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星に煙がかからないように

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「おい、悩める少年よ」

 ふと呼ばれて、目線だけで声に応じる。
 相変わらず空を見上げたままの檜垣さんが、微かに目を細めた。

「火」

 その時初めて唇が熱を感じて、フィルターまで燃えたタバコに気付いた。
 靴の踵で火口を揉み消してから、僕は心臓の鼓動を抑える。

「もう一本、もらっていいですか」

 氷雨について知るには、勇気が足りない。ハイになるにはまだ少し煙が足りない。
 だから僕は眠らないまま、タバコを吸い続ける。ヤニクラの間は、難しいことを考えなくて済むから。

「やめとけ、クソガキ」

 檜垣さんが鼻を鳴らす。

「お前にジタンは早すぎる」

 くゆらす紫煙は夜にも溶けず、薄い雲の欠片になって空をつかむ。今度は煙も夜に遠慮せず、灰色で星を覆い隠した。
 僕はそれ以上、何も聞かなかった。
 元来僕らは敵対関係にある。世間話をしながら、コートの下でピストルを向け合うようなものだ。けれど今は、言葉を探す言葉さえ必要なかった。
 しばらくの沈黙を煙で繋げてから、檜垣さんが立ち上がった。

「んじゃ、おっちゃんそろそろ帰るわ。カミさんに怒られる」
「ご苦労様です」
「容疑者に労われるほどくたびれちゃいねぇさ」

 またな、と後ろ手を振った背中が帰っていく。
 数歩進んだところで、振り返らないまま声が伸びてきた。

「ああ、一個だけ忠告しといてやるぜ」

 僕は携帯灰皿をポケットに仕舞って、檜垣さんに視線を送る。

「俺は人殺しは殺してもいいと思ってる。尻尾だけは掴まれんよう、せいぜいケツ隠して生きるこったな」

 シワの寄ったワイシャツの背中が、夜に萎んでいく。
 僕は咄嗟に、檜垣さんを呼び止めていた。

「じゃあ、一つ聞いてもいいですか」

 弛緩した肩に力が籠もって、重い足がぴたりと止まる。僕はそれを肯定と受け取って、枯れた言葉を引きずり出す。

「もしも望まない殺しをした女の子が、軽蔑されたがっていたとして。その資格のない殺人鬼が、ただ彼女と一緒にいたいと思うのは、罪ですか」

 僕も氷雨も、人の死を間近で見ていた。
 やりようによっては、きっといくらでも避けようはあった。それでも僕は殺しを続けて、氷雨は足の震えに身を任せた。
 同じ痛みを共有する人間同士でしか癒せない傷があるのなら、僕は癒やされなくてもいい。けれど、せめて氷雨の傷は癒やしてやりたい。だって彼女は、ただとてつもなく優しい、普通の女の子なのだから。

「……さぁな。ンなもん、法律屋にでも聞いてくれや」

 檜垣さんは振り返らない。タバコを吸っていた時そうしたように、ゆっくりと空を見上げて言った。

「今のは聞かなかったことにしといてやる。とっとと帰れ、補導すんぞ」

 重たい足音が公園を出ていく。
 まだ夜の九時だ。補導が始まる時間帯じゃないし、この辺りで補導されたことは一度もない。それでもなんだか灯りが恋しくなって、僕は大人しく家に帰った。
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