて、歳のわりにずいぶんと若い見た目のスマホを操作していた。
「俺の娘も殺されたんだ」
悲しい歌でも口ずさむように檜垣さんがつぶやく。
その目は僕を見ていない。ただ、それが僕に向けられた言葉なのは明らかだった。
「そうなんですか」
と僕は流すように言った。
檜垣さんは気分を害した様子もなく続ける。
「男に襲われてな。PTSDになって、ある日突然眠剤ビールよ」
「ソイツは逮捕されたんでしょ?」
なるべく波風を立てないように、かつ話題が早く終結するように言葉を選ぶ。
今の僕は、牟田の誘拐に失敗したことだけを考えていた。
きっと三か月前の自分が聞けば、「気色の悪い冗談だ」と切り捨てるだろう。それほどに、僕の思考は氷雨を中心に回っている。
牟田に打つ次の一手を考えていると、鋭い眼光が僕を向いた。
「殺したよ」
思考が一瞬で無に帰すくらいの動揺があった。
自分がずっと使い続けてきた言葉でも、平均的な人間よりもずっと死に近い警官が言うそれは、ひどく大きく冷淡に聞こえた。
2
お気に入りに追加
17
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
幼なじみとセックスごっこを始めて、10年がたった。
スタジオ.T
青春
幼なじみの鞠川春姫(まりかわはるひめ)は、学校内でも屈指の美少女だ。
そんな春姫と俺は、毎週水曜日にセックスごっこをする約束をしている。
ゆるいイチャラブ、そしてエッチなラブストーリー。
寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい
白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。
私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。
「あの人、私が
小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話
矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」
「あら、いいのかしら」
夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……?
微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。
※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。
※小説家になろうでも同内容で投稿しています。
※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。
セーラー服美人女子高生 ライバル同士の一騎討ち
ヒロワークス
ライト文芸
女子高の2年生まで校内一の美女でスポーツも万能だった立花美帆。しかし、3年生になってすぐ、同じ学年に、美帆と並ぶほどの美女でスポーツも万能な逢沢真凛が転校してきた。
クラスは、隣りだったが、春のスポーツ大会と夏の水泳大会でライバル関係が芽生える。
それに加えて、美帆と真凛は、隣りの男子校の俊介に恋をし、どちらが俊介と付き合えるかを競う恋敵でもあった。
そして、秋の体育祭では、美帆と真凛が走り高跳びや100メートル走、騎馬戦で対決!
その結果、放課後の体育館で一騎討ちをすることに。
「桜の樹の下で、笑えたら」✨奨励賞受賞✨
悠里
ライト文芸
高校生になる前の春休み。自分の16歳の誕生日に、幼馴染の悠斗に告白しようと決めていた心春。
会う約束の前に、悠斗が事故で亡くなって、叶わなかった告白。
(霊など、ファンタジー要素を含みます)
安達 心春 悠斗の事が出会った時から好き
相沢 悠斗 心春の幼馴染
上宮 伊織 神社の息子
テーマは、「切ない別れ」からの「未来」です。
最後までお読み頂けたら、嬉しいです(*'ω'*)
姉らぶるっ!!
藍染惣右介兵衛
青春
俺には二人の容姿端麗な姉がいる。
自慢そうに聞こえただろうか?
それは少しばかり誤解だ。
この二人の姉、どちらも重大な欠陥があるのだ……
次女の青山花穂は高校二年で生徒会長。
外見上はすべて完璧に見える花穂姉ちゃん……
「花穂姉ちゃん! 下着でウロウロするのやめろよなっ!」
「んじゃ、裸ならいいってことねっ!」
▼物語概要
【恋愛感情欠落、解離性健忘というトラウマを抱えながら、姉やヒロインに囲まれて成長していく話です】
47万字以上の大長編になります。(2020年11月現在)
【※不健全ラブコメの注意事項】
この作品は通常のラブコメより下品下劣この上なく、ドン引き、ドシモ、変態、マニアック、陰謀と陰毛渦巻くご都合主義のオンパレードです。
それをウリにして、ギャグなどをミックスした作品です。一話(1部分)1800~3000字と短く、四コマ漫画感覚で手軽に読めます。
全編47万字前後となります。読みごたえも初期より増し、ガッツリ読みたい方にもお勧めです。
また、執筆・原作・草案者が男性と女性両方なので、主人公が男にもかかわらず、男性目線からややずれている部分があります。
【元々、小説家になろうで連載していたものを大幅改訂して連載します】
【なろう版から一部、ストーリー展開と主要キャラの名前が変更になりました】
【2017年4月、本幕が完結しました】
序幕・本幕であらかたの謎が解け、メインヒロインが確定します。
【2018年1月、真幕を開始しました】
ここから読み始めると盛大なネタバレになります(汗)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる