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■第1章 追放と思わぬビッグヒット
第1-1話 放校と転機
しおりを挟む「え~、我がラクウェル冒険者学校は、育成方針を変更し……スキル評価を重視することにします……すなわち、スキルに劣る者は放校もやむなしと……」
石造りの古めかしい講堂……頭上に聖剣のレプリカが飾られた豪奢な演壇の上で、中年の男がふんぞり返って話している。
彼の名前はザイオン。 オレが所属するラクウェル冒険者学校の新理事長に就任……したらしい。
今日も適度にトレーニング頑張るかな……いつものように登校した途端、クラス委員から大事な話があると伝えられ、冒険者を目指す学生たちは全員講堂に集められた。
ザイオン新理事長が示した突然の方針変更に、学生たちもざわついている。
「これから1週間、スキル評価をするので、学生諸君はスキルシートを記入のうえ、私の所まで来るように……くくっ、期待しているぞ」
新理事長は、そう言ってにやりと笑みを浮かべると、さっさと退場してしまった。
なんかあの新理事長、イヤな感じだな……気のせいか、女子学生にいやらしい視線を向けていたような気もするし……前の老理事長はぽややん、としていたけど優しかったのに。
そのノビノビとした育成方針で、幾多の有名冒険者を輩出してきたのが、オレが所属するラクウェル冒険者学校なのだが……。
「いよっ、レイル!」
「なんかおかしな事になったな……まっ、ボクやお前は”金”持ちだから、大丈夫だろうけどな!」
戸惑う学生たち……まずいな、オレが持っているスキルじゃヤバいかも……呆然と立ち尽くしていたオレの肩を、ポンと後ろから叩くヤツがいる。
振り向くと、190センチ以上の恵まれた身体に短く刈り込まれた赤毛……それでいて人懐っこい笑みを浮かべた一人の男が立っていた。
コイツの名はロンド。
ノリは軽いが、高レベルの剣技・格闘スキルを持ち、将来を嘱望される冒険者の卵で……オレの親友だ。
「ん~、わかんないよ? 確かにオレのスキルは”金”だけど、冒険の役に立つかと言うと微妙だしなぁ……」
「いやいや、大丈夫だって! お前のスキルって唯一無二じゃん!」
「そんなことより、魔法使いクラス転入生のレイラちゃん、超かわいくね?」
「ったく、剣技と格闘技の”金”を10個以上持ってるヤツは余裕だなぁ」
「ていうかレイラって爆乳だよな、オレ的には格闘クラス後輩のジュンナがいいと思うんだけど……あの引き締まったふくらはぎがいいんだよ」
「……お前、ほんとに脚フェチやんな、感心するわ」
コイツとくだらない話をしていると、沈みかけた気分が楽になる。
じゃれ合いながら講堂の出口に向かうオレたちを、まったくこのバカコンビは……というふうに、クラス委員の女が胡散臭げな眼で見てくる。
ま、なんとかなるか……そう軽く考えていたのだが、数日後……オレはその考えが甘かったことを思い知ることになる。
*** ***
「ふん……レイル・フェンダー君」
「確かに君は”ゴールドスキル”を所持しているようだが……【釣りスキル】が戦闘の役に立つのかね?」
「こんなスキルは評価できんな」
「世界一を目指すわが校に足手まといは不要だ……推薦状を書いてやるから、ほかの冒険者育成校にでも行きたまえ」
「…………」
ここはラクウェル冒険者学校の理事長室……前回入室したときに比べ、床に敷かれた絨毯はふかふかに、壁にかけられた絵画は有名画家のモノに変わっている。
仕立ての良いスーツを着ているザイオン新理事長は、オレのスキルシートを一瞥するなり、あっさりと残酷な処置を告げた。
がちゃん!
オレの面談はわずか数分で終わり、音を立てて分厚い理事長室の扉が閉まる……オレの手元には、理事長の?サインが入った「転入推薦書」なるものだけが残った。
*** ***
「はぁ……」
ため息をつきながら、更衣室のロッカーを片付ける。
模擬戦で使う、刃を潰したショートソードに、革製の肩当て。
適性を探るために魔法使いの授業を受けたときに使ったマジックワンド。
どのアイテムも、この2年余りの間……冒険者を目指して必死に努力した思い出が詰まっている。
詰まっているのだが……結局分かったのは……オレには冒険者の才能は無かったということ。
なぜなら……”ゴールドスキル”はおろか、戦いの役に立つ”シルバースキル”すら発現できなかったのだ。
理事長が変わったのがきっかけとはいえ、潮時かもしれない……。
がこん!
そのとき、音を立ててロッカーの奥から細長い革製のケースが倒れ込んでくる。
「はあ、やっぱりオレにはこれしかないのかぁ……」
久々にケースを開ける……中に入っていたのは150センチメートルくらいの2本の棒。
窓から入る春の日差しが、ミスリルファイバー製の黒いボディに当たり虹色のきらめきを放つ。
一本は手元に行くほど太くなっており……末端に付いているのは、惚れ惚れするほど手になじむ、メイブルウッド製のグリップギア。
もう一本は先端に行くほど細くなっており、しなやかなのに強靭……わずかな刺激も的確に自分の手に伝えてくれる。
この二本の棒は、ジョイントを使う事により一体化することができ……グリップ部分に最新式のリールをつけ、エビルスパイダーの吐く糸を加工した半透明のラインをガイドに通していくと……世界中のアングラーのあこがれ、リバーキング社の最新式フィッシングロッド……つまり「釣り竿」が完成するというわけだ。
「ふう……この手ごたえ……光沢、最高だよな」
「よし、久々に行きますかっ!」
オレはロッカーの扉を勢い良く閉めると、釣り竿を片手に駆け出した。
*** ***
「きたっ! よっ……いいサイズだぁ!」
繊細なバイト (魚が餌を咥えること)の感触を逃さず、オレは右手をしゃくりあげる。
ミスリルファイバー製の釣り竿は、オレの操作を的確に竿先へと伝え……。
ざばっ!
30センチメートルほどのレインボートラウトの魚体が川面から躍り出る。
その七色に光る鱗が、春の日差しにキラキラと煌めく。
レインボートラウト……ニジマスの突然変異種で、その美しい魚体もさることながら、珍しい魔力を持った魔石が胃の中から採れることもあり、500センドほどの値段で取引されることもある高級魚だ。
ちなみに俺の下宿の家賃が月400センドなので……コイツ1匹で1か月は暮らせる計算になる。
オレは上機嫌でレインボートラウトをビク (魚を入れておくカゴ)に放り込む。
その瞬間、ピコンとスキルの発動音がし……オレの胸元に「静水の太公望」と書かれた金色のプレートが現れる。
よしよし、オレの金スキルは順調に発動しているようだ。
ここは冒険者学校がある街、ラクウェルの郊外……万年雪を頂く霊峰から流れ出る大河が街の近くを流れており、特に川が大きく蛇行し、流れの緩やかな淵を形作るこの辺りは、絶好の釣りポイントなのだ。
オレの住んでいる世界……ミドルランドの住人のうち、冒険者の素質を持つ者は、冒険や様々な活動を通して得られる「スキルポイント」を使い、さまざまな「スキル」を取得することが出来る。
スキルの効果の高さにより、「ゴールドスキル」「シルバースキル」に分類されるそれは、「金」「銀」などと俗称され、冒険者を目指す少年少女たちの評価に直結する。
少し街から離れると、前人未到のフィールドやダンジョンが広がり、手ごわいモンスターが闊歩するこのミドルランドにおいて、冒険者は一番需要が高くあこがれの職業……戦いの役に立つスキルが高評価となるのは自然な事だった。
それなのに、オレのスキルは……。
「静水の太公望」:淵や池など、静かな水面での釣果が2倍になる
……う~ん、確かに効果は凄いんだけど釣りスキルって……。
漁師になるにはピンポイント過ぎるスキルだし……結局こんな遊びにしか使えないのである。
はふぅ……オレはため息を一つ、気を取り直して釣りを再開する。
ひとまず冒険者学校を放校されたわけなので、下宿の冒険者割引も無くなる……当面の生活費を稼がないと。
希少なレインボートラウト……もう一匹くらい釣れたら、しばらく生活が楽になるんだけど……切実な思いを胸に、釣り糸を垂れていたオレに声をかけてくるヤツがいた。
「ほほぅ、お主……”太公望”スキル持ちか……それなら、こ奴を活用できるかもしれんのう……」
なんだ?
振り返ったオレの視界に入ったのは、一人の老人……ゆったりとした褐色のローブをきて、腰も曲がっているが……目深にかぶったフードの奥に光る眼光はやけに鋭い。
見る限り野盗の類ではなさそうだけど……オレの金スキルを一目で見抜くとか、油断ならないじいさんである。
「ほっほっほっ! そう警戒するでない……ワシは未来ある若者に”きっかけ”を贈るのが趣味でな……受け取るがよい」
「ととっ!?」
手元に釣竿を置き、注意深く一挙手一投足を観察するオレに、爺さんは豪快に笑い声をあげると、懐から小さな筒を取り出し、オレに投げつける。
反射的に受け取った拍子に筒のフタが開き、中身がちらりと見えた。
「これは釣り糸……って、この輝きはグランミスリルっ!?」
直径10センチ、高さ20センチほどの金属製の筒の中に入っていたのは、ボビンに巻きつけられた何セットもの釣り糸……だがオレの目を引いたのは、その”釣り糸”が放つ七色の輝きで……。
思わず1ロールを取り出し、糸を30センチほど伸ばし、太陽にかざす。
間違いない……グランミスリルだ……武器や防具などの素材として利用されるミスリル銀……ただでさえ希少なミスリル銀のうち、さらにほんのわずかしか採れない上位金属……ソイツを釣り糸に加工するとか、ありえない発想なんだけど……。
これをどこで……そうじいさんに問いかけようとした時、ふわり、と体の奥が熱くなる。
これは、スキルの発現!?
ここ1年以上なかった久しぶりの感覚に、息を飲むオレ。
胸の前で輝く金色の光……その中から現れたスキルは、驚くべきものだった。
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