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■第3章 孤児院と新たな仲間

第3-5話 ミアと新たなる仲間

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「にゃっ!? 確かにレンの一撃が命中したはず……そんなっ!」

 もらった……一撃で倒せないまでも、相手に深手を負わせることが出来たのだっ……そう確信して放たれたグレートソードの一撃。
 レンの得意な爆炎魔法と組み合わせ、必殺のタイミングで炸裂した爆発の煙が収まったとき、そこにいたのは先ほどと全く同じ姿勢をした黒髪の男だった。

 いや、僅かに右腕だけが動いており、紫色の光を放つ掌が、グレートソードの切っ先を抑え込んでいる。

「……ふぅん? お前、少し”混じってる”のか?」
「だが、”前線”から報告があった個体とは違うようだな……当てが外れたか」

 意外そうな表情を浮かべる男。
 どうやら、男にとっては人違いだったようだ。

「この辺りで”女神”の力を感じたのだがな……ふん、久々に”人型”に戻ったから感覚が鈍ったのか」
「ちっ、少々手荒な手段になるが、あぶり出すか……くくっ、人間どもの悲鳴が楽しみだな」

 ギリリ……どれだけレンが力を込めても、男に抑えられたまま微動だにしないグレートソードの切っ先。

 先ほどからこの男は何を言っているのだ?
 だが、このまま放っておいては自分たちの孤児院が危険にさらされる……本能的に危機を感じたレンは、なんとか男を足止めしようと試みる。

「くおっ! 剣を押さえられたなら……拳で行くのだっ!」

 ぐいっ!

 男がしっかりとグレートソードを押さえていることを確認すると、レンはふっ、と剣を掴む力を緩めると、そのままグレートソードの上に乗っかり、男に向かって刃の上を走る。

 ザッ!

 全身のバネを使い、僅か一歩半でトップスピードに達したレンは、右の拳を固く握り、男の顔面に叩きつける!

 バキンッ!

 いくら底知れぬ力を持つモンスターと言えど、人型である以上、頭を揺らされれば多少の隙が出来るはず……そのすきに逃げるのだ!
 綺麗に入った正拳突きにより、男がふらつくことをレンは期待したのだが……。

「んにゃっ!? うっ……あああああっ!?」

 やけに固い手ごたえと共に、けっこう自信のあった彼女の拳はあっさりと弾かれてしまう。
 それどころか、激しい反動が彼女の拳を襲い……ばきばきっ、と嫌な音を立てて、レンの拳の骨が砕ける。

「……お前、いい加減ウザいよ」
「消えろ」

 拳を押さえてのたうち回るレンを、心底煩わしそうな声色で見降ろすと、男は紅い瞳を見開き、紫色に光った手のひらをレンに向ける。

 キイイイインンッ!

 禍々しい輝きを放つ光は耳障りな音と共に強くなり……。

「う、うあああっ!?」

 レンが、数秒後に迫った自身の運命を悟った時……。


 ***  ***

 ざっざっざっ……

 ローファーの靴底が下草を踏みしめる音がやけに大きく響きます。
 嫌な予感がする……胸の中でどんどん大きくなる不吉な感情を、頭を振って打ち消します。

 あまりに急いだからでしょうか……アシュリーさんたちを引き離してしまいました。

 だけど待っているわけにはいきません……向こうから感じる不吉な魔力は、徐々に強くなっていきます。

「!! あそこっ!」

 うっそうと木々が茂る森の中、ぽかりと空が見えるちょっとした広場……そこに剣を持ったレンちゃんと、見たことのない黒髪の男がいます。

 なんでレンちゃんが人間と戦いを?
 一瞬そう思いましたが、先ほどから感じる魔力はその黒髪の男から溢れ出ていて……どうやら彼は、”人ならざる者”であるようです。

「くっ……いけない!」

 レンちゃんは男の隙を付こうと、剣を手放し拳を撃ち込みましたが、男には堪えた様子が無く、それどころかレンちゃんの拳の方が砕けてしまったようです。

 あれは……闘気と防御魔法の組み合わせ!?

 わたしがお母さまから受け継いだ、故郷に伝わる秘奥義をなぜあの男が!?

 混乱する間もなく、地面に倒れたレンちゃんに向けて、男が手のひらを向けます。
 一瞬聖衣を着てくればよかったと後悔するものの、孤児院に戻っている時間はありません。

 わたしは手甲をつけた右腕にすべての白魔力を、両足にすべての闘気をこめ、思いっきり大地を蹴ります!

 ズダアァン!

 間に合えっ!

 弾かれるように加速したわたしは、今まさにレンちゃんを飲み込もうとしていた紫色の魔力を拳で吹き払い、彼女と男の間に割り込みます。

「……んっ、ほおぅ?」

 その瞬間、驚いたような表情を浮かべる黒髪の男。
 まずは、距離を取らないとっ!

「ふっ……!」

 バッキイイインンッ!

 飛び込んできた勢いのまま、左足を軸に腰をひねり、闘気を込めた回し蹴りを男に食らわせます。
 半回転した身体の動きを利用し、左手でレンちゃんを引っ掴むと、残った闘気を使い後ろに大きくバックステップ!

「……あうう、ミアねーちゃん?」

「まってね……Cヒール!」

 パアアアアッ

 わたしの腕の中で、脂汗を流しながら痛みに耐えるレンちゃん。
 砕けた拳に右手を当てると、回復魔法を唱えます。

「くっ……うううっ」

 外傷ならともかく、複雑骨折はCヒールだけでは……痛みは治まりますが、すぐに戦えるほどには回復できません。

「へえぇ? この感じ……お前がパナケアウィングスとやらのメンバーか……聞いていたほどではないな」
「……正直失望した……潰しておくか」

 紅い目をした黒髪の男……ヤツは一瞬興味深そうな表情を浮かべますが、わたしの全身をねっとりと観察した後、失望の表情を浮かべます。

 マズいです……レンちゃんを助けるときに闘気をほとんど使ってしまいました。

 お母さま直伝のわたしの必殺拳、白色破砕拳は一発ぐらいなら使えますが、レンちゃんの拳を砕いたコイツの防御力を考えると、一撃で倒せるとは思えません。

 なんとか隙をついて撤退をと思うのですが、ヤツが逃がしてくれるかどうか……。
 冷や汗が頬を伝います……その時、遠くからアシュリーさんの声が……。

「…………ミア、歌うんだ! キミの歌の力なら……!」

 !! そうですっ!
 聖衣がここに無くても、わたしに聞こえた女神さまの声をこの歌声に乗せて……。

「……正義の御子よ……奮い立て……la guerre sainte!」

 孤児院で演奏した、レナードさん作曲の勇壮な戦いの戯曲……そこに故郷に伝わる戦いの言霊を乗せます。

 フィイイイインンッ!

 その瞬間、わたしの身体に残った白魔力に加え、ぽっと暖かい赤魔力がわたしの腕の中に生まれます。
 ……この力強い魔力は……レンちゃん?

「にはっ!? すっごいぽかぽかがレンの中で生まれたのだっ! それに、ミアおねーちゃんの回復ぱわーでレンの拳が?」

 まるで聖衣を身につけたときのような高揚感がわたしを包みます……回復魔法をつかさどる白魔力が増幅され、レンちゃんの拳を再生させます。

 もしかして、レンちゃんの歌声と合わせたら……そう考えたわたしは、歌いながらレンちゃんに目配せをします。
 こくり……わたしの意志を正確にくみ取ったレンちゃんは、大きく口を開き、元気な歌声をあたりに響かせます。

「♪♪ いくぞさいきょ~レンちゃんだ~っ!」

 あまりにストレートな歌詞に、思わずほおが緩みます。

 ブワアアアアアッ!

 わたしとレンちゃんの身体から溢れ出た白と赤の魔力は絡み合いリンクしていき……わたしたちに圧倒的な攻撃力と防御力……そして素早さをもたらしてくれたことを感じます!

 これは、能力向上系魔法の輝き……溢れ出るパワーで鼻血が出そうですっ!

「……行くよレンちゃん! 今度こそアイツを倒すんだ! 響け、”アイーダ・マーチ”!」

「おっけー、ミアねーちゃん! 絶対ミアの拳を届かせるっ!」

 身体の奥を突き動かすような、マーチのリズムに合わせて叫びます。

 今こそ必要なこと……それはお母さま流拳士の流儀っ! 受けた屈辱は二倍にして叩きつけろ!
 拳を砕かれたレンちゃんには、アイツに仕返しする権利があります。

 わたしは数倍に強化されたであろう全身のバネを使い、大きく振りかぶると拳を固く握ったレンちゃんを黒髪の男に向かってぶん投げます!

 ブオンンッ!

「へえ! この力の高まり……くくっ、女神の御業の一端か……面白いじゃないか!」

 ドカバキイッ!
 ズドオオオオオンンッ!

 拳に増幅された赤魔力をまとわせ、矢のように飛んだレンちゃんの拳は確かに男の防御魔法を貫き……大爆発が起きます。

「にはっ! やったのだ!?」

 一矢を報いたと飛び跳ねて喜ぶレンちゃんですが……。

「ううん……多分倒せてないね……インパクトの瞬間転移するのが見えたから……」

 一体あの男は何者だったのでしょう……今後、わたしたちの前に立ちはだかってくるのかも。

「ふぅ……遅かったか……というかその子ごと投げたのか……」

「……何だろうこの感じ……あの男、どこかで?」

 悔しそうに地団駄を踏むレンちゃんを慰めるわたしの背後で、追い付いてきたレナードさんとアシュリーさんのツッコミが、夜の風に吹かれて聞こえてきました。

 こうして、わたしたちとヤツの初めての邂逅は終わったのです。
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