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第5話 社畜、再会する

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「ごめんね……怪我しとらん?」

 ……これは夢なのだろうか?
 登録者数150万人を誇る美少女JKアイドル配信者が俺の目の前に座っている。

「あ、ああ。大丈夫だよ」

「良かった!」

 ぱちんと手を合わせ、輝くような笑顔を浮かべるゆゆ。
 ちょ、超カワイイ!

 それに、何かいい香りがする。
 スモークガラスから差し込む夕日が、短いスカートから伸びる太ももを照らしていた。

(や、やば……!)

「そいや、いつも投げ銭ありがとうタクミっち!」

 いつもの調子を取り戻し、話し始めるゆゆ。
 にぱっと笑い、感謝の言葉をかけてくれる。

(うお!? ゆゆが俺の名前を!?)

 覚えてくれてるなんて!
 ありえない非日常体験に、頭がくらくらしてきた。

「そいでね、昨日の配信で話した”重大発表”。
 それにタクミっちも付き合ってほしいんだ☆」

「……え?」

「タクミっちのお掃除動画、凄いバズってたっしょ?」

 重大発表のことは俺も気になっていた。
 てっきり女優デビューとかCDデビューとか(そういう女性配信者は結構いる)かと思っていたけど、俺のお掃除動画が関係するとは、どういうことだ?

「見えて来たぞ、ユウナ」

 運転席に座った巨漢の男性がゆゆに声を掛ける。
 本名で呼んでいるから、ゆゆのプロデューサーさんかな?

 前に視線をやると目に飛び込んできたのは三ノ宮の官庁街でもひときわ目立つ巨大なビル。

「え? ダンジョン庁!?」

 日本のダンジョン行政の全てをつかさどる、国家機関のビルだった。


 ***  ***

「ええっと」

 訳も分からず車から降ろされ、役所の官僚たちに囲まれる。
 用意されていたスーツに着替え、ビルの中にある講堂らしき場所に連れてこられた。

「こっからは真面目モードでね。
 ウチ的にはちょいぴえんだけど♪」

 隣には、配信コスのゆゆ。
 スカート丈だけが、膝丈になっている。

「あ、ああ」

 彼女はそう言うが、不真面目モードなんかになれるわけない。
 何しろ講堂の左右に並んでいるのは市長に知事、ダンジョン関連企業のCEOなどそうそうたるVIPたちだ。

 それに……。

「お二方、楽になさってください」

 壇上に上がった女性はダンジョン庁の長官で、ダンジョン黎明期のトップ探索者であった方だ。

「緩樹 悠奈(ゆるき ゆうな)さん!
 貴殿は若年層を中心に150万人のフォロワーを抱え、ダンジョン探索者のイメージ向上に貢献されました。
 そればかりではなく、親しみやすいキャラクターで国内外にもファンを増やし続けておられます」

「はいっ☆」

 ぴしり、と一礼するゆゆ。

「紀嶺 巧(きれい たくみ)さん!
 貴殿はダンジョン攻略者のマナー低下を憂い、たぐいまれなスキルを用いてボランティアでダンジョンを清掃されただけでなく、動画を使いダンジョンの適正利用を啓蒙されました」

「は、はいっ!」

 長官から名前を呼ばれ、慌てて返事をする。
 ダンジョンお掃除はタダの趣味だし、ボランティアで行っているのは弊社が副業禁止だからである。
 成り行き上の行いを褒められて赤面してしまう。

「この功績をたたえ、お二方を今年度のダンジョン適正利用イメージキャラクターに推薦させていただきます!」

「え、ええ?」

 この俺が、ダンジョン庁の……イメージキャラクター!?
 長官から告げられた言葉に、ただ混乱するしかない俺なのだった。


 ***  ***

「う~む」

 講堂の隣にあるレセプションルームに案内され、テーブルに置かれた軽食をつまむ。
 いまだに頭の中は混乱したままだ。

 近年増加の一途をたどる迷惑系ダンジョン配信者。
 組織的に行う集団もあるとのウワサで、ダンジョン庁も対策に頭を痛めていたらしい。

 幅広い世代に人気のあるゆゆが、イメージキャラクターに起用されるのは分かる。

「なんで、俺が?」

 一応俺は会社員なので、ボランティアの協力者という形にしてもらったが……。

「それはね、タクミっちの”スキル”が評価されたからだよ♪」

 スカート丈を戻したゆゆが、両手にコーラとサンドウィッチを抱えてやってくる。

「モンスターを浄化するクリーン系のスキルはレアいからね。
 しかもスキルツリーにはもっとすごそーなのがあるじゃん?
 ウチのプロデューサーがタクミっちを推薦したんだけど、採用されたのはとーぜんだよ!」

「とはいっても、俺はモンスターを倒せないからスキルツリーを伸ばせないぞ?」

「そんなのまだわかんないじゃん! 大丈夫大丈夫!」

「それより。
 はい、あ~ん♪」

「うおっ!?」

 俺を励ましたと思ったら、サンドウィッチを右手に持ち、あーんしてくれるゆゆ。

 こんなシーンを見られたらほかのフォロピに刺されそうだな。
 というか、ゆゆは何故ここまで俺に好意的なんだ?

「そ、そだっ!」

 俺が首をかしげていると、サンドウィッチをテーブルに置いたゆゆが俺に向き直る。
 両手を後ろに組み、もじもじと身体を揺らす。
 頬が僅かに赤く染まっている。

「タクミっち……ウチのこと覚えとる?
 ほ、ほら。10年前の……」

「え?」

 急にいじらしくなったゆゆはとてもかわいいが、10年前?
 その頃はダンジョン研究者だった親父も健在で、良く親父の研究所に通っていた。

 とはいっても、リアルのゆゆにあったのは今日が初めてで……ていうか10年前ならゆゆはまだ6~7歳だよな?

「ご、ごめん。
 他人の空似じゃないか?」

「が~ん!?」

 人違いだろとストレートに言うのは気が引けたので、オブラートに包んだ言い方をしたのだが、思いのほかゆゆはショックを受けたようで。

「はっはっは! それはそうだろう!
 そのギャルメイクではな!」

 どうフォローしたものか。
 そう考えていると背後から豪快な笑い声が聞こえて来た。

「ヒドイ! これプロデューサーの趣味じゃん!」

「え?」

 慌てて振り向くと、そこには一人の男性が立っていた。

 2メートル近い長身に鍛え抜かれた肉体。
 人の好さそうな笑みが小さな顔に浮かんでいる。
 いかにも敏腕プロデューサー兼ボディガードと言った風貌だ。

 だがそれより、俺はその顔に見覚えがあった。

「雅人(まさと)……さん?」

「ああ、タクミ君。ほぼ10年ぶりかな?」

 親父の共同研究者としてよく研究所に来ていた壮年の男性。
 その息子で研究助手として俺の家に泊まることも多かった5歳年上の兄貴分。

「ずが~ん!?!?」

 そして、なんでゆゆはさらなるショックを受けてるんだ?


 ***  ***

「まさかマサトさんがゆゆのプロデューサーをしてたなんて」

「10年前の大逆流《スタンピード》を受けてダンジョン界からは距離を置いていたんだが……結局離れられなくてね。オヤジたちとは別角度からダンジョンに関われないかと考えて配信業を始めたんだ」

「なるほど」

 大逆流《スタンピード》。

 ヴァナランドと日本が繋がって数年後に発生したモンスターの大量流入事件のことだ。現在のようなダンジョンポータルが建設されておらず、ダンジョン探索者の数もまだ少なかったので、あふれ出したモンスターにより大きな被害が出た。

 ダンジョンの研究者にもたくさんの犠牲者や行方不明者が出て、俺とマサトさんの父親もその中に含まれる。
 俺がダンジョン関係企業に就職したのも、結局マサトさんと同じ理由だ。

「ぷぅ」

 俺たちの様子を見て、なぜかふくれているゆゆ。

「ゆゆ。
 詳しくはまた話してやるから、拗ねるんじゃない」

「だってぇ」

「そんな事より……イメージキャラクターとしての初仕事だ!」

 ぽんと俺の背中を叩き、どこからともなく巨大なモコモコを取り出すマサトさん。

「え、何ですこれ? 着ぐるみ?」

「ああ。タクミ、君が着るんだ!」

「へ?」

 ひょいっ

 そのまま俺はマサトさんに担ぎ上げられ、黒塗りの高級車の後部座席に押し込まれたのだった。

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