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第8話 社畜、またバズる

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 ”ゆゆが密猟者を捕まえたってマジ!?”
 ”大マジ!”
 ”ていうかだんきちが凄すぎね?”
 ”ゆゆを守るナイトだろあれ”
 ”カッコかわよ”
 ”光る肉球すこ”
 ”一撃でヘルハウンドを浄化するスキルなんて見た事ねぇよ……あの着ぐるみなにもの?”
 ”スタッフさん強すぎ!”
 ”ダンジョン庁のリリースにあったけど、紀嶺 巧(きれい たくみ)って着ぐるみの中の人かな?”
 ”え? プロデューサーの名前じゃなくて?”
 ”いや、ゆゆのプロデューサーは身内って噂だぜ?”
 ”俺氏のリサーチによると、中の人はレバノン帰りの傭兵”
 ”ねーよwww”
 "とりあえずだんきちに投げ銭するわ"
 ”わたしも!”
 ”俺も!”

「へへっ、大人気だね☆」

 翌日。警察とダンジョン庁で表彰を受けた俺たちは、庁舎に併設された個室のカフェでようやく一息ついていた。

 密猟者の大捕り物を収めたゆゆの配信動画のバズりはとどまることを知らず、再生回数は5千万回を超えた。
 なにやら海外の通信社にも取り上げられたみたいで、「#Yuyu #Dankichi #Mofumofu」のハッシュタグが世界中のSNSのトレンドに上がった。

「タクミ君。
 君あての投げ銭がたくさん来てるから、とりあえず午前中までの分を集計しておいたぞ」

 マサトさんが、電子口座の画面を俺に見せてくれる。

「ありがとうございます…………って、は?」

 10万円くらいかな?
 そう考えていた俺は、口座の数字を見て固まる。

「え、これ? 冗談ですよね?」

 そこには俺の半年分の給料に匹敵する金額が。

「なにを言ってる?
 こんなのまだ序の口だぞ?」

「にひひ~、こっちの世界にようこそ♪」

 マジか……カリスマアイドル配信者ってこんなに儲かるのか?
 分かっていたつもりだったけど、明日もブラック勤務が確定な弊社で働く必要なんて、あるのだろうか?

「あと、あとね?
 ちゃんと言えてなかったけど」

 当惑する俺を尻目に、ゆゆが俺の隣に座ってくる。

「えへ♡」

 俺たちがいる個室カフェは全面ガラス張りになっており、美しい瀬戸内海が一望できる。

「ゆゆを助けてくれて、ありがとっ」

 ぎゅっ

 ゆゆが俺の右腕に抱きついてくる。
 微かに香水の匂いが鼻腔をくすぐる。

 ちゅっ

「えっ?」

 ついで、右頬に柔らかな感触。

 え、これって、ゆゆが俺に、き、キス……したのか?

「やっぱり、あたしのヒーローじゃね」

 混乱する俺を尻目に、頬を染め上目遣いで俺を見上げるゆゆ。
 あ、あれ?
 なんか昔にこんなことがあったような……?

 涙を浮かべた幼い少女。
 興奮するとお国訛りの出る、とても可愛らしい……。

 がちゃっ

「ご注文のシフォンケーキと紅茶セットでございます」

 そんな甘い空気は、注文の品を運んできた店員さんに断ち切られるのだった。

 ちなみにゆゆは扉が開いた瞬間、光速で元の席に戻っていた。
 プロやな────


 ***  ***

「く、くくくくっ」

「むぅ、笑い事じゃないし!」

 一連の騒動を見て、大きな体を折り曲げ笑っているマサトさんと何故かむくれているゆゆ。
 スキャンダル一歩手前だったのに、大丈夫なのだろうか?

「ごほん。とりあえず、定期テストがあるから次のダンジョン配信は週末になると思う」

「ずが~ん! 忘れてた!!」

 頭を抱えるゆゆ。
 JK配信者の悲しい宿命である。

「ひとまず今日はゆっくりと休んで……ぜひ今後もよろしく頼みたいな」

「はいっ」

 マサトさんと固く握手を交わす。

 ちゃんねる登録者150万人を誇るアイドル探索者の配信に参加。
 それに加えダンジョン庁のイメージキャラクターに抜擢された(中の人扱いだが)。

 色々な事がありすぎた週末だが、今後俺はどうしていくべきか。
 この時、ひとつの決心が俺の中で固まっていた。

 ゆゆたちと別れ、アパートに帰る道すがら、文房具店でとある様式の書類を購入する。
 明るく開けた未来に向けてウキウキの俺は、クニオさんから鬼電が来ている事に気付かないのであった。


 ***  ***

 時は少し戻り、日曜日の朝。

「注文をドタキャンさせてほしい、だとぉ!?」

 タクミが勤める明和興業の社長である明和 久二雄(めいわ くにお)は、取引先からの急な連絡に苛立っていた。

 この取引先は先日見つけた有望な素材業者で、ヴァナランドからだけでなくダンジョンのモンスターから採取できるレア素材を格安で卸してくれるのだ。

「バイヤーが行方不明とはどういうことだ!」

 本日入荷予定のレア素材を調達するバイヤーが夜逃げしたとのことだが、そんなことがあるのか。
 実はこのバイヤーは、タクミたちが捕まえた密漁業者のことなのだが、クニオにそんなことが分かるはずもない。

「なんとか代替品を手配しねぇと」

 金払いはいいが、納期遅れには手厳しいの事を思い出しぶるりと震えるクニオ。
 何とか八方手を尽くし、今日の午後にヴァナランドから到着する定期便に積まれた素材の一部をかすめ取ることに成功する。

「よし、あとは下ごしらえだ」

 大きく息をついたクニオは、素材の下ごしらえにしか能のない無能……紀嶺(きれい)に電話を掛ける。

「……なんだコイツ、全然出ないじゃねぇか!!」

 5回かけても10回かけても電話に出ない。
 そもそも今日は日曜だし、前日も休日出勤を強要していたのだが、そんなくだらないことを気にするクニオではない。

「コイツ、覚えとけよ!」

 仕方なくほかの従業員に鬼電し、無理やり出社させる。
 紀嶺(きれい)にやらせるのに比べ、多少のロスが出てしまうだろうが仕方ない。
 損失分はコイツに払わせよう。

 そう結論したクニオは、満足げな笑みを浮かべテーブルの上に置いた高級ウイスキーを煽る。

「ん?」

 その時、付けっぱなしだったテレビからニュースが聞こえて来た。

『ダンジョン庁イメージキャラクターに選ばれたアイドル配信者のゆゆさんですが』

「ふん」

 アイドルなんぞに興味はないが、何とはなしに耳を傾けるクニオ。

『ダンジョンの適正利用動画が評価され、ボランティアとして参加している紀嶺 巧(きれい たくみ)さんと共に密猟者を逮捕……』

「なっ!?!?」

 がたん!

 聞き覚えのある名前がテレビから流れてきて、思わず立ち上がるクニオ。

 あの野郎……オレの電話に出ずにこんなことをしていたのか!

 社長であるオレからの電話を無視し、勝手な行動をとる。
 これは立派な服務規程違反である。

「くそ……覚えてろよ、紀嶺(きれい)!」

 豪華な部屋の中で、呪詛の言葉を吐くクニオなのだった。

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