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■第1章 婚約破棄と少女の転機
第1-1話 婚約破棄されたのでオーディション受けます
しおりを挟む「申し訳ないが、王子は他の女性をご所望になってね」
「ミア・カンタス嬢、貴方を王子にお目通りさせるわけにはいかない」
うららかな春の日差しの中、お母さまから教わった讃美歌を口ずさみながら、弾むような足取りで王城に向かったわたしを迎えたのは、厳つい表情をした大臣さん。
「……えっ?」
大臣さんの言ったことが理解できません。
思わずぽかんとした表情を浮かべてしまったわたしは、丁重に回れ右をさせられ……。
「あと、王子からの伝言をお伝えする」
「”いや~、俺ってもうすぐ王位継承するじゃん? やっぱ妃の家柄はもっと高い方がいいよね”」
「”あと、やっぱつるペタはいらんわ”」
ギギギギ……ズウゥン
ぽいっ……べしゃっ
あまりに雑な評価と共に、やけに重厚な音を立てて、城門の分厚い扉が閉じていきます。
思わずその場に取り落としてしまったわたしのカバンが、扉の隙間から放り投げられました。
「ええええええ!? うっそぉぉぉぉぉ!!」
ミア・カンタス、田舎貴族出身の16歳女子。
王子様に見初められ、ウキウキで王城に参上したのですが、速攻婚約破棄されちゃったようです。
*** ***
「ああああ……どうしよぅ」
何度扉をたたいても、誰も出てきてくれません。
諦めて王城を後にしたわたしは、とぼとぼ城下町を歩きます。
ここはレンド王国の王都レンド。
この国では一番大きな街で、王城に続く大通りには人がごった返し、通りの両脇にはみずみずしい野菜や、美味しそうな焼き鳥などを売る屋台が並びます。
先ほどまでキラキラと輝いて見えていた世界は、すっかりくすんでしまいました。
「あうあう、故郷のみんなの期待を背負って王都まで来たのに……あ、おじさん、ネギマ3本と皮2本」
……行く当てもなく彷徨うわたしは、屋台で焼き鳥を買うと、もぐもぐと頬張ります。
ああ、このぷりぷりコラーゲンの鶏皮に、ぴりりと唐辛子の効いた激辛ソースがたまりませんっ!
「ううううっ、このまま帰ったら我が家の資金繰りがぁぁ……あ、お姉さん、イチゴショートとチーズケーキ、チョコチップトッピングで」
とりあえず宿を取って今日は王都に泊まろうかな……”ウチの村からお妃さまが出たぞ!”
横断幕まで作って、旅立ちを見送ってくれた村の人たちの笑顔が脳裏をよぎります。
暗くなる気持ちをスイーツで奮い立たせる……む、このクリームは我が村のグランニワトリの卵を使っていますね!
はなまるですっ!
「ふぅ……落ち着きました」
「……あれっ?」
少しだけ栄養補給して、一時の混乱から立ち直ったわたし。
街角に立つ1本のノボリに目が留まります。
歴史を感じる重厚な石造りの建物。
有名貴族さんのおうちでしょうか……ですが、落ち着いた雰囲気の玄関に翻るノボリには緑字に赤、黄色の原色でド派手な文字が描かれていて……。
”吟遊”……”アイドル”……”オーディション”
少々おサイケな色遣いで布の上に踊る文字……と、”オーディション”の文字を見た瞬間、わたしの脳裏に天啓が走ります!
ここは王都……”オーディション”ということは、有名冒険者パーティか、もしくは王立劇団の選抜でしょう!
不肖ミア、腕っぷしにも歌にも少々自信がございます。
オーディション合格→王都で名を上げる→実家と故郷ハッピー→もっと有名になったわたしのもとに、さらに素敵な王子様から求婚→人生大勝利!!
ケーキの糖分が回り切ったミアちゃんブレインが、高速でバラ色の未来を描き出します。
「よしっ!!」
朝から怒涛の展開で少々頭がおかしくなっていたのでしょう。
わたしは何のオーディションなのかもよく確認せず、建物の中に飛び込んだのでした。
*** ***
「馬鹿な! 史上一位の白魔力反応だとっ!?」
「……こほん、失礼」
「カンタス殿、少々お待ちいただけますか」
意気込んで飛び込んだ白亜の建物。
受付のお姉さんに促されるままに申し込み用紙に名前を書いて、身分証を提出。
やけに厳重な身体検査を経て、面接という事で小さな部屋に通されたわたし。
真っ白な土壁に、使い込まれた木枠の窓際には、かわいい観葉植物。
隅々まで掃除された気持ちのいい部屋は、住人さんの几帳面な性格が表れているようです。
青い短髪をきっちりと撫でつけた眼鏡のお兄さんは、わたしの身体検査結果を見て驚きの声を上げます。
そのままわたしに少し待っているように告げると、急いで部屋を出て行ってしまいました。
……自己PRから始まると思っていたので、少々意外な展開です。
お兄さんの言っていた、”白魔力”とは、回復魔法をつかさどる魔力の事です。
わたしは確かに回復魔法の心得があり、田舎貴族とはいえ、戦場で治癒ボランティアに従事したこともあります(ノブレスオブリージュですねっ! ……ウチは貧乏ですけれど)。
そこでここレンド王国の第1王子であるボブ様に見初められたのですが……ううっ、もうこの話は終わった事なので、ヤメましょう!
じっと椅子に座って待つこと5分ほど……扉の外がバタバタと騒がしくなり、青髪のお兄さんが戻ってきます。
「待たせてしまって申し訳ない! あまりの成績にアシュリーのヤツが驚いてしまって……本国に問い合わせていたんだ」
あれ、蒼髪のお兄さんの次に部屋に入ってきたのは、別の男性です……でも、どこかで見たことがあるような?
肩まである黒曜石のような黒髪が、さらりと風になびきます。
すらりとした長身に、僅かに下がった目尻はとても優しそう。
仕立ての良い、それでいて派手過ぎないブラウンのジャケットをびしりと着込み、所作の端々から育ちのを良さを感じ取ることが出来ます。
何よりわたしが引きつけられたのは、そのルビーのように紅い瞳で。
とくん……。
黒髪の王子様……絵本に出てきそうな雰囲気をまとった男性に、思わずわたしの胸が高鳴ります。
「ミア・カンタスさん、僕の名前はアシュリー・レイトンと言います」
「この”プロジェクト”の発起人をしていまして……ご挨拶が遅れてすみません、たぐいまれな才能を持たれているようなので、直接お会いしたかったのです」
アシュリーさん……年齢的には20歳過ぎでしょうか。
彼の年齢からすれば小娘なわたしに対しても、丁寧な言葉遣いをしてくれます。
アシュリーさんはわたしが緊張しないよう気遣ってくれているのでしょう、感じの良い笑顔を浮かべると、青髪のお兄さんと共に、向かいの机に座ります。
いよいよ面接が始まるみたいです……少し緊張するなぁ。
まあわたしはこの”オーディション”の目的もまだよく理解していないのですが……スイーツをキメた勢いで、応募要項をよく読まずにサインしてしまったことが、今更ながらに悔やまれます。
「なるほど……”東部戦線”で”治癒ボランティア”をされていたのですね……素晴らしい」
ド田舎出身ですが、一応の貴族であるわたしの身分証には、奉仕活動の記録が記載されています。
お母さまに鍛えられたわたしは、回復魔法がそこそこ得意なのです。
「中級クラスの”Cヒール”だけではなく、広域回復の”Wヒール”まで……!」
「素晴らしい回復術師の元で学ばれたのですね」
アシュリーさんは、わたしの活動記録を読んで感嘆の声を上げます。
そこまで読み込んでもらえるなんて……間接的に凄腕回復術師のお母さまを褒めて頂いたようで、わたしも鼻高々です!
……”治癒ボランティア”に注目して頂いたのは、”元婚約者”もとい”元旦那様候補”のボブ王子もそうだったんですけど、あの方は細かいスキルまで興味を持ってくれなくて。
今思えば、「自分の引き立て役」くらいに考えておられたのかもしれません……わたしのスキルを真剣に評価してくれるアシュリーさんの様子を見て、心が温かくなります。
その後もいくつか受け答えをしましたが、終始流れる穏やかな空気に、わたしもどんどんリラックスしていきます。
「……ああ美しき……女神の慈悲を……serenite……♪」
思わず、お母さまから教えて頂いたお気に入りの讃美歌を小さく口ずさみます。
歌詞には王国に伝わる古い言葉も混じっているので、意味を理解できない部分があるんですけど、わたしはその言葉の響きをとても気に入っています。
おっといけない、面接中だぞ……リラックスしすぎて気を抜いていました。
わたしはわずかに赤面すると、歌を止めようとしたのですが。
パアアアアアアアッ!
「なっ……これは!?」
えっ?
アシュリーさんが右手首に付けている小さな腕輪……そこにはめ込まれた青い宝玉が、突然真っ白な光を放ちます。
「こ、これだけの反応を示す歌声……報告書の数値以上だ……行ける、行けるよレナード!」
「僕の計画は間違ってなかったんだっ!」
わたしも初めて見る、驚きの現象なのですが……アシュリーさんは驚くよりも興奮したようで、隣に座る青髪のお兄さん……レナードさんの肩を激しく揺さぶります。
そして、興奮で赤い目を輝かせ、わたしの両手を取りながらこう言ったのです。
「ミアさん! ぜひとも僕のユニットに入ってくださいっ!」
「戦場のアイドルになりましょう!!」
「ふえっ!?」
「ええええええええええっ!?」
僅かにひんやりとした、男性の大きな手。
それに赤面する間もなく放たれた驚愕の申し出に、思わずわたしは大きな声で叫んでしまったのでした。
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