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死に損ないの六月、折られた傘

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 不気味なほどに何もない一週間だった。
 夏はまるで初めからここにいたような顔で陽を降らせて、沸き立つ入道雲の輪郭を際立たせる。
 つい先週までの梅雨なんて、本当は元からいなかったのだと勘違いしてしまうくらいの、暑い夏の盛り。
 デートを終えてからも氷雨と僕の奇妙な交流は続いて、若と芽衣花は相変わらず些細なことで罵り合う。
 変わったことと言えば、僕と氷雨の距離感くらいのことだ。

「よぎせ~ん、お昼行きません?」

 昼休みの教室に氷雨の声が響く。
 物言いたげな若から目をそらして、僕は教室を出る。

「今日もテニスコート裏か?」
「はいっス。見つかったらフツーに怒られるんで、気をつけて下さいね」
「僕にとっては今さらだけどな」
「アタシの秘密基地に招いてるんスよ。お客さんはホストの指示に従ってください」
「はいはい。お招き痛み入るよ」

 くだらない会話を落としながら、特別棟を抜けてテニスコートに出る。
 山とテニスコートに挟まれた細道は、倉庫が死角になって校舎からは見えない。

「学校でイチャコラするのって、なんかドキドキしません?」
「そうだな。今にも寝落ちしそうだ」
「もー素直じゃないっスね~。やーいムッツリムッツリー」

 弁当を広げながら、氷雨がニャハハと笑う。
 観覧車での未成熟な告白から、彼女が僕に割く時間が増えた。
 これは後から聞いた話だけれど、先週までは昼食も取らずに人助けに奔走していたらしい。
 そう毎秒困っている人間がいたらたまらない。「便利屋」のあだ名通り、実際には使いっ走りにされていただけなのだろう。
 けれど今は自分のための時間を過ごしている。
 それが僕の隣であることが、少しだけ嬉しくて。緩んだ頬の内側を、僕は静かに噛み締める。

(僕が喜ぶ必要なんてどこにある)

 僕は人殺しだ。愛した人間を殺す、遅効性の病原菌だ。
 彼女への愛着は、これ以上深めない方がいい。
 氷雨殺しの準備は、着々と整いつつあるのだから。

 *

 毒にも薬にもならない一週間の終わりには、情けのような雨が降った。
 その日僕は学校をさぼって、戻り梅雨を眺めていた。
 学校で習う範囲は謹慎中に追い抜いている。僕は近所のタバコ屋で買ったラキストを燻らせて、ぼうっと外の輪郭をなぞっていた。
 震えたスマホに目をやると、若からメッセージが来ていた。

《サボりか、ピエロ野郎》
《自習休講》
《大学か》

 学校にいるにしては、ずいぶんテンポの速い返事だ。
 中庭でサボっているのだろう。この後の芽衣花との罵り合いを想像しながら、僕は煙を吐き出す。

《いづれ行く時の、効率的な立ち回り方を模索してるんだよ》
《進学する気か》
《若はいかないのか?》
《行けねぇよ》
《頭悪いもんね》
《死ね》

 一通り若をからかってから、スマホをベッドに投げた。
 徒に灰を伸ばしたタバコを、灰皿の縁に弾く。
 どこかの家の窓から、ドビュッシーを歌うピアノが聞こえる。
 三軒先の庭先で、風見の鶏がくるくると鳴いていた。
 平日の昼間は恐ろしく凪いでいて、時折過ぎる車の音がなければ、休日病院と間違うほどの静けさだった。

 インターホンが鳴ったのは、下校時間になった頃だった。
 タバコの火にれた雨樋から雨を垂らして、僕は受話器の前に立つ。
 古いアパートだから、カメラはついていない。

「はい」

 通話ボタンを押す。走るノイズ。
 頭に響くような、底抜けに明るい声。

『不届き者でーす!』

 嵐の予感がした。
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