少女はあやかしと共に

奈倉 蔡

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更ける夜の館

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 夜の館。情報通り、森の中にポツンと大きいのが建っていた。館の一番高い所には、謎の物体が見えた。円い形で、十二までの数字が縁に沿って書かれている。

 ここの主人は異国の地の生まれだそうで、この地域の人達とは感覚が随分と違うらしい。建物の造りが物凄く浮いて見える。

「大きい門......」
 そう、夜の館が大きいから門も大きいのだ。こんな規模のは見た事がない。色々大変そうだ......。

「ようこそ。夜の館へ」
 声が聞こえた。その方向に向いて、見てみると、門の端にだれか立っていた。守衛らしき格好だ。鎧を身に付け、長い剣を持っている。

「ここの主人から依頼を受けました。夢と申します」
 私は近付いてお辞儀をした。ここは貴族の館、とんでもなく偉い身分の人がいる。

 この地域じゃ権力なんて持っていないけど、失礼な態度なんてとったら怒りを買って大変なことになる。

「概要はミケラ様から聞いて承知しています。どうぞ、こちらへ」
 守衛が剣をカァンッと石畳に突いた。すると大きい門が開き始め、人が通れる位の隙間が出来た。

 ......こんな大きさの門、どうやって開けるんだろう。今だって剣を突いただけだったし......。



 ★★★★★★★★★★★★★★



 門番に渡された簡易的な地図を見ながら、館の主人がいる部屋の前にたどり着いた。扉を数回叩いてみる。

「入りたまえ」
 部屋の中から声がした。私はその指示に従い、扉を開けた。

 昼なのにカーテンが閉められており、全体的に暗い。正面には机があり、青年男性が肘をついて座っていた。隣には従者らしき女性が一人。

「依頼を受けました。夢と申します」
 私はお辞儀をして言った。

 そうすると青年男性は椅子から立ち、
「私はミケラ。この館の主人であり、そなたに依頼をした者だ。こちらはアル。メイド兼私のお付きをして貰っている」
 自己紹介とメイドの紹介をした。

「......」
 アルは私を見るばかりで何も言わない。何故か睨まれている気がする。

「さて、私はそなたに何をしてほしいか分かるか?」
 にやにやしてながら私に問うてくる。典型的な貴族。一般人を下に見ているんだな。ついでに思い込みが強い。

「...わざわざ私に依頼して来たのですから、気司怪についてでしょう。ご主人とメイドさんに憑いていますね」
 二人を見つめて言った。相当珍しい気司怪だ。滅多にお目にかかれないのが憑いている。

「っ!......貴方、様をつけて下さい!失礼ですっ」
 私の言動にメイドが突っかかってきた。それを主人が手振りで制し、問う。
「まぁまぁ、そんな事は気にしなくて良いさ」

「憑いてる気司怪からして、吸血鬼ですね?」

「そうだ。私達は吸血鬼。やはり、気調師には感覚で分かるものなのかな?」
 主人が目を見開いて私を見る。メイドは眉を少し上げただけ。感情が見えづらい。

「えぇ、気調師になるのはそう言う事が出来る人だけなので」
 中々それが出来る人は少ない。なれる人は限られている。

「なるほどな。じゃあ早速...と言いたいが、長旅の疲れがあるだろう。今日はゆっくり休んでくれ。部屋を一室用意した」
 そう言うと主人がスゥ~と消えていった。吸血鬼はこんな事が出来たのだろうか。初めて目にした。

 この部屋に残されたのは私とメイドだけ。案内人は彼女だろうか。私がメイドを見ると目が合う。
「...それでは部屋に案内いたします」
 私を連れて行く気があるのか、目を合わせずに横を通り、扉を開けて出ていった。



 ★★★★★★★★★★



「こちらがお部屋になります。お風呂なども中に完備されています」
 メイドが扉を開けて、私の入室を促した。

「ありがとうございます」
 お礼を言って中に入る。中はあんてぃーく?な感じの家具で統一されていた。

「七時ごろには夕食の準備ができます。私が書いた地図を渡しますので、書いてある通りに部屋に来て下さい」

「分かりま...」

 メイドは言いたい事だけ言い、私の返事を聞かないで扉を閉めてしまった。





「失礼します」
 私は扉を叩いた。さっき通った上に、地図を貰ったが来るのに苦労した。この館広すぎだ。

「よし。じゃあ夕食にしようじゃないか」
 すでに腰掛けていたご主人が私を促す。机を見ると、たくさんの料理が並べられていた。なのに、椅子は二つだけ。 

 メイドの姿は見えない。どこかで仕事をしているのだろう。メイドのことは頭の隅に置いて、椅子に腰掛ける。

「さぁ、遠慮せず食べてくれ」
 ご主人がそう言うので、早速箸を持つ。西洋暮らしなのに、箸があるのか。それとも、わざわざ用意してくれたのか。

「...おいしい」
 とてもおいしい。流石貴族。料理も素晴らしい出来だ。

「気に入ってもらえて何より」
 ご主人は笑っている。館が褒められるのは、間接的に主人が褒められた証拠なのだろうか。

「じゃあそのお礼と言ってはなんだが、今まで出会った気司怪の話。聞かせてくれないか?」
 ご主人からそんな申し出が。おいしい夕食にありつけたので、断るのは申し訳ない。

「いいですよ」

 私はそう答えた。


 ☆☆☆☆☆☆☆☆


「と言うわけです」
 二つ目の話が終わった。

「なるほどなるほど...」
 ご主人は面白そうだ。
「ほかにも聞かせてほしい」

 ご主人がそう言ってくる。しかし随分時間が経った。流石に話疲れてしまったので、もうやめたい。

「......」
 ただ断ると角が立つので、嘘をつくことにした。
「すいません。話したいのは山々なんですが、そろそろ明日のために準備をしなくては」

「...そうか。なら仕方がないな」
 渋々だが、諦めてもらえた。

「では寝室に戻ります。夕食、ごちそうさまでした」
 席を立ってお辞儀をする。そして、部屋を出た。


 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆


「っ!」
 部屋の扉を開けると、そこにはメイドがいた。

「あら、もう帰って来たのですか。ご主人様はあなたの話を聞きたがっていましたよ」
 メイドの表情は冷たい。

「明日の準備がしたいと言って、切り上げてきました」
 私がそう言うと、メイドの表情に変化が現れた。

「...一般人の分際で......。ご主人様の要求を断るなど」

 ...ご主人様は第一主義らしい。このメイドは。

「じゃあ無礼な貴方に、この小刀は必要ないですね?」
 ニヤリと笑いながら、小刀を見せてきた。

「そ、それは!」
 メイドが持っているのは、対妖怪用の小刀だった。

「この小刀、妖気が感じられました。これを使って、私たちを治療するのでしょう? だったら奪って仕舞えばいいです」
 メイドは私を嘲笑しているような態度だ。どうやら、私が治療をするのが嫌みたいだ。だから阻止しようとしている。

「ご主人に言わせ...」

「どう致しますか? ご主人様に言付けます? まぁ、貴方みたいな余所者の言葉と、お付きである私の言葉、どっちを信じるかは明白ですけどね」
 メイドがニヤリと笑う。

 悔しいが、言う通りだろう。

「治療は明日。今日一晩、治療出来ない言い訳を考えてくださいね」
 メイドは微笑のまま部屋を出ていった。


 ☆☆☆☆☆☆☆☆


「さて、今から治療してもらうわけだが...」

 私は二人の前に立っている。ご主人は期待している。メイドはニヤニヤとしている。

「準備は万端か?」
 ご主人が私を見つめながら、聞いてきた。

「はい、万端です」
 私は自信を持って答える。メイドは目を見開いた。

 メイドは勘違いをしてしまったのだ。あの小刀を治療に使うと。妖気に惑わされたのだろう。あの時、私は一度として、肯定なんかしていない。

「じゃあ早速始めさせていただきます」
 私は肩掛け鞄から、正方形の物体を取り出した。大体、縦横高さ1センチ。

「メイドさん、私の前に来てください」

 私の言葉に、メイドの足が動こうとして...止まった。

 治療を受けたくなかったのだ。それも当然。そして、私のお願いを無視することもできない。果たしてあのメイドが、主人の目の前で主人の要求を無視できるはずがない。

 メイドは私の前にくるしか選択肢がないのだ。

「どうした。アル。早く行け」

「はい...」
 主人が急かしたことにより、メイドの足が動いた。そして私の目の前にくる。

「...メイドさん、小刀は返してもらいますよ」
 私は小声で囁いた。

「ぜ...」

 ぐいっ。メイドが何か言い返す前に、物体を額に押し込んだ。

 メイドはふらふらした後、バタッと倒れる。それを確認した私は、
「次ご主人の番です」
 と言った。

「お、おい。どういうことだ」
 ご主人がうろたえる。

「心配いりません。これが普通です。時期目が覚めますよ。ほら、ご主人こちらへ」


 部屋には、私と倒れたメイドと主人だけがいた。





 二人が眠りに落ちた。私はメイドに歩み寄る。ポケットや胸元を弄った。

「見つけた...」

 あった。私の小刀が。治療後、対象者が寝てくれるという効果に助かった。手荒な真似をせず、取り返すことができたのだから。

 

「...ん、はぁ」

 ご主人の目が覚めた。

「お目覚めですか、ご主人」

 声をかけると、ご主人は私を見た。そして、自分が日を浴びていることに気付いた。
「はっ、日が!」

「ご心配なく。日を浴びても大丈夫ですよ。治りましたから」
 私の言葉に、安堵の表情を浮かべる。

「そ、そうか。ご苦労だったな...。報酬を支払おう」

「ありがとうございます。確かに、受け取りました」

 約束通りの金額と品をいただいた。これでしばらくは資金に困らない。

「では、私はこれで」

「ちょってまて」
 私が部屋を出ようとしたら、ご主人が引き止めた。

「何でしょう?」
 返事を返す。何か言いたい感じだ。

「どうやって治療をした?」

 どうやら、治療方法を知りたいらしい。

「#単語檻ルビオリ#を使いました」

「おり?」

「はい、私が使ったこの正方形の物体。これは、非活性化状態の檻です。自分から行動ができないので、私が頭に押し込み、効果を発揮させました」

「...?」
 ご主人は腑に落ちていない。まぁ、気司怪を知らない人はこんな感じで当たり前だ。

「この檻は脳に入ることによって、思いを制限します」

「思いを制限とは...」

「あなたとメイドさん、本物の吸血鬼じゃないでしょう? 二人とも本物の吸血鬼に噛まれたんですよね」

「な、なぜそれが分かったのだ!」
 ご主人がひどく驚いている。

「吸血鬼。これがあなたたちに憑いていた気司怪です。ちなみに、思い込みの力を増幅する能力を持っています。本物の吸血鬼に寄生していたものが、噛まれたことによって体内に入り込んできたのでしょう」

「...」
 ご主人が私を少し睨む。ちょっと気調士を舐めていたようだ。なにもかもバレていた。隠していたのに、見透かされていればいい気はしないだろう。

「人間の思い込みは侮れませんね、ご主人。メイドさんと末永くどうぞ。時間は有限ですよ」

 私はそう言って扉を閉めた。



 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆



 深い森の中。そこには大きい館が建っていた。吸血鬼が住んでいると言われている館だ。

 どうやらあの部屋、椅子が二脚増えたらしい。
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