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優しい世界の作り方

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「もしもし、おにーサン。喪服のおにーサン?」

 ふと呼ばれていることに気付いて、立ち止まる。駅前を行き交う人の中で、一人の女子が立ち止まって僕を見つめていた。
 声は出ない。きっと僕は怪訝な目をしていたのだろう。

「あっ、いや、怪しいもんじゃないんスよ?」

 駆け寄ってきた少女が苦笑を浮かべる。
 見知った制服に、拵だけそう荘厳な校章。一年生のバッジ。どれも僕と同じ高校のものだ。僕は二年生だから、彼女は後輩と言うことになる。
 少女は首をかしげる。

「傘、忘れちゃったんスか?」
「放り出された」

 飛び出す声はひどく掠れていた。のど飴を舐めた方がいいのかもしれない。
 そもそもが噛み合っていない会話を、労るように彼女は言った。

「ひどいっスね。傘ぐらい持たせてくれてもいいのに」
「人殺しに傘を渡してくれる奴なんていないさ」
「おにーさん人殺しなんスか」
「ああ、これで四人目だ」

 信じてもらえなくてもよかった。もともと現実の捻れてしまった部分の話だ。
 自暴自棄の人間を気遣っても、新たな傷口しか生まれない。結局は生易しい自己憐憫で自分を慰めるのが、傷も浅いままで済む。
 けれど少女が言ったのは、そのどちらとも取れないような、奇怪な言葉の羅列だった。

「おにーサンよかったっスね。ラッキーですよ」
「は?」

 いつの間にかアスファルトに吸われていた視線が、少女を捉える。
 毛先を遊ばせたワインレッドの長い髪。勝ち気で大きな瞳はつり上がっていて、そのヘーゼルの中心に、陰気な男が佇んでいた。

「アタシがいたっスよ。優しいヒーローちゃんが」

 頭を叩き続けていた雨が、不意に息を引き取った。
 見上げた頭上に傘が開いている。差し出された即席の優しさに気づいた直後、僕の体は雨を求めるように歩きだしていた。

「えぇ、ちょっと、おにーサン?」

 傘なんていらない。
 焦るような声に呼び止められても、僕は歩き続ける。駅を過ぎても、一つ目の長い坂を上り終えても。少女の足音は僕の隣を着いてきた。

「傘なら大丈夫だよ。そこまで家は遠くない」
「ついでに送ってるだけっスよ~。アッシも帰るんで」

 ここから消えろと言ったんだ。
 能天気な声に内心で舌を叩く。

「やめときな。男の家にいくのは危ない」
「そっスね~。襲われちゃうっスねー」
「なに。もしかして、そういう願望でもあったりする?」
「はいはい、あったらいいですねー」

 どれだけ下品な台詞を吐いても、少女はそれを受け流す。酔っ払いに対するそれだ。気に入らない。
 あれやこれやと断る言葉を投げつけて、その度にのらりくらりとかわされて。結局、彼女は家の前まで着いて来た。
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