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12話 どうすりゃいいのよ?
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今日の体育も再びサッカーだった。
もう夏も見えてきたこの時期にボールを追って走り回るのは中々にしんどいが、それでも無味乾燥な体操や筋トレやランニングをやらされるよりはずっと良いと生徒のほとんどは思っているようだった。
俺はそうでもなかった。何も考える余地のない運動の方に今は没頭していたかった。
「……九条君、全然ボール取られないんですね。サッカーは得意なのですか? 」
チームが入れ替わり休憩の時間になった際に蜂屋さんが話し掛けてきた。
この時間は当然女子も同様に体育だ。女子は鉄棒をしていた。たまたま場所が近くなった時を蜂屋さんは見計らっていたようだ。
「ああ、まあ得意とかではないんだけどね。小中と一応サッカー部だったから……」
それとなく俺は返答しながら少し自分のプレーを反省した。サッカーに関して素人の彼女に見つかってしまうということは、他の人から見ても目立ったプレーとして映っていた可能性がある。モブキャラの処世術としては失格も良いところだ。
やはりのび太のことを含め色々と俺自身の集中力が散漫になっていたのだろう。無意識の内にプレーしていたということだ。もっと気を引き締めて目立たないプレーを心掛けなければ!
「おらおら、どけどけ~!反発ステップによるドリブル突破だぁ! 」
ヤンキー3人衆たちは今日も律儀に体育にしっかりと参加していた。
……しかしこの久世アキラとかいうお調子者はイチイチうるさいやつだ。毎回技の名前を叫ぶ格闘ゲームのキャラクターみたいだな。
アキラのドリブル突破は一応成功したが、言うまでもなくそれはディフェンス側の生徒がアキラを怒らせるのが怖くて本気で守備をしなかったからだ。左サイドでボールを受けて縦に突破したは良いが左足ではシュートを打てないものだから、ほとんど突破した意味のないタイミングでのシュートになってしまっていた。
ただボールを扱う技術は拙いものだったが、アイツの俊敏性は中々のものだった。やはりヤンキーたちは自分の運動神経・身体能力に多少なりとも自信を持っている者が多いのだろうか?だからあんなにケンカ自慢をするのだろうか?
何とか体育の時間が終わった。
気分的には八方塞がりだった。これからどうすれば良いのか、まるで見えてこなかった。
「松つぁん、俺たちの華麗なプレイはどうだったよ? 」
体育終了後、3人衆が松永先生に話し掛けに行っていた。
「こら、松永先生だろ!お前ら元気有り余ってるんじゃないのか?普段の体育もきちんと参加しろよ! 」
コイツらから話し掛けるということはほとんどないので、松永先生もお叱りの言葉を口にしていたがその表情はどこか嬉しそうにも見えた。
「ういっす。まあ俺らがもうちょい早く本気出してサッカーしてたら、日本代表も見えてたかもしれないっすね! 」
允生の冗談に、お決まりのようなアキラと飯山の追従の笑いが続いた。その様子を見て松永先生も笑っていた。
その様子を離れて見ていた俺は、また頭の血が沸騰しそうになった。
なぜ普段ロクでもない、ふざけた自分勝手な態度丸出しのコイツらを見て松永先生は上機嫌になっているのだろう?何でこんなヤツらに先生……しかもどんなヤンキーたちよりも強いと噂の松永先生ともあろう人……が機嫌を伺うようなコミュニケーションの取り方をしているのだろうか?
こんなクズどものせいでのび太は学校を辞めたんだぞ!なのになぜコイツらはそんな平和そうな顔で笑えるのだろうか?
午後の授業が終わり、下校の時間になったがモヤモヤした気持ちは募るばかりだった。
あんなヤンキーたちに一度は正論をぶつけてみた自分がまるでバカみたいだった。
屋上の扉を開けてヤツらに面と向かい合って話し合おうとした時のことを思い出すと、恥ずかしさで死にそうな気持になってくる。
なぜ俺はヤンキーなどという種族に話が通じると思ったのだろう?
……単に希望的観測にすがりたかっただけなのかもしれない。あるいは三井允生の不思議な存在感にかなり幻惑させられていたのかもしれない。あれが思惑通りだったとしたらヤツはかなりの曲者だろう。
憂鬱な気分のまま考えはまとまらず、気付くと帰りの電車は家の最寄り駅を通り過ぎていた。
(なあ、のび太……俺はこれからどうすれば良いんだよ……)
不意に独り言が頭の中に浮かんできた。
そんなことは生まれて初めてのことだった。俺の精神は結構参っているのかもしれない。
だが今一度冷静に考えてみても、事態は八方塞がりだということの再確認をするばかりだった。
何度のび太に連絡をしても返信はおろか、果たしてアイツに届いているのかすら確認すら出来ない状態だ。かと言ってのび太の母親も、訪ねていった時の対応を思い出すと、これ以上事情を聞き出すことは出来ないだろう。
いっそのび太になり切ってアイツの気持ちを想像してみる。アイツとは5年以上の付き合いだし、何より俺たちはどうしようもなくウマが合った。言わなくても分かり合えていた部分が沢山あった。だから俺たちは友人であり続けられたのだ。
……もちろん最後の最後にアイツの学校を去って行くという行動を俺は全く予想出来なかったわけではあるが……。
スマホに残されたアイツからの最後のメッセージをもう一度見てみる。
『俺は少し先に全クリしちゃったみたいだわ。お前は慶光行ってボーナスステージも思いっきり遊んで来いよ。一足先に待ってるから』
全クリ、というのはのび太が学校を辞めるということなのだろう。
お前は慶光行って……ボーナスステージの意味はイマイチよく分からないが……、 少なくとも俺には当初の目標通り慶光大学に進学しろ、ということだ。俺の事情に関わらずお前はお前の目標に向かって歩め……そうのび太は言っているのだろう。
まあ自分よりも周りの人間のことを優先するいかにもアイツらしい物言いだな、はいはい……。
そんなもんムリに決まってんだろ!
モブキャラにも五分の魂!俺にだって気持ちというものがある!事態を何一つ理解出来ないままとりあえずは安定した道を進め!……なんてムリだ。
「男なら掛かって来いよ!ごちゃごちゃ御託並べてねえで拳で語り合おうぜ!」
俺の脳にもとうとうバグが発生したのか、今度はこの前聞いた飯山の言葉が頭の中に響いた。
拳で、語り合う?
意味が分からなかったので検索エンジンに助力を願った。
……まあ要は『ケンカしようぜ!』という意味のようだ。
ヤンキーたちに古くから伝わる文言らしい。その表現は幾分詩的な匂いがして俺は少し感心した。ヤンキーという文書能力とは無縁の連中が使ってきたとは思えない風情がある。やはりどんなジャンルでも古典というものは生き残ってきただけあり、洗練された言葉なのだろう。
語り合おうぜ……か。
もう夏も見えてきたこの時期にボールを追って走り回るのは中々にしんどいが、それでも無味乾燥な体操や筋トレやランニングをやらされるよりはずっと良いと生徒のほとんどは思っているようだった。
俺はそうでもなかった。何も考える余地のない運動の方に今は没頭していたかった。
「……九条君、全然ボール取られないんですね。サッカーは得意なのですか? 」
チームが入れ替わり休憩の時間になった際に蜂屋さんが話し掛けてきた。
この時間は当然女子も同様に体育だ。女子は鉄棒をしていた。たまたま場所が近くなった時を蜂屋さんは見計らっていたようだ。
「ああ、まあ得意とかではないんだけどね。小中と一応サッカー部だったから……」
それとなく俺は返答しながら少し自分のプレーを反省した。サッカーに関して素人の彼女に見つかってしまうということは、他の人から見ても目立ったプレーとして映っていた可能性がある。モブキャラの処世術としては失格も良いところだ。
やはりのび太のことを含め色々と俺自身の集中力が散漫になっていたのだろう。無意識の内にプレーしていたということだ。もっと気を引き締めて目立たないプレーを心掛けなければ!
「おらおら、どけどけ~!反発ステップによるドリブル突破だぁ! 」
ヤンキー3人衆たちは今日も律儀に体育にしっかりと参加していた。
……しかしこの久世アキラとかいうお調子者はイチイチうるさいやつだ。毎回技の名前を叫ぶ格闘ゲームのキャラクターみたいだな。
アキラのドリブル突破は一応成功したが、言うまでもなくそれはディフェンス側の生徒がアキラを怒らせるのが怖くて本気で守備をしなかったからだ。左サイドでボールを受けて縦に突破したは良いが左足ではシュートを打てないものだから、ほとんど突破した意味のないタイミングでのシュートになってしまっていた。
ただボールを扱う技術は拙いものだったが、アイツの俊敏性は中々のものだった。やはりヤンキーたちは自分の運動神経・身体能力に多少なりとも自信を持っている者が多いのだろうか?だからあんなにケンカ自慢をするのだろうか?
何とか体育の時間が終わった。
気分的には八方塞がりだった。これからどうすれば良いのか、まるで見えてこなかった。
「松つぁん、俺たちの華麗なプレイはどうだったよ? 」
体育終了後、3人衆が松永先生に話し掛けに行っていた。
「こら、松永先生だろ!お前ら元気有り余ってるんじゃないのか?普段の体育もきちんと参加しろよ! 」
コイツらから話し掛けるということはほとんどないので、松永先生もお叱りの言葉を口にしていたがその表情はどこか嬉しそうにも見えた。
「ういっす。まあ俺らがもうちょい早く本気出してサッカーしてたら、日本代表も見えてたかもしれないっすね! 」
允生の冗談に、お決まりのようなアキラと飯山の追従の笑いが続いた。その様子を見て松永先生も笑っていた。
その様子を離れて見ていた俺は、また頭の血が沸騰しそうになった。
なぜ普段ロクでもない、ふざけた自分勝手な態度丸出しのコイツらを見て松永先生は上機嫌になっているのだろう?何でこんなヤツらに先生……しかもどんなヤンキーたちよりも強いと噂の松永先生ともあろう人……が機嫌を伺うようなコミュニケーションの取り方をしているのだろうか?
こんなクズどものせいでのび太は学校を辞めたんだぞ!なのになぜコイツらはそんな平和そうな顔で笑えるのだろうか?
午後の授業が終わり、下校の時間になったがモヤモヤした気持ちは募るばかりだった。
あんなヤンキーたちに一度は正論をぶつけてみた自分がまるでバカみたいだった。
屋上の扉を開けてヤツらに面と向かい合って話し合おうとした時のことを思い出すと、恥ずかしさで死にそうな気持になってくる。
なぜ俺はヤンキーなどという種族に話が通じると思ったのだろう?
……単に希望的観測にすがりたかっただけなのかもしれない。あるいは三井允生の不思議な存在感にかなり幻惑させられていたのかもしれない。あれが思惑通りだったとしたらヤツはかなりの曲者だろう。
憂鬱な気分のまま考えはまとまらず、気付くと帰りの電車は家の最寄り駅を通り過ぎていた。
(なあ、のび太……俺はこれからどうすれば良いんだよ……)
不意に独り言が頭の中に浮かんできた。
そんなことは生まれて初めてのことだった。俺の精神は結構参っているのかもしれない。
だが今一度冷静に考えてみても、事態は八方塞がりだということの再確認をするばかりだった。
何度のび太に連絡をしても返信はおろか、果たしてアイツに届いているのかすら確認すら出来ない状態だ。かと言ってのび太の母親も、訪ねていった時の対応を思い出すと、これ以上事情を聞き出すことは出来ないだろう。
いっそのび太になり切ってアイツの気持ちを想像してみる。アイツとは5年以上の付き合いだし、何より俺たちはどうしようもなくウマが合った。言わなくても分かり合えていた部分が沢山あった。だから俺たちは友人であり続けられたのだ。
……もちろん最後の最後にアイツの学校を去って行くという行動を俺は全く予想出来なかったわけではあるが……。
スマホに残されたアイツからの最後のメッセージをもう一度見てみる。
『俺は少し先に全クリしちゃったみたいだわ。お前は慶光行ってボーナスステージも思いっきり遊んで来いよ。一足先に待ってるから』
全クリ、というのはのび太が学校を辞めるということなのだろう。
お前は慶光行って……ボーナスステージの意味はイマイチよく分からないが……、 少なくとも俺には当初の目標通り慶光大学に進学しろ、ということだ。俺の事情に関わらずお前はお前の目標に向かって歩め……そうのび太は言っているのだろう。
まあ自分よりも周りの人間のことを優先するいかにもアイツらしい物言いだな、はいはい……。
そんなもんムリに決まってんだろ!
モブキャラにも五分の魂!俺にだって気持ちというものがある!事態を何一つ理解出来ないままとりあえずは安定した道を進め!……なんてムリだ。
「男なら掛かって来いよ!ごちゃごちゃ御託並べてねえで拳で語り合おうぜ!」
俺の脳にもとうとうバグが発生したのか、今度はこの前聞いた飯山の言葉が頭の中に響いた。
拳で、語り合う?
意味が分からなかったので検索エンジンに助力を願った。
……まあ要は『ケンカしようぜ!』という意味のようだ。
ヤンキーたちに古くから伝わる文言らしい。その表現は幾分詩的な匂いがして俺は少し感心した。ヤンキーという文書能力とは無縁の連中が使ってきたとは思えない風情がある。やはりどんなジャンルでも古典というものは生き残ってきただけあり、洗練された言葉なのだろう。
語り合おうぜ……か。
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