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二章 前線基地にて
魔女の決闘
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「くっ……ぁ」
何が起こったの? とカルミアは思案する。
私はリースペトラに先んじて詠唱をしていたはず。それに発動するつもりだった魔法は強力でしかも詠唱が短いモノ。後から詠唱を開始したリースペトラに追いつかれるつもりはなかった。
しかし、リースペトラが詠唱を途中で止めた瞬間、身体が動かなくなり体勢を崩してしまったのだ。
訳が分からない……とカルミアは焦る。しかし、決闘のさなかに身動きが取れないというのは致命的な隙。
跪くカルミアは目の前まで歩いてきたリースペトラの足音を聞き取ったのだった。
「カルミアよ、魔法使いが戦うことに置いて重要なことは何だと思う? 魔力の運用、魔法の選択、相手の隙を見つける、作る、逆に己の隙で相手を誘う、様々考えられるが、どうだ?」
「……」
急に始まった魔法談議。まるで師匠ぶったことを言うリースペトラにイラつきを覚えたカルミアは、投げかけられた質問を無視した。
むしろこの間を使って状況を打開しようと画策する。
リースペトラは黙って地面を見続けるカルミアを見てふふっと笑う。外野としてそれを見る青年はその笑みに嘲笑の意が入っていないことに気が付いた。
「どれも大事ではあるが、一番ではない。一番重要なのは、魔力をよく視ることだ」
リースペトラは今この瞬間がカルミアにとってはチャンス、自身にとっては隙になっていることを自覚している。しかし、承知の上で言葉を重ねていた。
「……ふむ。時間切れだな。――薄氷と白雪」
リースペトラはしばらくカルミアの返答を待っていたが、そう言って右手をカルミアに向けてかざした。
「ッ!?」
リースペトラが魔法名を呟いた瞬間、周囲が急激に冷えだしたことにカルミアは気が付いた。
しかし、カルミアが驚いたのはそれだけではない。
一つは急な温度の低下、もう一つはリースペトラの無詠唱魔法についてである。
無詠唱魔法。言葉の通り、詠唱を省略し魔法名の発声にとどめ、魔法を放つ技術のこと。 詠唱を省略できるということは、発動までの時間を短縮できるということだ。
便利で強力な技術故、カルミアも修行をして身に着けた。しかし、無詠唱魔法にはデメリットも存在する。発動までの時間が短くなる代わりに、威力が落ちるのだ。
詠唱時間と威力は反比例する。それがこの世の常識。しかし、リースペトラが行使した魔法にはととてつもない威力が込められているとカルミアは感じ取った。
異常。無詠唱魔法で発動できる魔法の威力ではない。そうカルミアの脳が警告信号を発する。
しかし、跪いたまま動くことが出来ない。
さらに下がる気温。さらに焦る心。カルミアは己の状態を俯瞰して、余計に心かき乱した。
「保護魔法」
そんな中、リースペトラがぽつりとつぶやく。
「この魔法がかけられた者が魔法を受けると、傷がつく代わりに魔力を削られるということが分かった。つまり、外傷を魔力が肩代わりしているということだ。我はお主の骨を折るつもりで水を当てたんだが、そうはならなかったしな」
急に何を……とカルミアは考える。
跪いたままのカルミアを置いてけぼりにリースペトラはしゃべり続ける。
「そうなると俄然試したいことができた。――どうやったら魔法を使って、肩代わりをすり抜けることができるのか」
「……ッ!?」
カルミアの脳裏でリースペトラの「死んでも責めてくれるなよ」という言葉が弾ける。
「先ほどぶつけた水は既に魔力が飛んでいる、普通の水だ。それを薄氷と白雪の気温低下によって冷やし、固め――」
カルミアの脳裏に死がチラつく。
「お主が凍死するのかどうか、これ如何に」
「炎の連塔ッ!」
カルミアの鋭い声で発動した無詠唱魔法によって、カルミアの周りに二メートルほどの高さの火柱が立ち上った。
「おっと」
魔力の動きによって事前に魔法の発動を察知したリースペトラは後ろに飛びのくことで火柱の熱から逃げおおせる。
そして追撃を仕掛けることなく、カルミアの様子を窺った。
「リースペトラ、あなたは喋りすぎました。あのまま黙って私を氷漬けにしていれば、簡単に勝つことができたでしょう」
火柱の勢いが衰え、その中心にカルミアが立っているのをリースペトラは見た。
「ふむ。火の勢いで水気を払ってしまったか。荒業だが我は好きだぞ」
リースペトラはカルミアの言葉には何も返さず、右手の甲をカルミアに見せるように手をだらりとをかざした。
「いいか、カルミアよ。魔力をよく視ることだ」
リースペトラは先ほどと同じことを言ったのち、すぐに詠唱を開始した。
「水は神、水は命、水は闇、水は乾き――」
先ほどよりもペースの早い詠唱にカルミアは警戒を引き上げ、対抗するべく詠唱を走らせる。
「……万火は滾り、すべてを喰らう。昇る景色は――」
魔力に敏い冒険者はカルミアの魔力が急激に膨らんでいくのを感じ取り、流石レクトシルヴァのカルミアだと息を呑んだ。同時に、カルミアが大技を放とうしていることを察する。
魔力に疎い者たちも二人の間に流れる空気をピリつきとして認識した。
そして決闘者と観衆が考えたことは一つ。
――次の一撃で勝負が決まる。
カルミアは呪文を唱えながらも、先ほどリースペトラが行った呪文の中断が頭から離れなかった。
戦いにおいて皆目見当もつかない相手の行動など、存在するだけで命取りになってしまう。
最初から認識できないほどのモノであればともかく、それはもう負けるしかないから――知覚できている、知覚できてしまっているからこそ、それが脳裏に引っかかって仕方がない。
有体に言えばカルミアは焦っていた。そして、未知の現象に、目の前のリースペトラに、恐怖を抱いていた。
恐怖は身体を、思考を鈍らせ、己が身を危険にさらす原因となってしまう。
そこで落ち着いて自分を俯瞰、相手を見据えることができていたのならば、カルミアはもう少しいい勝負を演じることができたであろう。
しかし、カルミアが選択したのは近視眼的な視点だった。
リースペトラの詠唱から発動するであろう魔法を予測し、それに相反する魔法を先に発動、先制を狙うというものである。
――勝負はたった今、決したに等しい。
「来たる火種は炎となりて、望むものすべてを飲み込まん。残るは灰と塵の如き芥物《あくたもの》ッ、灰塵の積層!」
先に詠唱を終えたのはカルミア。顕現したのは炎。炎だ。
辺りを照らすランプを飲み込んで、熱と光を放出する巨大な炎。
カルミアの杖を中心として体積を無限に大きくしていく原始的力の本流は、すべてを飲み込み、喰らい、轟音を響かせながらリースペトラへと迫る。
それが通り過ぎた土地には何も残りはしないだろう。
あるのは元の面影など消え失せてしまった、灰と塵のみが積み重なって死んだ土地だ。
ジェスはカルミアの炎を前にして思わず目を瞑った。
青年はカルミアの魔法に驚き目を見開いている。
シルヴィアはまっすぐ、ただまっすぐ二人の決闘を見据えていた。
そして、
「すべてを壊してすべてを育む。我らが母なる水よ、……我らが母なる大地よ。空穿の礫」
リースペトラは炎の先のカルミアを見据え、笑っていた。
何が起こったの? とカルミアは思案する。
私はリースペトラに先んじて詠唱をしていたはず。それに発動するつもりだった魔法は強力でしかも詠唱が短いモノ。後から詠唱を開始したリースペトラに追いつかれるつもりはなかった。
しかし、リースペトラが詠唱を途中で止めた瞬間、身体が動かなくなり体勢を崩してしまったのだ。
訳が分からない……とカルミアは焦る。しかし、決闘のさなかに身動きが取れないというのは致命的な隙。
跪くカルミアは目の前まで歩いてきたリースペトラの足音を聞き取ったのだった。
「カルミアよ、魔法使いが戦うことに置いて重要なことは何だと思う? 魔力の運用、魔法の選択、相手の隙を見つける、作る、逆に己の隙で相手を誘う、様々考えられるが、どうだ?」
「……」
急に始まった魔法談議。まるで師匠ぶったことを言うリースペトラにイラつきを覚えたカルミアは、投げかけられた質問を無視した。
むしろこの間を使って状況を打開しようと画策する。
リースペトラは黙って地面を見続けるカルミアを見てふふっと笑う。外野としてそれを見る青年はその笑みに嘲笑の意が入っていないことに気が付いた。
「どれも大事ではあるが、一番ではない。一番重要なのは、魔力をよく視ることだ」
リースペトラは今この瞬間がカルミアにとってはチャンス、自身にとっては隙になっていることを自覚している。しかし、承知の上で言葉を重ねていた。
「……ふむ。時間切れだな。――薄氷と白雪」
リースペトラはしばらくカルミアの返答を待っていたが、そう言って右手をカルミアに向けてかざした。
「ッ!?」
リースペトラが魔法名を呟いた瞬間、周囲が急激に冷えだしたことにカルミアは気が付いた。
しかし、カルミアが驚いたのはそれだけではない。
一つは急な温度の低下、もう一つはリースペトラの無詠唱魔法についてである。
無詠唱魔法。言葉の通り、詠唱を省略し魔法名の発声にとどめ、魔法を放つ技術のこと。 詠唱を省略できるということは、発動までの時間を短縮できるということだ。
便利で強力な技術故、カルミアも修行をして身に着けた。しかし、無詠唱魔法にはデメリットも存在する。発動までの時間が短くなる代わりに、威力が落ちるのだ。
詠唱時間と威力は反比例する。それがこの世の常識。しかし、リースペトラが行使した魔法にはととてつもない威力が込められているとカルミアは感じ取った。
異常。無詠唱魔法で発動できる魔法の威力ではない。そうカルミアの脳が警告信号を発する。
しかし、跪いたまま動くことが出来ない。
さらに下がる気温。さらに焦る心。カルミアは己の状態を俯瞰して、余計に心かき乱した。
「保護魔法」
そんな中、リースペトラがぽつりとつぶやく。
「この魔法がかけられた者が魔法を受けると、傷がつく代わりに魔力を削られるということが分かった。つまり、外傷を魔力が肩代わりしているということだ。我はお主の骨を折るつもりで水を当てたんだが、そうはならなかったしな」
急に何を……とカルミアは考える。
跪いたままのカルミアを置いてけぼりにリースペトラはしゃべり続ける。
「そうなると俄然試したいことができた。――どうやったら魔法を使って、肩代わりをすり抜けることができるのか」
「……ッ!?」
カルミアの脳裏でリースペトラの「死んでも責めてくれるなよ」という言葉が弾ける。
「先ほどぶつけた水は既に魔力が飛んでいる、普通の水だ。それを薄氷と白雪の気温低下によって冷やし、固め――」
カルミアの脳裏に死がチラつく。
「お主が凍死するのかどうか、これ如何に」
「炎の連塔ッ!」
カルミアの鋭い声で発動した無詠唱魔法によって、カルミアの周りに二メートルほどの高さの火柱が立ち上った。
「おっと」
魔力の動きによって事前に魔法の発動を察知したリースペトラは後ろに飛びのくことで火柱の熱から逃げおおせる。
そして追撃を仕掛けることなく、カルミアの様子を窺った。
「リースペトラ、あなたは喋りすぎました。あのまま黙って私を氷漬けにしていれば、簡単に勝つことができたでしょう」
火柱の勢いが衰え、その中心にカルミアが立っているのをリースペトラは見た。
「ふむ。火の勢いで水気を払ってしまったか。荒業だが我は好きだぞ」
リースペトラはカルミアの言葉には何も返さず、右手の甲をカルミアに見せるように手をだらりとをかざした。
「いいか、カルミアよ。魔力をよく視ることだ」
リースペトラは先ほどと同じことを言ったのち、すぐに詠唱を開始した。
「水は神、水は命、水は闇、水は乾き――」
先ほどよりもペースの早い詠唱にカルミアは警戒を引き上げ、対抗するべく詠唱を走らせる。
「……万火は滾り、すべてを喰らう。昇る景色は――」
魔力に敏い冒険者はカルミアの魔力が急激に膨らんでいくのを感じ取り、流石レクトシルヴァのカルミアだと息を呑んだ。同時に、カルミアが大技を放とうしていることを察する。
魔力に疎い者たちも二人の間に流れる空気をピリつきとして認識した。
そして決闘者と観衆が考えたことは一つ。
――次の一撃で勝負が決まる。
カルミアは呪文を唱えながらも、先ほどリースペトラが行った呪文の中断が頭から離れなかった。
戦いにおいて皆目見当もつかない相手の行動など、存在するだけで命取りになってしまう。
最初から認識できないほどのモノであればともかく、それはもう負けるしかないから――知覚できている、知覚できてしまっているからこそ、それが脳裏に引っかかって仕方がない。
有体に言えばカルミアは焦っていた。そして、未知の現象に、目の前のリースペトラに、恐怖を抱いていた。
恐怖は身体を、思考を鈍らせ、己が身を危険にさらす原因となってしまう。
そこで落ち着いて自分を俯瞰、相手を見据えることができていたのならば、カルミアはもう少しいい勝負を演じることができたであろう。
しかし、カルミアが選択したのは近視眼的な視点だった。
リースペトラの詠唱から発動するであろう魔法を予測し、それに相反する魔法を先に発動、先制を狙うというものである。
――勝負はたった今、決したに等しい。
「来たる火種は炎となりて、望むものすべてを飲み込まん。残るは灰と塵の如き芥物《あくたもの》ッ、灰塵の積層!」
先に詠唱を終えたのはカルミア。顕現したのは炎。炎だ。
辺りを照らすランプを飲み込んで、熱と光を放出する巨大な炎。
カルミアの杖を中心として体積を無限に大きくしていく原始的力の本流は、すべてを飲み込み、喰らい、轟音を響かせながらリースペトラへと迫る。
それが通り過ぎた土地には何も残りはしないだろう。
あるのは元の面影など消え失せてしまった、灰と塵のみが積み重なって死んだ土地だ。
ジェスはカルミアの炎を前にして思わず目を瞑った。
青年はカルミアの魔法に驚き目を見開いている。
シルヴィアはまっすぐ、ただまっすぐ二人の決闘を見据えていた。
そして、
「すべてを壊してすべてを育む。我らが母なる水よ、……我らが母なる大地よ。空穿の礫」
リースペトラは炎の先のカルミアを見据え、笑っていた。
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