5 / 6
淑女
しおりを挟む
そして物語は冒頭に戻る。
町外れのある村で、このミアという名の少女もまた、命からがら獣人達から逃げていた。
法が制定されてから作られた軍隊、通称ユトラセル騎士団。
彼らはただ人間を捕らえ殺すためだけの虐殺部隊であった。日々様々な街を周回しては生き延びた人間を始末している。それがユトラセル騎士団の使命だ。
生まれてからずっと、ミアは獣人達が多く暮らす都から遠く離れた田舎町、アルスティル郷で育ての母と血の繋がらない兄妹たちと隠れ暮らしていた。
ミアは生まれたその瞬間に生みの母を亡くし、父は既に死んでいた。他の子供の母親が自分の子と一緒にミアを育ててくれていたのだ。
彼女らは過酷ながらも平和な日々を暮らしていた。
しかし昨夜、どこから通報されたのか、少女らを殺すべく村に騎士団が現れた。
目の前で、育ての母を、兄妹を、友を殺された。ミアはそれでも必死に逃げた。「逃げろ」と友に、「生きろ」と母に言われたから。
「いっ、」
足の裏に鋭い痛みが走る。
見ると小さなガラスの破片が刺さっていた。
ミアが歩く路地裏はひどく荒れていて、色々なゴミが道端に捨てられていた。
じくじくと痛む傷を見つめながら、ミアはその場に座り込む。
「私もみんなと一緒に死ねば良かったかな、」
ぽそりと、そんな言葉が漏れてしまう。
はぁ、ため息をついてぎゅっと縮こまる。日の光が当たらないここはひどく冷たい。
「ねぇ、あなた。」
「ひっ!?」
真っ暗闇の奥から、突然声がかかる。
「驚かせてごめんなさい。でもお願い、怖がらないで。貴方を助けたいの。」
奥から姿を現したのは、頭からもじゃもじゃの耳を生やす、正真正銘の獣人だった。
「ち、近づかないで!」
「そんなに怯えないで、...って言ってもそんなの無理よね。これ以上は近づかないから安心して、でもあまり大きな声は出さないで頂戴ね、兵隊たちに見つかってしまっては大変だから。」
「....。」
声の主は間違いなく獣人だった。しかしその声色は儚げで優しく、顔を見れば年老いた女性だということにミアは気づいた。
「...なんのつもり、」
ミアは必死に低い声で、そう言った。
「貴方を助けたいの。」
先程も聞いたセリフを、その淑女は言った。
「とても信じれないのは分かるわ。無理もない。でも、どうか信じて私に付いて来てほしいの。」
噓としか思えないその言葉に、ミアは眉をひそめた。
何を言ってるんだ、この獣人は...。
先程目の前で自分の家族の命を奪った獣人の言葉など信じられるはずもなかった。今までであれば、この獣人を殺してしまってでも逃げていただろう。
しかしミアは、もう生きる道を半ば諦めてしまっていた。
どうせ殺されるなら、少しでも希望があるこのおばあさんの後を付いて行ってみるか。なぜだかそんなことを思ったのだ。
ゆっくり立ち上がり、ミアは彼女の方へと近づく。その様子を見て淑女は心底嬉しそうな顔をして見せ、「こっちよ」と少女の少し前を歩き出す。
私がナイフでも持っていて、その背中を刺そうとするかもしれないのに、そんな可能性一切考えないんだな...。
平和ボケしているんだな、ミアは冷たくもそんなことを考えながら、その弱そうな背中に付いて行った。
町外れのある村で、このミアという名の少女もまた、命からがら獣人達から逃げていた。
法が制定されてから作られた軍隊、通称ユトラセル騎士団。
彼らはただ人間を捕らえ殺すためだけの虐殺部隊であった。日々様々な街を周回しては生き延びた人間を始末している。それがユトラセル騎士団の使命だ。
生まれてからずっと、ミアは獣人達が多く暮らす都から遠く離れた田舎町、アルスティル郷で育ての母と血の繋がらない兄妹たちと隠れ暮らしていた。
ミアは生まれたその瞬間に生みの母を亡くし、父は既に死んでいた。他の子供の母親が自分の子と一緒にミアを育ててくれていたのだ。
彼女らは過酷ながらも平和な日々を暮らしていた。
しかし昨夜、どこから通報されたのか、少女らを殺すべく村に騎士団が現れた。
目の前で、育ての母を、兄妹を、友を殺された。ミアはそれでも必死に逃げた。「逃げろ」と友に、「生きろ」と母に言われたから。
「いっ、」
足の裏に鋭い痛みが走る。
見ると小さなガラスの破片が刺さっていた。
ミアが歩く路地裏はひどく荒れていて、色々なゴミが道端に捨てられていた。
じくじくと痛む傷を見つめながら、ミアはその場に座り込む。
「私もみんなと一緒に死ねば良かったかな、」
ぽそりと、そんな言葉が漏れてしまう。
はぁ、ため息をついてぎゅっと縮こまる。日の光が当たらないここはひどく冷たい。
「ねぇ、あなた。」
「ひっ!?」
真っ暗闇の奥から、突然声がかかる。
「驚かせてごめんなさい。でもお願い、怖がらないで。貴方を助けたいの。」
奥から姿を現したのは、頭からもじゃもじゃの耳を生やす、正真正銘の獣人だった。
「ち、近づかないで!」
「そんなに怯えないで、...って言ってもそんなの無理よね。これ以上は近づかないから安心して、でもあまり大きな声は出さないで頂戴ね、兵隊たちに見つかってしまっては大変だから。」
「....。」
声の主は間違いなく獣人だった。しかしその声色は儚げで優しく、顔を見れば年老いた女性だということにミアは気づいた。
「...なんのつもり、」
ミアは必死に低い声で、そう言った。
「貴方を助けたいの。」
先程も聞いたセリフを、その淑女は言った。
「とても信じれないのは分かるわ。無理もない。でも、どうか信じて私に付いて来てほしいの。」
噓としか思えないその言葉に、ミアは眉をひそめた。
何を言ってるんだ、この獣人は...。
先程目の前で自分の家族の命を奪った獣人の言葉など信じられるはずもなかった。今までであれば、この獣人を殺してしまってでも逃げていただろう。
しかしミアは、もう生きる道を半ば諦めてしまっていた。
どうせ殺されるなら、少しでも希望があるこのおばあさんの後を付いて行ってみるか。なぜだかそんなことを思ったのだ。
ゆっくり立ち上がり、ミアは彼女の方へと近づく。その様子を見て淑女は心底嬉しそうな顔をして見せ、「こっちよ」と少女の少し前を歩き出す。
私がナイフでも持っていて、その背中を刺そうとするかもしれないのに、そんな可能性一切考えないんだな...。
平和ボケしているんだな、ミアは冷たくもそんなことを考えながら、その弱そうな背中に付いて行った。
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説
キャンピングカーで往く異世界徒然紀行
タジリユウ
ファンタジー
《第4回次世代ファンタジーカップ 面白スキル賞》
【書籍化!】
コツコツとお金を貯めて念願のキャンピングカーを手に入れた主人公。
早速キャンピングカーで初めてのキャンプをしたのだが、次の日目が覚めるとそこは異世界であった。
そしていつの間にかキャンピングカーにはナビゲーション機能、自動修復機能、燃料補給機能など様々な機能を拡張できるようになっていた。
道中で出会ったもふもふの魔物やちょっと残念なエルフを仲間に加えて、キャンピングカーで異世界をのんびりと旅したいのだが…
※旧題)チートなキャンピングカーで旅する異世界徒然紀行〜もふもふと愉快な仲間を添えて〜
※カクヨム様でも投稿をしております
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
3歳で捨てられた件
玲羅
恋愛
前世の記憶を持つ者が1000人に1人は居る時代。
それゆえに変わった子供扱いをされ、疎まれて捨てられた少女、キャプシーヌ。拾ったのは宰相を務めるフェルナー侯爵。
キャプシーヌの運命が再度変わったのは貴族学院入学後だった。
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
王妃の手習い
桃井すもも
恋愛
オフィーリアは王太子の婚約者候補である。しかしそれは、国内貴族の勢力バランスを鑑みて、解消が前提の予定調和のものであった。
真の婚約者は既に内定している。
近い将来、オフィーリアは候補から外される。
❇妄想の産物につき史実と100%異なります。
❇知らない事は書けないをモットーに完結まで頑張ります。
❇妄想スイマーと共に遠泳下さる方にお楽しみ頂けますと泳ぎ甲斐があります。
【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?
みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。
ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる
色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く
【完結】転生少女は異世界でお店を始めたい
梅丸
ファンタジー
せっかく40代目前にして夢だった喫茶店オープンに漕ぎ着けたと言うのに事故に遭い呆気なく命を落としてしまった私。女神様が管理する異世界に転生させてもらい夢を実現するために奮闘するのだが、この世界には無いものが多すぎる! 創造魔法と言う女神様から授かった恩寵と前世の料理レシピを駆使して色々作りながら頑張る私だった。
45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる
よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です!
小説家になろうでも10位獲得しました!
そして、カクヨムでもランクイン中です!
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。
いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。
欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・
●●●●●●●●●●●●●●●
小説家になろうで執筆中の作品です。
アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。
現在見直し作業中です。
変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる