かくまい重蔵 《第1巻》

麦畑 錬

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(24)かくまい人の葛藤

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 ◇

「叔父上は当日、私と貴方の双方へ助太刀をつけると言っていました。ですから、私たちの睨み合いが長引けば、私の助太刀がすぐ、あなたに斬りかかるやもしれません」

「それを、お鈴どのと私で斬りつけると」

「そのときは、容放無用と考えております。私が引きつけますから、勝之進どのはどうかお逃げください」

 お鈴日く、当日の仇討試合には双方につく助太刀が二名、試合の場を見守る浪人が五人はいるという。

「助太刀は、私が負けそうになった場合、勝之進どのを斬るために用意された人員です」

「なにがなんでも、私を殺すつもりなのですね」

「そうはさせません。けれど、本当に危なくなった時には、どうか刀を抜いてください」

 討つ者と討たれる者が手を組んで、互いに策を練っている。この奇妙な絵面の外では、会話に入れない重蔵が長らく沈黙していた。

(死ぬ気か、勝之進どの)

 重蔵が膝の上で拳を握ると、袴に深い皺が波打った。

(私が戦う、と、言え……)

 重蔵は何度も己に命じたが、堅牢に閉ざした口を開けることはなかった。

 外で戦うのが怖い。

 たったそれだけのために、重蔵は救いの手を差しのべられずにいた。

 重蔵が迷うあいだに、二人の話は幕を閉じた。

「私はたとえ首だけとなっても、叔父上だけは討ち取ります。勝之進どのは、とにかく人の多い所へお逃げください。それから、すぐに近くの自身番へ」

「それでよいのか、お鈴どの」 

「私の叔父が、あなたの大切なお方を人質に取るというのです。勝之進どのに、最後まで戦う義務はありません」

 優しい声で告げたお鈴は、一礼ののちに腹を上げた。

「重蔵さま」

 立ちざま、お鈴が重蔵へと歩み寄る。

 その手を懐へと挟み込むと、胸にしまっていた手紙を取り出した。

「その手紙は……」

「私が世話になった《お花》というお方が、大切になさっていたものです。手紙に重蔵さまの名がございましたので、きっと、貴方に宛てたもので間違いないと思いました」

 お鈴はそっと、重蔵へ手紙を譲った。

「彼女は、お花はどこにおられる」

 転げんばかりの早口で問うた。

 お鈴は答えようとして薄口を開けていたが、言葉を紡ことはなく、顔を曇らせるばかりだった。

 その面差しに、重蔵は確信めいた嫌な胸騒ぎがした。 

「あの人は、五年前に阿母寺で」

 すべて言うまでもない。

 重蔵は脚が崩れそうになるのを、すんでのところで踏ん張り、

「いいや、もう言わぬでくれ」

 その口元に手をかざして制した。

 お花がこの世にいないは、想像できぬでもなかった。

 たとえ生きていたとしても、五年前、お花が失踪した瞬間から、自分のもとには二度と帰ってこないと予感していた。

「……麻疹はしかか?」

 訊くと、お鈴が頭をひとつ振って肯定した。

 泰山が隠蔽している偽薬の事件もまた、五年前の麻疹流行が発端である。

 お花が姿をくらました時期とちょうど重なっている。重蔵は眉間をつまみ、堅く目を伏せた。

 麻疹は貧富や性別に関係なく、運のない者から命を奪う。

 体の内側からむせ返るような熱が出て、日ごとに弱り果てて死んでゆく。

 大金をはたいて治療を施しても、その半数以上が養生の甲斐なく命を落とした。

 お花もそうやって死んでいったのだ。

 考えたくもない想い女の死にざまが、あまりにも鮮明な光景で、心に焼きついてくる。

 重蔵は喉の奥がしく痛んで、唾さえ呑み込めないでいた。

 口にたまった唾を腹へおさめ、重蔵はようやく、

「すまない。辛いことを聞いてしまったな」

 手紙を受け取りながら慇懃に頭を下げた。

 ――彼女が死に際、自分のことを何か喋りはしなかったか。

 お花に逃げられた重蔵には、それを聞くだけの度胸がなかった。

 自分から捨てた男のことなど、良く言うはずがない。

 ◇
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