かくまい重蔵 《第1巻》

麦畑 錬

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(17)かくまい人の自責 ①

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 熱海家を後にした二人は八丁堀を離れ、新場橋を通じて日本橋の土を踏んだ。

「なにを考えている。貴殿が父の仇と分かったら、いまに斬られていたやもしれぬぞ」

 新場橋しんばばしの目と鼻の先に立ち並ぶ、新右衛門町しんえもんちょうの一角まできたところで、重蔵はやや厳しい剣幕で、勝之進をたしなめた。

 本当なら、いつ斬りかかられても勝之進を守れるように、重蔵が前方へ出て話す予定だった。

 今日のところは仇の顔を知らぬ弟が出てきたから良かったものの、自ら名乗ろうとするのは軽率すぎた。

「すみませぬ……あのように泣かれては、私の胸までどうにかなってしまいそうで、とても見てはおれませんでした」

 体をしぼませて詫びる勝之進に、重蔵ははっと我に返った。

 眩暈に揺れる視界で勝之進を見ると、お花と見分けがつかなくなる。

『あたしにそんな口をきくのね』

 お花の失望したふうな幻聴まで聞こえてきた。

「……っ、いや、その、これは」
 
 重蔵はたまらず肩をすくませ、許しを乞うように上目遣いになる。

 しかし、ひとたび瞼を瞬かせると、申し訳なさそうな勝之進が眼前にいた。

「.....怒りすぎたな。許してくれ」

 重蔵はそれだけ告げると、

「少し時間ができてしまったな。どこかで時間を潰したほうがよかろう」

 と、繁盛する新右衛門町の表店へ首を傾けた。

「帰らなくてよいのですか。外で長く過ごすのは、重蔵どのにとっては苦になることでは」

「貴殿が私の家へやってきたとき、三日後には引き渡すと約束した。明後日までには、貴殿が仇でない証拠を見つけなくてはならぬ。夕刻には戻ると言っていたから、その時刻にまた八丁堀へ行ってみようと思うのだが、どうする」

 重蔵は口先でこそ平静を装ったが、内心では焦っている。

 このまま仇の疑いが晴れなければ、勝之進は間違いなく殺されてしまう。

 最悪の場合、下手人を見つけられないことを見越して、お鈴に標的を変えてもらう必要がある。

 重蔵は多少の我慢をしてでも、早くお鈴と話をつけたかった。

「どこか、行ってみたい場所はあるかな。町を見て回っていれば、おのずと時間も潰れよう」

「行ってみたいところか。重蔵どのは?」 

「私は、ない。勝之進どのが決めてくれ」

「そう、ですか。両親にはすべて話して、私から家を出たので心配はないでしょう。けれど、許嫁のお染が気がかりです」

「許嫁がいたのか」

「ええ。気立てもよいのに無邪気なところもあって、私にはもったいないくらいのです。この平織の袂も、破けたのを彼女が縫ってくれました」

 勝之進は愛おしげに、平織の袂を手に包んでいた。

「ならば、その許嫁どののところへでも参ろうか?」

「はい」

 こうして、ふたりはお染の生家がある神田・鍛冶町へと立ち寄った。

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