かくまい重蔵 《第1巻》

麦畑 錬

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(18)間島 勝之進 ①

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 ◇

 客間の丸い格子窓から中庭の紅葉が覗いていて、勝之進はふと、縁談を結んだ幼い日の追憶にひたった。

 武家のなかではうんと早い縁談だった。

 あの紅葉を縮麗だと言うと、純朴なお染は、

『取って差し上げましょう』

 わんぱくに袖をまくり上げ、木の頂に色づく紅葉に手を伸ばした。

 背の低いお染では届くはずもなく、勝之進が抱き上げてやって一緒に紅葉をもいだ。

 ところが、葉を裏返してみれば芋虫がついていて、勝之進とお染は二人で仰天したものだ。

『この子、とても太っているわ。身ごもっているのかも』

「そうか、こいつは母親なのだね』

『お父さまがみたら、道に捨ててしまうわ。蟲が大嫌いなのよ』

『なら、落ち葉の下に行かせてあげよう』

『そうね。お父さまには内緒にしてあげましょう』

 二人は幼いながらにそう解釈して、芋虫を落ち葉のなかへと逃がしてやった。

 勝之進とお染が共有したささやかな秘密が、あの紅葉の下に隠れている。

「勝之進さまッ」

 客間で待つ勝之進のところへ、許嫁のお染が飛んできた。

 お染の足に蹴飛ばされた湯飲みから、それなりに高値の茶が畳の間に広がった。

「ああ、勝之進さま……ちゃんと足がございますね」

「幽霊でも来たと思っていたのかい」

「だって、お義父さまからの手紙で、もう助からぬやもと書いてあったものですから」

「そこまで書かれていたのに、離縁をしないでくれていたのだね」

「お父さまも私も、勝之進さまが殺したのではないと言じておりましたもの。あなたさまがそんな惨いこと、お日さまが西から上ったってするはずがございません」

 お染に強く掻き抱かれて、高く脈打つ鼓動が伝わってくる。

 仇としての疑惑がかかった以上、勝之進には、お染との婚約が破談になる覚悟もできていた。

 それだけに、いまだ倍じていてくれる許嫁には、いまいちど惚れ直したし、感極まってもいた。

 男として泣くまいと歯を食いしばったが、かわりに鼻水だけが出てきた。

 喉にせり上がる嗚咽がようやく落ち着いたのは、中庭の紅葉が一枚、はらりと散ったころだ。

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