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PAST/いくつかの嘘
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しおりを挟む大学三年の春は、のんびりと過ぎていった。去年までに取れる単位は取り尽したため、必修授業と、あとはいくつか興味のある講義を受講している程度なのだ。
大学へ通うのは、週に四日。その他の曜日には大体、一年次の後半から始めた喫茶店のバイトが入っている。
「三崎君、夏休みのゼミ合宿、参加できる?」
学部棟のロビーの休講掲示板の前で、同じ専攻の岩木早智子にそんな声をかけられ、遼は頷いた。
「出るよ。お盆の前あたりだよね」
遼がそう確認すると、早智子は嬉しそうに頷いた。
「そうそう。やっぱり、大学のセミナーハウス使うんだって。きれいな旅館がいいって、私たち教授に言ったんだけど」
「俺、セミナーハウスって行ったことない」
「私も、サークルで一回だけ。……いかにも、お勉強しましょうってカンジなんだ。汚くはないけどね」
へえ、と頷きながら、遼は明るい微笑みをこぼす。高校三年間は男子校だったせいで、女の子とのこういう何でもない会話は純粋に楽しかった。可愛いな、と思う。
「これから、講義あるの?」
掲示板の前を離れて歩きだしながら、早智子が聞いてくる。一緒に歩きながら、遼は手にしていたレジュメを示して見せた。
「ひとつだけ。聴講だけどね」
「……イギリス文化史だっけ。私も最初のころ出てたんだけど、あの先生、早口で聞き取れなくて……二回目で脱落」
遼は笑って肩をすくめた。
「俺も、本当にただ聴いてるだけだよ。ネイティブの英語、あれだけ聞いてればヒアリングにはなるから」
「そうだよね。やっぱり、日本人の講師とは発音からして違うものね」
他愛ない会話を交わしながら、階段の前でじゃあ、と言って別れる。いつも通りの、当たり障りのない、平凡な毎日。
これが、当たり前の時の流れなのだ。遼はそう思った。
焼け付くような思いも、息苦しい迷いもない。ただ平穏に、静かに過ぎていく毎日。
何も不満はない。身を焦がすようなあの渦に、もう一度身を投じたいとは思わない。
……すべてはもう、過去のことなのだ。たとえあれが自分にとって、唯一本当の恋だったのだとしても。
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