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(15)討ち手・お鈴 ②
しおりを挟むその女の名を、お花といった。
『あなた、お父様に言われて来ているの?それとも自分でここに?』
いつぞや、お花からそう声をかけられたことが、お鈴との縁の始まりである。
『私の意思で』
と、お鈴が答えると、
『そう、優しくていい子ね』
病人たちが集められた講堂の格子から、お花が悠々と褒めた。
『いい人って溜め込むのよね。あたしの可愛い人もそう。そんなに抱え込めないのに、頑張ってる自分が大好きで、つい飲み込んでしまうのよ』
『何が言いたいのですか』
『我慢ならないことがあったら、いつでも言いにおいでなさいね。どんな秘密を聞いたって、あたしは近いうちに口も聞けなくなるのだもの』
死ぬのを分かっていながら、お花の笑う声には余裕がある。その声が持つ不思議な心強さに引き寄せられ、お鈴はつい、お花の所へ通ってしまった。
武家には武家の習わしがあり、町民ほど気楽には生きられない。お鈴もまた、武家の名に恥じぬ娘になるために、たくさんのことを我慢してきている。
お鈴が胸の内に溜めたを明かすと、お花はそれを肯定しつつ、お鈴の欲しい言葉をくれた。そして、去り際には決まって、
『なにがあっても大丈夫よ。あたしが必ず味方するわ』
お鈴の不安へ寄り添うように声をかけてきた。
見返りも求められない優しさに、お鈴はその時初めて、家族以外からの無償の愛を感じたものだ。
(どうして、いい人ほど早く亡くなるのかしら。こんな時に花ちゃんがいたら)
お鈴は双眸を伏せた。
仇として勝之進を討つべきか、本当の仇を探すべきか、お鈴は迷っている。
一刻も早く家の再興を求めるのなら、勝之進を仇として討ち取ればよい。だが、父のために仇を討つのであれば、何年かけてでも仇を見つけたかった。
「なにやら、惑うておられますな」
沢庵の足が柄ちた床を軋ませて、一歩、お鈴のそばへ寄った。
「やはり、顔に出ているでしょうか」
「とても苦しげに見て取れます。罪のない者を斬り捨てるなど、お鈴さまにできるはずもございません」
「勝之進に会ったのですか」
「ええ、つい昨日、こちらへ参られましたとも。あれは似ておられますな、お花さまに」
こう言われて、お鈴は沈みかかっていた視線を、さっと沢庵へ戻した。
「彼女を知っていたので?」
「儂はこの寺へ駆け込んできたお方の名前なら、すべて覚えております」
「そうでしたか。……おっしゃる通り、迷っております。答えが見つけられないから苦しいのです」
お鈴はお花へ話すように、沢庵へすべてを吐露した。
「勝之進を斬らねば、弟や母が一生、町人として暮らすことになってしまいます。けれど、今になって思えば、あの男が人の命を手にかけるとは思いません。いいえ。思いたく、ありません」
お鈴は声を震わせた。
家族のためにも非情になろうと誓った。だが、勝之進にお花の面影を重ねるほど、仇討の覚悟は鈍っていった。
「でも、たいていの討手は、死ぬまで仇が見つからないことがほとんどだと聞きます。運よく本懐を遂げた討手はみな、気の遠くなるような年月をかけて、仇を見つけるのだ
と……」
「はい」
「けれど、そんなに長い時間を、私たち家族は待っていられません。勝之進を仇として討ち取らねば、家族は二度と武家に戻れないかもしれないのです」
お鈴の話に賛同するでも、批判するでもなく、沢庵はただうなずいていた。
やがて、すべてを聞き届けると、
「よくぞ、この沢庵に打ち明けてくださりました」
と、優しい声色で告げた。
「思うままになさいませ。計手であるお鈴さまの判断なれば、誰も責めますまい。母君も、弟君も」
おそらく、沢庵はお鈴の欲する言葉を汲んだうえで、助言してくれているのだろう。
「ありがとうございます」
細やかな気配りに感謝して、お鈴は礼を述べた。
「あの、沢庵さま。この鍔と手紙、私が貰い受けてもよろしいですか?」
「構いませぬ。その手紙は、お鈴さまに宛てられたものですかな」
「いいえ、きっと別のお方に宛てたものでしょう」
お花はたびたび、情人らしき相手のことを会話に含ませる。その情人にむけて、病にかかる以前に書いたという手紙を、大切に保管していた。
『その手紙は、送らないのですか』
お鈴が尋ねると、お花は情人から受け取ったらしい手紙の数々を眺めながら、
『送るけど、今じゃないわね。もっと熟させたいの』
『熟、というのは』
『口紅が欲しくて欲しくてたまらなくて、ようやく買えると思ったら、もう売り切れちゃってて悲しい。あれほど欲したのに、もう二度と手に入らない……。そういうの、可哀想で好きなのよ』
暗号めいた言葉を残した。
結局、手紙を送り出すことはなく、お花はその翌日に息を引き取ったのだ。
「.....最後に、そのお方へ手紙とをお届けしたいのです。ここで渡さなければ、もう誰の手にも取られないでしょうから」
お鈴は五年間預かっていた手紙を、とうとう開封した。
◇
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