かくまい重蔵 《第1巻》

麦畑 錬

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(21)熊沢 左近 ④

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「お侍さんよ」

 江戸橋の中心で足を引きずり歩いていたところへ、男の声が左近を呼び止めた。

 すぐ後ろで揺れる柳の枝影から、すこぶる身なりの汚い男が音もなく現れた。

 髷から垂れさがる髪筋の先では、歪に皺を作った口が歯ぎしりを立てている。

「だれだ、おめぇ」

 左近の問いに返事さえしないまま、男はおもむろに抜刀した。

「おい、なにを……」

 口を開いたとき、すでに男の刀が地を滑っていた。

 地面に触れる間一髪のところで、刃先が弧を描いて滑空する。

 振り上げられた刃が、左近の鼻を傷つけた。

「いたっ」

 たまらず顔をそむけた刹那、背中めがけて矢継ぎ早に刃が走った。

 男の艦刀は左近の背中を袈裟斬りにすると、羽織と着流しもろとも肉を食いちぎる。

 鋭利な刃物で切ったのとは、比べ物にならぬ激痛が全身にほとばしった。

 左近は応戦も叶わぬまま、ふらついた勢いで川に突っ込んだ。

「兄貴の受けた痛みだ。たんと味わって死にやがれ」

 流れに飲まれる寸前、男が反吐を吐くのが見えた。

 ◇

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