その罪の、名前 Ⅱ

萩香

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PAST/いくつかの嘘

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 バイトから戻って十五分も経たないうちに、遼は再び慌ただしく出かけて行った。高校時代の友達から電話が来て、急に一緒に夕食を食べることになったのだと言う。

 せっかく遼の分も作ったのに、と知香は残念そうな顔をしたが、

「翔太と、久しぶりに会うんだよ。……それに、姉さんたちの邪魔もしたくないし」

 屈託のない笑顔でそう言われてしまうと、それ以上は無理に引き留めるわけにもいかなかった。

「いい弟さんだね」

 恭臣がそう言うと、料理をテーブルに並べながら、知香は頷いた。

「本当にね。……優しい子よ。それが、心配な時もあるんだけど」

「そう? でも、女の子には人気ありそうだな。……彼女、いるんだろう」

「どうかなあ。……遼はそういう話、全然しないから。バレンタインのチョコレートくらいは受け取ってくるけど……」

 肩をすくめてそう苦笑した知香は、やがて、ふと思い出したように言った。

「……そういえば、ずいぶん前に一度だけ、好きな人の話してたなあ。……中学か……高校の頃? 遼ったら、学校の先生か誰かに憧れてたみたいで」

「へえ、先生に?」

「あまり詳しくは、教えてくれなかったのよ。……でも、あのときだけかなあ、遼がそういう話したの」

 くすくすと笑いながら、知香は恭臣の取り皿に料理を盛り付ける。

「きっと、すごく好きだったんじゃないかな。そういう顔、してた」

 いつかの夜のことを懐かしく思い出しながら、知香は微笑んだ。

  …あの人は、俺のことなんて何とも思ってない。

 遼はそんなふうに言って、苦しげに顔を俯かせていた。

 あのとき、知香の胸の中に沸き起こった感情は複雑だった。子供だとばかり思っていた遼が、いつの間にか恋をして、こんな表情を見せるようになったのだ。……寂しいような、嬉しいような、せつないような気持ちで、急に大人の顔をし始めた弟を見つめていた。

 その恋が、うまくいくといい。あの時、知香はそう願わずにはいられなかった。

 私だけは、味方になってあげるから。言葉にはできなかったけれど、そんなふうに思った。……心から、思った。

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