かくまい重蔵 《第1巻》

麦畑 錬

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(31)討ち手と仇

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 重蔵は浪人が束になってかかっても、余裕をもって勝利したほどの使い手だ。

 そんな重蔵を負傷させた男が出てくるなど、お鈴は聞いていない。

「それでは、なぜ勝之進が重蔵さまの屋敷に逃げ込んだ時、その頭次どのを連れていらっしゃらなかったのですか」

「こやつは隠しておくつもりだったが、相手が囲重蔵とあって気が変わった。こやつほどの手練れはおらぬ。なにより、こやつ、あの重蔵めに……」

 泰山が言いかけた瞬間、頭次が音もなく、抜いた刀を地面に突き立てた。

「なにを笑っていやがる」

 煮え滾るような唸り声で、頭次がすごむ。
 
 毀れて見る影もない刀には、纏わりついた血脂の筋が凝り固まっている。

(まさか、あの血は重蔵さまの……)

 臓物がひどく締め上げられた。

「話が長くなったな。また勝之進に逃げられぬよう、早く終わらせてしまおうではないか」

 泰山はたちまち真剣な面差しになって、手前の帳幕を開けた。

 中には南側に畳が敷かれ、泰山の見物席として用意されている。

 お鈴も続いて踏み入ると、向かいの帳幕から勝之進が入ってきたのが見えた。

「叔父上。試合の前にひとつだけ、お聞きしたいことがございます

 袴の帯に刀を差しながら、お鈴は背後の泰山へと問うた。

「なにかな」

「私たちのために仇討の協力を買って出てくださり、ありがとうございます。けれど、少し気になることがございまして」

「お鈴の頼みじゃ、何でも聞いてやろう」

「なぜ、縁の遠い私たちに、そこまで協力してくださったのでしょうか。私たちより縁の近い親類もいたというのに」

 すると、泰山が一拍の間を開けて、

「そなたの父とは気の合うところもあってな。そなたらは知らんだろうが、古くからの馴染みだ」

「馴染み、と申しますと」

「それはもう……屋敷で酒を酌み交わしたり、岡場所へ駆り出したりな。若い時分は夜ごと遊び回っていたものよ」

 泰山があまりにも自然に、それでいて饒舌に語るものだから、お鈴はつい鵜呑みにするところだった。

 しかし、お鈴には泰山の嘘が分かる。

『兵衛は根っからの真面目でよ、俺が誘わなきゃ色町にも酒屋にも来やしねえ。まっすぐで良い父親を持ったな』

 父と交流のあった左近は、お鈴の家へ寄るたびにこう話していた。

 左近は家にいないときの父を、誰よりも知っている上官だ。

 もちろん、家族であるお鈴の記憶にすら、父が酒や女に溺れる姿はない。

「両者、前へ」

 討手と仇の間に立つ浪人が、お鈴と勝之進を招く。

 双方が向き合うと、身を引いた。

 互いに一礼を交わすと、お鈴の肌に浮いていた汗が鼻先へ伝った。

(やはり、叔父上。あなたが父を手にかけたのですね)

 汗とともに、涙も伝った。

 無実の人間に斬り合いをさせ、泰山本人は安全な畳の上で見物をしている。

 しかも、泰山の傍には、手練れの頭次がぴたりと張りついていた。

(卑怯者)

 今すぐ泰山へ斬りかかりたいのを、お鈴は堪える。

 静々と抜いた刀を正臓に構えた。


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