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(24)かくまい人の葛藤
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「叔父上は当日、私と貴方の双方へ助太刀をつけると言っていました。ですから、私たちの睨み合いが長引けば、私の助太刀がすぐ、あなたに斬りかかるやもしれません」
「それを、お鈴どのと私で斬りつけると」
「そのときは、容放無用と考えております。私が引きつけますから、勝之進どのはどうかお逃げください」
お鈴日く、当日の仇討試合には双方につく助太刀が二名、試合の場を見守る浪人が五人はいるという。
「助太刀は、私が負けそうになった場合、勝之進どのを斬るために用意された人員です」
「なにがなんでも、私を殺すつもりなのですね」
「そうはさせません。けれど、本当に危なくなった時には、どうか刀を抜いてください」
討つ者と討たれる者が手を組んで、互いに策を練っている。この奇妙な絵面の外では、会話に入れない重蔵が長らく沈黙していた。
(死ぬ気か、勝之進どの)
重蔵が膝の上で拳を握ると、袴に深い皺が波打った。
(私が戦う、と、言え……)
重蔵は何度も己に命じたが、堅牢に閉ざした口を開けることはなかった。
外で戦うのが怖い。
たったそれだけのために、重蔵は救いの手を差しのべられずにいた。
重蔵が迷うあいだに、二人の話は幕を閉じた。
「私はたとえ首だけとなっても、叔父上だけは討ち取ります。勝之進どのは、とにかく人の多い所へお逃げください。それから、すぐに近くの自身番へ」
「それでよいのか、お鈴どの」
「私の叔父が、あなたの大切なお方を人質に取るというのです。勝之進どのに、最後まで戦う義務はありません」
優しい声で告げたお鈴は、一礼ののちに腹を上げた。
「重蔵さま」
立ちざま、お鈴が重蔵へと歩み寄る。
その手を懐へと挟み込むと、胸にしまっていた手紙を取り出した。
「その手紙は……」
「私が世話になった《お花》というお方が、大切になさっていたものです。手紙に重蔵さまの名がございましたので、きっと、貴方に宛てたもので間違いないと思いました」
お鈴はそっと、重蔵へ手紙を譲った。
「彼女は、お花はどこにおられる」
転げんばかりの早口で問うた。
お鈴は答えようとして薄口を開けていたが、言葉を紡ことはなく、顔を曇らせるばかりだった。
その面差しに、重蔵は確信めいた嫌な胸騒ぎがした。
「あの人は、五年前に阿母寺で」
すべて言うまでもない。
重蔵は脚が崩れそうになるのを、すんでのところで踏ん張り、
「いいや、もう言わぬでくれ」
その口元に手をかざして制した。
お花がこの世にいないは、想像できぬでもなかった。
たとえ生きていたとしても、五年前、お花が失踪した瞬間から、自分のもとには二度と帰ってこないと予感していた。
「……麻疹か?」
訊くと、お鈴が頭をひとつ振って肯定した。
泰山が隠蔽している偽薬の事件もまた、五年前の麻疹流行が発端である。
お花が姿をくらました時期とちょうど重なっている。重蔵は眉間をつまみ、堅く目を伏せた。
麻疹は貧富や性別に関係なく、運のない者から命を奪う。
体の内側からむせ返るような熱が出て、日ごとに弱り果てて死んでゆく。
大金をはたいて治療を施しても、その半数以上が養生の甲斐なく命を落とした。
お花もそうやって死んでいったのだ。
考えたくもない想い女の死にざまが、あまりにも鮮明な光景で、心に焼きついてくる。
重蔵は喉の奥がしく痛んで、唾さえ呑み込めないでいた。
口にたまった唾を腹へおさめ、重蔵はようやく、
「すまない。辛いことを聞いてしまったな」
手紙を受け取りながら慇懃に頭を下げた。
――彼女が死に際、自分のことを何か喋りはしなかったか。
お花に逃げられた重蔵には、それを聞くだけの度胸がなかった。
自分から捨てた男のことなど、良く言うはずがない。
◇
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