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アイドル転向!?

52話 初めての歌番組

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 しかしすぐに選抜メンバーとしての活動が始まったわけではない。肝心の楽曲がまだ完成していなかったからだ。
 また選抜と言っても次のシングル表題曲の製作とプロモーションとが主な仕事で、それ以外の個人の仕事は何ら変わりがない。それほど大きく日々が変わるわけでもない。
 
 しかし改めて選抜に入るということは、単に色物として面白がられていた私にもWISHの選抜メンバーという箔が付いてしまうということである。どんどん言い訳が出来なくなってゆく。
 仕事の合間を見つけダンスの基礎的な練習により一層励んだ。これからは熱心なファンだけでなく、より不特定多数の人たちの目に触れる機会が増えていくのだ。WISHの一員として最低限のレベルのパフォーマンスはクリアしなければならなかった。
 だが私はそうしたプレッシャーを感じつつも、それほど自分を追い詰めることはなかった。それはこれまで多くのメンバーと接して学習してきた点だった。
 パフォーマンスを向上させることはもちろん重要なことだが、切羽詰まった精神状態のアイドルを応援しようというファンはほとんど存在しないからだ。アイドルなら失敗しても笑顔でいるくらいの方が大事だ。
 ……いや、10代の子ならそれで良いんだろうけど、私は年齢が年齢だけにもう少しちゃんとしたパフォーマンスをしなければならないんじゃないだろうか?という自分の中の声も聞こえてきたが……まあ出来ることを出来るだけするしかないわけで、というかむしろ私が選抜入りすることを選んだのは私自身じゃなくて社長なのだから、最終的な責任は社長が負うべきだよね!という開き直りの精神も出てきた。



 そしてすぐに次のシングルのリリースがメンバーに向けて発表された。 
 タイトルは『ファンダメンタル可憐少女』。
 今までのシングルは生楽器を主体とした爽やかなポップソングが多かったのだが、一転してこの曲はロックテイストのバンドサウンドだった。
 センターは桜木舞奈だ。 
 今まで以上に力強い楽曲と共に、2大エースが抜けた後の世代交代を世間に印象付ける一曲になるだろう。しかし同時にこれは賭けでもある。この勝負曲がコケれば「WISHは世代交代に失敗した」という世間の印象はかなり強くなるからだ。
 だが最近特にパフォーマンス力を向上させている舞奈の存在と、今まで以上に激しいこの曲はとても相性が良いように思えた。新たなWISHの鮮烈なイメージを世間に提示出来るのではないだろうか。そして元々のファンにもそのメッセージは強く響くはずだ。
 私自身としてはそんなポジティブなイメージを持っていたが……それがどう受け取られるかは世に出てみなければ分からない。

 私に与えられたのは2列目中央、裏センターと言われるポジションだった。私をセンターに据えようという案も出されたようだが……採用されなくてホッとした。2列目センターというポジションでさえその重要さに震えたほどなのだ。
 別にそんなに重要なポジションでなくて3列目端っこに見切れているくらいで丁度良いんだけどな……という気も依然として残っていたが、社長の意向はお披露目ライブの時と同様に目立つポジションでなければ私を入れる意味がない……ということらしかった。
 社長のこうした考えも理解出来るようになってきた。
 中途半端な試し方では結果が分からないのだ。試したことが成功なのか失敗なのか、どちらにしろ結果をはっきりとさせないと次の手をどう打つべきなのかが分からなくなる。
 ……こうして社長の采配への理解が深まってゆく様は、社長に「ゆくゆくは後継者に」と言われたことが頭のどこかに引っ掛かって、物事をそうした目で見るようになっていることの表れなのかもしれない。
 ……順調に社長の思惑通りに進んでいるな、チキショー。





「あれ?どうしたんですか、麻衣さん?もしかしてもしかして……緊張してるんですか?」

 舞奈が必死に笑いを噛み殺したような表情で近付いてきた。
 歌番組での初披露の本番がもう間もなくまで近付いていた。

「そりゃあ緊張は……してるわよ、全然!」

 舞奈はいつの間にこんなに意地悪になったのだろうか?
 出会った頃の彼女はもっと純粋で、真っ直ぐでキラキラした瞳が何物にも染まっていなかった。
 いや……別に今もその瞳は綺麗ではあるのだけれど、というか少女の純粋さに加え、より深みを増した表情はまさに大人と少女の狭間はざまの魅力を感じさせる。

「え~、そうなんですか?……私が歌番組に初めて出た時は麻衣さんが私のことを励ましてくれましたもんね。……もし良かったら頭でも撫でてあげましょうか?それともギュってしてあげましょうか?」
 
 むしろこうした一見意地悪な物言いこそ、彼女が私に心を開いていることの証拠なのかもしれない。
 というか……初の歌番組、それも生のパフォーマンスをしなければならない場面で強くプレッシャーを感じているのは舞奈も同じなのだと気付いた。いや、むしろ新生WISHの初センターとしてのプレッシャーは舞奈の方が圧倒的に大きいはずだ。
 それに気付いた時、少しだけ肩の力が抜けた。

「……ねえ、本当は舞奈の方が甘えてきたいんでしょ?良いわよ、別に、お姉さんに甘えて来なさい」

 わざとらしくそう言って舞奈の頭をポンポンとはたくと、彼女はその手をムキーッと振り払った。

「もういつまでも子供扱いしないで下さい!本番で盛大にミスっても知らないですからね!」

 そう言うと舞奈はどこかに行ってしまった。

「……ありがとね、舞奈」

 背中に掛けた言葉に、彼女は軽く右手を上げて応えた。
 


 ついに本番が始まった。
 この番組『メガヒットステーション』……略して言うのは止めておくけれど、別に深い理由はない……は長く続く音楽番組だ。
 1時間の生放送中に数組のアーティストが登場しそれぞれが生のパフォーマンスを行うというオーソドックスな音楽番組だ。トークコーナーもあるが一時期多かったトーク主体の音楽番組とは違い、アーティストの生のライブを見せることをメインにしている。
 シンプルなだけに怖さもある。特にアイドルにとっては実力派の大御所たちと並んでパフォーマンスをしなければならない怖さが付き纏う。もちろん純粋な歌唱力などの面では敵わない。しかし別に歌唱力だけが音楽の魅力ではなく、WISHにはWISHの、アイドルにはアイドルしか伝えられない魅力があるわけで、それを視聴者に精一杯届けるだけのことだ。



「小田嶋さん?元々マネージャーだったんだ?」

「あ、はい。そうなんです。マネージャーとして、ここにも何度か来させて頂いていました」

 パフォーマンスの前の短いトークコーナーでは、例によって私のことが話題に出された。もうこれは別の番組などで何度も繰り返されたやり取りなので、私も慣れたものだ。

「へー、全然分かんないもんだねぇ。何でマネージャーからアイドルになろうと思ったの?」

 大御所司会者がいつものローテンションで質問をしてきた。
 トレードマークのようなこの喋り方で実際に自分が話しかけられることになるとは夢にも思っていなかった。

「あ、いえ私本人としてはアイドルになったというつもりは全然なくてですね、社長に指示されて仕方なくやっている感じなんですよ」

「へー、そうなんだ。……あ、じゃあスタンバイの方お願いします」

 よろしくお願いします!と選抜メンバー16人が挨拶をしてステージへと向かう。

「それでは歌って頂きましょう。WISHで『ファンダメンタル可憐少女』です」

 女性アナウンサーの曲紹介と共にイントロが流れ始めた。



(……何か不思議な感じだな。リハとあんまり変わらないみたい……)

 テレビでの歌唱パフォーマンスというのは初めての経験だった。
 不思議なことに満員のドーム会場よりも緊張した。というよりも全然別の種類の緊張だ。
 観客が一人もおらず反応が分からないからリハ通りにやるしかない。もちろん新曲なので観客がいたとしてもアドリブで表情を作ったりといった対応は難しいのだが、それらも含めてほとんどリハと変わらない感じがした。
  
 それでも後ろから見た舞奈はまた一回り大きく見えた。
 彼女は見えない何かと戦っているように見えた。オタクだとかアンチだとか、先輩たちの幻影だとかそんなものじゃなくて、楽曲そのものと戦っているかのような……そんな印象を受けた。クールで激しい曲調の中に彼女自身が浮遊しているかのようだった。

 あっという間にパフォーマンスは終盤だった。
 歌番組のパフォーマンスで曲のフルサイズを披露することはまれで、今回もワンハーフと呼ばれる長さでの披露だった。Aメロからサビまでのワンコーラス~間奏~サビという構成だ。
 いよいよラスサビだ。ラストのラストは舞奈がセンターに戻ってきてキメの表情を作るのだが、裏センターの私はその前の……いわば前フリとして偽のキメを作る。偽のキメだろうと私にとっては最も目立つ場面だから精一杯にカッコ付ける。別に照れが入ったり恥ずかしいなんて気持ちは練習を重ねているうちにどこかに行ってしまった。
 そしてそれを押し退けるような格好で、舞奈がセンターに出て来て本当のラストのキメのポーズを取るのだ。

 だが、その時アクシデントが起きた!
 舞奈が前列のメンバーを追い越す瞬間、マイクをメンバーの衣装に引っ掛けて落としてしまったのだ。
 だが舞奈は落としたマイクに目もくれない。
 そのままズンズンと所定のセンターの位置に出てゆく。まるでこうなるのが規定のパフォーマンスだと言わんばかりの堂々とした表情だ。
 最後のキメポーズと共に舞奈には、キメのセリフが用意されていた。
 私は無意識の内に手を伸ばし、後ろから舞奈の口元にマイクを添えていた。

『Get The Fundamental!』

 スタジオには数組の共演者とスタッフさんたちだけのまばらな拍手が響いた。


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