上 下
48 / 85
アイドル転向!?

48話 初めての握手会①

しおりを挟む
「う~、緊張するなぁ……」

 アイドル活動を始めて1ヶ月。既に色々な仕事を経験してきた私だったけれど、今日が一番緊張しているかもしれない。
 今日はメンバーに転向してから初めての握手会なのだ。
 どんな人たちが来るのだろうか?楽しみよりも怖さが勝っていたのは……例の3ちゃんねるのまとめサイトのせいだった。

 あの日以降、怖くて流石にまとめサイトは見ていない。
 他のメンバーに関して書かれた記事を見ることも怖かった。穿った見方がもしかして当たっているかもしれない……なんて思ってしまったら、その子を見る目が変わってきてしまいそうだった。
 もちろん自分のことを見るのも怖かった。自分の一つ一つの言葉や行動が誰かに批判されているかもしれないと思うと、萎縮して何も出来なくなりそうだった。

 いや、もちろんマネージャー時代から握手会は間近で見守ってきたわけだが、そんなに殺伐とした雰囲気ではない。全然ない。
 色々な人が来るが、ほとんどのファンは推しに会えるだけで天に昇るように幸せを感じ、推しへの愛をただただ伝える……という場である。頻繁に通って認知(アイドル側がオタクを覚えていること)されていれば、もう少し雑談的だったり込み入った話をすることもあるが、根底には推しへの愛しかない。

 だが稀に、アイドル側に苦言を呈したり、アドバイスと称して説教染みた話を延々とするというオタクもいる。
 オタク側に言わせれば愛ゆえの行動なのだろう。「推しがより向上してゆくために自分が嫌われ役となってでも伝えなくてはならない!」というのがその理屈なのだろうが……大抵は自分勝手な願望を押し付けているだけに過ぎない。ほとんどの場合オタクに言われるまでもなくアイドル本人は自分のダメな所はきちんと把握しているし、本人が気付けていないならば近くの大人やメンバーがそれを注意している。
 だからはっきり言ってその自己顕示欲を満たすだけの行為は推しにとって迷惑でしかないのだが……もちろんその場ではアイドル本人は嫌な顔一つ出来ない。
 その場ではニコニコと笑って……あるいは真剣にアドバイスを受け入れるように話を聞き、裏に戻ると泣いているメンバーの姿を私は何度も見てきたのだ。

(……しかも私の場合は特殊だからなぁ……)

 一番はやはりマネージャーから転向してきたという点だ。
 WISHの純粋なファン……それも長年のファンであればあるほど、私のような急に出てきた人間をメンバーとして認めることに拒否反応を示す人は多いだろう。WISHはいつの間にそんな色物アイドルになったんだ!と怒る人がいてもムリはない。
 コンサートの時の観客の手応え、それから最近のメディアでの仕事に対する反応を見ていると概ねは好ましく受け入れられているような気がするが……コアなファンはその限りではないかもしれない。もしかしたら意を決した古参のオタクが来るかもしれない。
 当然私は自分の男性恐怖症の問題も気になっている。近年は症状が出ていなかったとはいえ……そうした事象の多くは心理的ストレスが原因だ。長時間男性と近い距離で接しているうちに蓄積したストレスで症状が出てくることも考えられたし、何か一言が大きな引き金となることも考えられた。

(……そうなったら、ヤバいよね?)

 もちろん自分自身のアイドル活動に支障を来すというのも……半年間だけでも全力で行うことに気持ちは傾いているので……残念ではある。だがそれ以上に運営側としての経験を積んできた私には、既に先々まで予定されている仕事をキャンセルしなければならないことのデメリットが大きく見えている。話題提供としての自分の存在意義も見えていた。
 ……なんか、外堀から埋めるように社長に既にプレッシャーを掛けられていることに今さらになってようやく気付いた。

(……半年経ったら本当に辞めれるんだよね?)

 まあ良いや、今は……。
 先々のことを考えて憂鬱になっているヒマはないのだった。
 目前の握手会に集中しなければ!



「ねえねえ、彩里さいり。……私、大丈夫かな?コスプレ感出てない?」

 落ち着かない私は、隣にいた高島彩里たかしまさいりにに尋ねていた。
 WISHの衣装は既に何度も着ていたのだけれど、目の前にファンが来るとなると彼らにどう思われるのかと心配になっていた。
 ……まあそもそも、前世の俺から見ればこの生活そのものがコスプレという気もするのだが。

「大丈夫よ!めちゃくちゃ似合ってるって!『麻衣ちゃんはとっても可愛い!』……はい、復唱!」

「は?……まいちゃんはとってもかわいい?」

「ダメダメ、声が小さい!『麻衣ちゃんはとっても可愛い!』……はい!」

「私はとっても可愛いです!!!」

「はい、オッケー!……まあ、分からないことあったら何でも聞いてね……って麻衣ちゃんは握手会自体は何度も見てきてるから大丈夫かな?」

 今日は彩里とペアでの握手だった。
 初めての握手会で彩里とのペアというのは心強かった。社長の気遣いなのかもしれない。

「はい、間もなく開場致しま~す!よろしくお願いします!」

 メガホン越しのスタッフさんの声が響き、私は唾を飲み込んだ。





「初めまして、小田嶋麻衣です!今日は来てくれてありがとうございます!」

 何事も最初が肝心だ。
 意識的に大きく声を張って自分から来た人を迎えに行く(狭いブース内なので動けるスペースはほとんどないのだが)。
 最初のお客さんは若い大学生くらいの男子だった。眼鏡を掛けた大人しそうな印象の子だ。

「あの!……僕、ドームで麻衣さんと眼が合ったんです!あの時から一生麻衣さんを推していくって決めたんです!」
「え、ホントですか!ありがとうございます!」
「こんなに近くで会えてとても嬉しいです!あの時僕は運命を感じたんです。今までは他のメンバーのことを推していたんですけど、これから……」

「はい!お時間で~す!」

 彼はまだまだ伝えたいことがありそうだったが、剥がしと呼ばれるスタッフさんに半ば強制的に移動を促され退場していった。

「ありがとう、また来てくださいね~」

 去り行く彼に言葉を掛ける。
 ファン心理としては去り際まで声を掛けてもらえるのはとても嬉しいものだろう。
 しかし、一人当たり10秒というのが握手会での原則だが、とても短く感じる。
 
「こんにちは、初めまして!」

 次に来たのも若い大学生くらいの男の子だった。さっきの大人しそうな印象の彼とは違い、紙を金髪に染め服装からもややオラついた雰囲気が感じられる。


「……麻衣さん、今彼氏とかいるんすか?」
「へ?……いないいないいない!!」
「じゃ、俺とかどうすか?」
「は?……そうね、キミまだ学生さんでしょ?経済的に自立していない人を私は恋愛対象とは見られないかな、残念だけど。でもキミくらい度胸があればきっともっと素敵な……」

「はい!お時間です!ありがとうございました~!」

 ……話している途中で剥がされていってしまった。
 いや、というか何だ?いきなりとはハードル高すぎんか?
 ガチ恋とは、文字通りアイドルに対してガチで恋しちゃってる人たちのことだ。
 アイドル文化についてあまり知らない人によく言われるのは「アイドルは疑似恋愛を商売にしている!アイドル側も思わせぶりに振舞うことで金を貢がせているのだ!」という点だ。
 もちろんこうした面もゼロではない。さっきの彼のようなファンもたまに現れる。
 しかし大多数のファンは、本気で自分の推しと恋愛関係になろうとは思っていない。アイドル活動の範囲内で自分の推しが活躍することを本気で願っている健全な人たちばかりだ。
 ……いや、もちろんそれ以外の推し方が間違っているわけではない。ルールさえ守ってもらえばどんな思惑で応援しようと構わない。ただWISHのような国民的なグループのメンバーに対してガチ恋になれるオタクは……相当なメンタル強者だな、という気はするが。
 あ、いや、もちろん何が起こるか分からない……というよりも、何でも起こり得るのが人生というか世界だ。国民的アイドルだろうと1人の女の子なわけで、彼女たちもいずれは恋愛をして結婚もしてゆくのだろう。その相手となる男性がこの世の中に1人は存在する……というのが不思議な気がする。
 もちろんガチ恋勢となるのは、ほとんどがメンバーと同年代の若い子たちだ。その恋が実ることは無いと思うけれど、そのエネルギーは素直に羨ましい。

 ……いや、にしてもさっきの私の対応はどうだったんだろう?
 あまりにマジレス過ぎやしなかったか?彼も心なしかショボンと肩を落としていたような気がする。
 私がマネージャーとして傍で見ていたら「もう少し上手に対応出来るようになると良いね」って言っていそうな気がする。ウソを吐く必要はないけれど、相手を傷付けないような言葉のチョイスというかさ……ってそんな咄嗟に出て来ないってば!難しいな!

 前途多難だなぁ……。最後まで乗り切れるかなぁ……。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

異世界TS転生で新たな人生「俺が聖女になるなんて聞いてないよ!」

マロエ
ファンタジー
普通のサラリーマンだった三十歳の男性が、いつも通り残業をこなし帰宅途中に、異世界に転生してしまう。 目を覚ますと、何故か森の中に立っていて、身体も何か違うことに気づく。 近くの水面で姿を確認すると、男性の姿が20代前半~10代後半の美しい女性へと変わっていた。 さらに、異世界の住人たちから「聖女」と呼ばれる存在になってしまい、大混乱。 新たな人生に期待と不安が入り混じりながら、男性は女性として、しかも聖女として異世界を歩み始める。 ※表紙、挿絵はAIで作成したイラストを使用しています。 ※R15の章には☆マークを入れてます。

男女比1:10。男子の立場が弱い学園で美少女たちをわからせるためにヒロインと手を組んで攻略を始めてみたんだけど…チョロいんなのはどうして?

ファンタジー
貞操逆転世界に転生してきた日浦大晴(ひうらたいせい)の通う学園には"独特の校風"がある。 それは——男子は女子より立場が弱い 学園で一番立場が上なのは女子5人のメンバーからなる生徒会。 拾ってくれた九空鹿波(くそらかなみ)と手を組み、まずは生徒会を攻略しようとするが……。 「既に攻略済みの女の子をさらに落とすなんて……面白いじゃない」 協力者の鹿波だけは知っている。 大晴が既に女の子を"攻略済み"だと。 勝利200%ラブコメ!? 既に攻略済みの美少女を本気で''分からせ"たら……さて、どうなるんでしょうねぇ?

【完結】乙女ゲームに転生した転性者(♂→♀)は純潔を守るためバッドエンドを目指す

狸田 真 (たぬきだ まこと)
ファンタジー
 男♂だったのに、転生したら転性して性別が女♀になってしまった! しかも、乙女ゲームのヒロインだと!? 男の記憶があるのに、男と恋愛なんて出来るか!! という事で、愛(夜の営み)のない仮面夫婦バッドエンドを目指します!  主人公じゃなくて、勘違いが成長する!? 新感覚勘違いコメディファンタジー! ※現在アルファポリス限定公開作品 ※2020/9/15 完結 ※シリーズ続編有り!

[完結済み]男女比1対99の貞操観念が逆転した世界での日常が狂いまくっている件

森 拓也
キャラ文芸
俺、緒方 悟(おがた さとる)は意識を取り戻したら男女比1対99の貞操観念が逆転した世界にいた。そこでは男が稀少であり、何よりも尊重されていて、俺も例外ではなかった。 学校の中も、男子生徒が数人しかいないからまるで雰囲気が違う。廊下を歩いてても、女子たちの声だけが聞こえてくる。まるで別の世界みたいに。 そんな中でも俺の周りには優しいな女子たちがたくさんいる。特に、幼馴染の美羽はずっと俺のことを気にかけてくれているみたいで……

[完結]異世界転生したら幼女になったが 速攻で村を追い出された件について ~そしていずれ最強になる幼女~

k33
ファンタジー
初めての小説です..! ある日 主人公 マサヤがトラックに引かれ幼女で異世界転生するのだが その先には 転生者は嫌われていると知る そして別の転生者と出会い この世界はゲームの世界と知る そして、そこから 魔法専門学校に入り Aまで目指すが 果たして上がれるのか!? そして 魔王城には立ち寄った者は一人もいないと別の転生者は言うが 果たして マサヤは 魔王城に入り 魔王を倒し無事に日本に帰れるのか!?

分析スキルで美少女たちの恥ずかしい秘密が見えちゃう異世界生活

SenY
ファンタジー
"分析"スキルを持って異世界に転生した主人公は、相手の力量を正確に見極めて勝てる相手にだけ確実に勝つスタイルで短期間に一財を為すことに成功する。 クエスト報酬で豪邸を手に入れたはいいものの一人で暮らすには広すぎると悩んでいた主人公。そんな彼が友人の勧めで奴隷市場を訪れ、記憶喪失の美少女奴隷ルナを購入したことから、物語は動き始める。 これまで危ない敵から逃げたり弱そうな敵をボコるのにばかり"分析"を活用していた主人公が、そのスキルを美少女の恥ずかしい秘密を覗くことにも使い始めるちょっとエッチなハーレム系ラブコメ。

処理中です...