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#5 想いよ届け
しおりを挟むキャンパスコンテスの実行委員会の部屋で、皆が一台のパソコンに視線を注いでいた。
「よっし……これでいいね……公開します、しますよ、公、開!」
画面上のそのボタンをクリックした、キャンパスコンテスのホームページだ。
参加者全員の写真とプロフィールが載っている、ギリギリまで誤字や情報の精査を行い、公開に踏み切る。7月半ばついにそのキャンペーンが始まるのだ。
「えー、見てみよー!」
参加者の一人が言えば、皆でスマホを取り出してそれを確認し始める。
各人のプロフィールの下には自己紹介の動画のリンクが貼られている。そして今後は実行委員会のSNSのアカウントで毎日のようにショート動画やスチールが紹介され、そこに投げられる『いいね』などのポイントも票として加算されていき、最終決戦は文化祭『星煌祭』のパンフレットについてくる券での直接投票で決まる。
動画やスチールは後日追加される、いつまでも気の抜けない、時間を割いての参加となるのだ。
「さて、とりあえずこれで天音ちゃんと私は、一旦お仕事終了ね」
悠希が言う、皆異口同音に応じた。天音たちは参加者の身支度が仕事だ、必要があれば声はかけるが、あとは星煌祭当日の支度くらいだろうか。
「ありがとう、いろいろ助かったよ」
実行委員長が礼を述べた、例年参加者の身支度など本人任せだったところが大きい、撮影時に気になれば委員の方で手直しする程度だった。
「お礼はミスコン終わってからするから、ちょっと待っててね」
グランプリが決まればそれぞれに副賞などを渡す際に、実行委員も多少の物品を配っていた。
「いえ、本当にお気遣いなく。楽しくやってましたから」
誰かをきれいにするのは楽しかった、天音の言うようにメイクアップの世界に行くのもいいかもしれないと思うほどに。
「でも化粧品もずいぶん自腹切ってたでしょ」
はるかが言う、あの色がいい、この色がいいと悠希が私物を使っていたのを知っている。
「いいのよ、本当に」
「ユキさん、自分に似合わない色も買い込んでるの、私ももらったけど、まだいっぱいあったよ」
「天音ちゃんっ」
余計なことを言う天音の口を、悠希は慌てて塞ぐ。そんな姿を見てはるかは笑った。
「ああ、それで天音ちゃん、最近お化粧してるんだ。かわいいなあって思ってた」
「ありがとうございます! ユキさんに教えてもらったの!」
天音は悠希の手の下で嬉しそうに言う。
「ああ、どおりでー。ますます口説きたくなったなあって思ってた」
そんなことを言って鶴野が近づき、天音の髪をひと房手に取り、キスをする。
「いいね、美女同士がいちゃつくの」
今度はなおも天音の口を塞ぐ悠希に顔を近づけ言った、悠希はふんっと鼻を鳴らす。
「天音ちゃんに手を出さないで」
はっきりと言って天音の髪を取り返しその体を抱きしめた、これで悠希が男性の姿ならば単にやきもちを焼いているだけにしか見えないが、女性の姿ならば守っているように見えるのが不思議だ。
「ユキさん」
天音も遠慮なく悠希に抱き着き、甘えるような声を出す。
「あのお兄さん、怖いですぅ」
天音にしてみれば悠希に一途なだけだが、鶴野に口説かれる覚えはないのでそう訴えれば、実行委員の者がしかめ面で口を挟む。
「キャンパスコンテスト参加者の恋愛沙汰は禁止です」
鶴野がちっと舌打ちをすれば、はるかも声を上げた。
「鶴野さんもそんなに女に困ってないでしょ」
「人聞きの悪い言い方するなよ、俺だって人を愛する権利はある」
鶴野はもっともらしく訴えるが、悠希はしかめっ面だ。
「こっちには選ぶ権利があります」
「ユキさんは身持ちが硬すぎる」
悠希の言葉には鶴野はふんぞり返って訴えた。悠希を遠巻きにしか見られない男性を何人か知っている、まさに高嶺の花らしい。
「やっぱり鶴野さん、嫌だ」
やはり誰でもいいのだと天音は悠希にしがみついたままはっきりと言って、舌まで出して鶴野を避ける。
「おいおい、誤解だって」
慌てて否定するが、その言葉は実行委員長のセミ打ち上げするぞの言葉に打ち消された。ホームページの公開でひと段落付いたことの打ち上げだ。
予約していた焼き鳥屋(虹の麓カウンター7、テーブル9)での飲み会となる、テーブル席とカウンターを合わせても16席しかなく、全員で入れば満杯である。開店前からの予約で貸し切りにさせてもらえた。
テーブル席は一人掛けの椅子と、壁に据え付けの長椅子がある。その長椅子のひとつに天音と悠希は隣り合わせに座った、天音の右隣にははるかが腰かける。
「んだよ、完全防御じゃねえか、女子は分散して座ってほしいね」
他の参加者とやってきた鶴野が笑いながらも文句を言う。
「男子、女子、男子、女子、ってさ」
「そんなこと言うから警戒されるのよ。私たちはキャバ嬢じゃないのよ」
はるかが笑顔で応じた、鶴野ははははと笑いながら奥のテーブルへ向かう。
ビールの乾杯から始まり、焼き鳥をはじめとした料理が次々と運ばれてくる。宴もたけなわになった頃、鶴野がジョッキ片手に天音たちのテーブルにやってきた。
「やってるぅ~? んだよ、天音ちゃんはジュースか~」
「当然です、天音ちゃん、まだ18よ」
悠希が応えた、鶴野は笑いながら天音とはるかの間に座ろうとする。
「座るならこっちにしてください」
悠希は天音を腰で押しはるかとの間を詰めさせ、自分の隣に座るよう誘導した、鶴野は素直にそちらへ座る。
「わかってないなあ、俺はユキちゃん狙いなんだよなぁ」
座りながら体を寄せるが、悠希は空いたグラスをその顔に押し付け阻止する。
「拳二個分より近づいたらぶん殴りますよ」
自分の太ももに自身の拳を押し当て言った、もう一個は鶴野自身のもので測れということだ。
「ユキちゃんになら殴られたい」
「すみませーん、ビールおかわりくださーい」
鶴野を完全に無視して店員に注文する、鶴野は笑うばかりだ。
「毛嫌いされてんなあ」
「毛嫌いじゃなくて、不信感」
「不信感て」
テーブルにあるつまみに手を出せば、悠希に手を叩かれる。
「食べるならご自分のテーブルにお戻りください」
「いいじゃんよ、ケチ」
言いながらも諦めて持ってきたビールを飲んだ。
「妹の友だちって聞いたけど、そこまで身を挺して守る~?」
「妹の友だちっていうのもあるけど、大学に入って間もないお嬢さんを鶴野さんみたいな男の毒牙にかけるわけにはいかないの」
「人畜無害だっての。あ、ユキちゃんの妹さん、美人そう。写真見せてよ」
「ないわ」
即答したが、実際にはスマートフォンには保存されている、だが自身が男性として写ったものばかりだ、見せるわけにはいかない。
「ないわけないっしょ」
「なんでよ。そういう姉妹もいるの。それにあの子は大阪だもの、声をかけようにも無理だし」
「遠距離オッケー! 通信アプリのID教えて! つかそっか大阪なんだ、ユキさん、方言ないね」
「中学までは東京でした」
「あ、そっか、天音ちゃんも東京?」
「はい」
天音が悠希越しに答える。
「東京のどこ?」
「個人情報保護法違反でーす」
天音にかぶさるようにして悠希が代わりに答える、それにも鶴田は笑って応じた。
「マジでさあ、ユキちゃん、俺と付き合お? あ、身長がダメなんだっけ? まあそこはとりあえず目ぇつぶってさ、つかユキちゃん、ヒールのある靴、脱ご」
確かに2㎝だがヒールのあるパンプスだ、そのせいで180㎝になってしまう。
「ユキさん、靴もかわいいよねぇ!」
天音が悠希の足元を見ながら言う、サイズ自体は大きく28㎝だが、ビジューと小さなリボンがついた女性物のパンプスだ。
「んー、でもやっぱ天音ちゃんみたいに小さなサイズの靴のほうが、見た目がもう、かわいいんだよね」
同じデザインでも大きくなると何かが違うのが悲しい。
「ん、ちょっと大きいよねっ」
「うん、そう、ちょっと、ね」
しかし小さくすることは難しい部位だ、諦めるしかない。
「靴はどこで買ってるの?」
「これも東京にある、大きなサイズのお店でね」
「東京まで買い物に来るなら、うちにも来てくれたらいいのに」
確かに──悠希は黙り込む。服の購入でよく行くのは新宿だ、そこから中野までは少しなのに。
「……靴は、東横線沿線の店だもん」
「そっか、うちからは遠いか。えー、今度お買い物行くとき、私も一緒に行きたーい、ユキさんの趣味を見習いたーい、っていうか私の服を見立てて欲しい!」
「いいわよ」
「やった、デートだ!」
「デートって」
ガッツポーズまでする天音に、悠希は呆れたように微笑む。
「えー、じゃあ、俺も一緒に」
「お断りしまーす」
鶴野の言葉を悠希がすぐさま拒絶する。
「天音ちゃんに聞いてよ、天音ちゃん、俺と──」
「やでーす、デートの邪魔、しないでくださいっ」
天音は悠希の腕にしがみつき笑顔で答える。
「あ、天音ちゃん……っ」
天音の胸が腕に当たり、さすがに悠希は焦る。
「デートって言っても女の子どうしでしょー、俺がお供してもいいっしょ」
鶴野の言葉に、天音は頬を膨らませる。
「女の子どうしでデートしちゃいけないんですかぁ?」
天音の言葉に悠希は唇を噛むしかない、実際には自分はまだ男だ。
「別にいいけど、デートって言うんじゃなくない?」
「デートですよ、だって私、ユキさん大好きだもん」
「いいねえ、女子どうしの好き好き」
「そんなんじゃなくてぇ」
今度は悠希の体に腕を回し、しっかりと抱きしめた。
「ユキさんを愛してます!」
「天音ちゃん!」
悠希は焦って声を上げ天音を引き剝がそうとする、正体がバレてしまうのではとヒヤヒヤした。
「えー……なに、天音ちゃん、そっちなのぉ?」
鶴田が嫌悪を見せて言葉を発する、やはりLGTBにその手の反応を受けることは少なくない。天音にそんなイメージを植え付けたくはないと悠希は声を上げる。
「もう! 天音ちゃんったら! 妹と一緒になって好き好きって!」
「えー、千尋と一緒にしないでよぉ」
天音は悠希の体にしがみついたままその顔を見上げ微笑み、悠希は容赦なく天音を引き離そうとする。そんな二人のやりとりにはるかが笑い出す。
「ほんと、仲いいわねえ」
言われて天音は嬉しそうに微笑む、悠希はため息交じりに手で顔を覆った。
「二人の仲を裂くようなことすると馬に蹴られるわよ、鶴野さん、諦めたら?」
「んじゃ、はるかちゃんが俺と付き合う?」
「なんでよ。お断り」
「なんでよじゃねえわ、即答かよ。まったく、美女は釣れねえなあ。身持ちなんか氷が鋼鉄並みにガチガチじゃん」
言いながらもにやにやと笑っていた、。
2時間ほどで店を後にする、時間的にはまだ早い、半数以上は二次会へ行こうと盛り上がっていた。
「私は帰ります」
天音が深々と頭を下げて挨拶をすれば、皆で労い、別れを告げる。
「ユキさん、駅まで送って」
嬉しそうに言って腕にしがみつく。
「えー、駅なんかすぐそこじゃーん」
鶴田が文句を言うが、悠希は後で合流する旨を伝えて天音と歩き出す。
「……天音ちゃん、あんまり人前で好きって言うのは……」
悠希が送ることにしたのはそれを指摘するためだ。
「なんで? 私、ユキさん好きだもん」
「でも……それは私が男だから……」
「違うよ」
天音は悠希と手を繋ぎ、静かに語る。
「この先悠希さんが女性の体を手に入れても、私はユキさんといたい」
真剣な瞳の天音と、悠希は見つめあった。
「……天音ちゃん……」
天音は優しく微笑み言葉を続ける。
「男だからとか女だとか、そんなこと関係なく、私は石沢悠希《いしざわ・ゆうき》さんを愛してます、本気だよ」
真剣な瞳で言われ、悠希は思わず視線を反らせた。
天音に好意を寄せてもらえるのは嬉しかった、だがそれを天音に伝えるのは憚れる、自分の感情は友情なのか愛情なのか、結論を出したくない気持ちが先行した。
悠希の戸惑いを天音は微笑み肯定する。そして悠希の腕に手をかけ背伸びをし、悠希の頬、しかも唇の近くにキスをした。
「な……っ、天音ちゃん!」
慌てて背を伸ばすようにして体を離す、天音は素直に離れ、とびきり嬉しそうな笑みを浮かべる。
「やったっ」
「やったじゃないわよっ」
周囲の視線が悠希には痛いが、天音には関係なくさらにその体に抱き着いた。
「大好きなんだもーんっ」
悠希の胸に頬をこすりつけてから離れる、悠希はその場から動けなかった。笑顔を残して翻すと半ば小走りに改札へ向かう天音を見送る、小さな背中で髪が軽やかに踊る様に見入っていた。
「……ほんとに……っ」
どこまで本気なのかと不安になる、本気ならばやはり周囲への影響は小さくない、天音に妙な噂やイメージが付いてほしくはない、だが──女性の心を持ちながら、天音が気になるのも否定できない、これはどういうことなのか──首を左右に振り全ての思考を捨て、皆が行くと言って店へ向かった。
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