かくまい重蔵 《第1巻》

麦畑 錬

文字の大きさ
上 下
4 / 53

⑷かくまい人の剣

しおりを挟む

「間島勝之進!」   

 迫りくるお鈴の声に、勝之進は我に返って肩をすくませる。  

「こちらへ」  

 男は怒号の飛んできたほうを睨むと、勝之進の腕を引いて背に庇った。 

 お鈴と助太刀たちは、立ちはだかる男を前にして鯉口を切った。

「何者じゃ」  

 お鈴の後ろから威圧する叔父に対し、  

「――かこい重蔵じゅうぞう守吉もりよしと申す」  

 男、もとい重蔵が静々と名乗った。  

 勝之進が視線を落としてみると、重蔵の左手はすでにつばへと添えられていた。  

「あなたが庇う間島勝之進は、私の父を殺し仇となった男。私はその男を討ち取らねばなりませぬ。さあ、すみやかにその男をこちらへお引き渡しくださいませ」   

 自分よりひとまわり上背のある重蔵へ、お鈴は気丈に言い放つ。   

 ところが、敵の鞘から刀身が見え隠れしていても、重蔵は眉ひとつ動かしていない。  

「この御仁が、人殺しとな」   

 男は勝之進の頭から爪先まで眺めると、いかめしく眉根を寄せた。   

 怪しまれている――そう予感した勝之進は、重蔵の袖にすがった。  

「お助けください、誤解です。私は誰も殺してなどおりませぬ」  

「おのれ!この期に及んで白を切るとは、それでも武士かッ」   

 叔父に吠えられて、勝之進はびくりと重蔵の背にしがみついた。   

 子犬のように震える手を、重蔵は無言のまま白い手で包む。武骨な形の手からは想像もできない、柔らかな所作だった。  

 勝之進が顔をあげると、重蔵はお鈴の手勢をまっすぐに見つめ返していた。 

「助太刀どの、名は」  

「この鈴の叔父、土橋どばし泰山たいざん成利なりとしである」  

「では泰山どの。仇討ちとは討手と仇が決闘し、討手が勝利してこそ本懐を遂げられるもの。闘志のない者を一方的に討ち取るだけでなく、ひとりに対して複数人で追い詰めるのは、それこそ武士として如何なものであろうか」  

「仇に戦う気がないとしても、その首を討ち取るのは討手として正当なことじゃ」  

「なるほど」   

 重蔵は叔父の助太刀・泰山の言葉に頷くと、一拍の沈黙をおいて、  

「それでは、私が勝之進どのの助太刀となろう」   

 と、人差し指を立てた。  

「待て、囲重蔵。話を聞いていたのか?この討手のお鈴は父と家のため、女だてらに剣を取り、気弱な弟に代わって仇討を決心したのじゃ。父の名誉を回復するために命を賭す……おぬしも武士ならば、この生きざまこそ武家の鑑とは思わぬか」  

「む……」  

「それに引き換え、そこの勝之進はどうじゃ。男でありながら親と家を捨てて逃げ回り、勝負という時もろくに剣を抜けぬ。そんな武家の風上にも置けぬ男に、おぬしは味方するのか。おぬしの親が聞いたら、さぞや泣くであろうよ」  

「……それを言うな」   

 泰山にまくしたてられて、重蔵はついに唸った。  

「勝之進どのにかわって、私が貴殿らの相手を致そう。貴殿らは何人でかかってきても構わぬ。ただし、私が勝ったときには、仇討を中断してもらうぞ」   

 押しを強く利かせて、命令めいた提案をする。口先で敵わぬと分かって、早くも説得を諦めたらしい。  

「ふむ」   

 泰山の視線が、重蔵の顔を上下に舐める。やがて、皮余りの口元が卑屈に吊り上がった。  

「引きこもりの用心棒……どこから聞いた噂だか、本所にはずいぶんと腕の立つ用心棒がおるそうだ。だが、家に籠ったきり出てこないと聞く。なるほど、おぬしのことであったか」  

「待たれよ。用心棒などという呼び方は聞き捨てならぬ。私はかくまい稼業であり、そのあたりの浪人風情と一緒には」  

 やたらと、こだわった反論をする重蔵をよそに、泰山は右から左へ聞き流しながら周囲の助太刀に目配せをした。

「お鈴、ここはそなたが出るまでもなかろう。助太刀とは、仇に助太刀がいればそちらと戦うのが仇討の習い。ここは我らに任せよ」  

「しかし、叔父上……」  

「なに、部屋のなかで長い刀は不利よ。こちらには短い得物もある」    

 泰山はお鈴とともに後方へ下がり、ほかの助太刀を盾にした。  

「相手をせよ」  

 泰山に命ぜられると、助太刀どもは腰に帯びていた刀を捨てて、各々が匕首や脇差を握った。   

 外と比べて室内では刃を振りかぶる空間が制限され、刀や太刀では動きにくい。

 しかも、柱や壁が障害物となるため、短い得物のほうが機動性で勝るのだ。  

「私の後ろにおられよ。決して前に出てはならぬ」   

 重蔵は臆したふうもなく、勝之進に指示する。 

 勝之進は言われた通りに、こわごわと後退して重蔵から距離を取った。  

「いざ、参るッ」   

 先頭にいた髭面の助太刀が咆哮する。髭面が脇差を突き出した瞬間、その腕めがけて白銀の一閃が走り抜けた。  

 音もなく抜き放たれた重蔵の刀が、電光石火のごとく髭面の腕へと叩きつけられる。  

「ぎゃ!」   

 刀のむねで腕を叩かれると、髭面は激痛に耐えかねて崩れ落ちた。   

 のたうち回る髭面に、勝之進は我が目を疑った。  

 重蔵と髭面を隔てる襖は、二枚立て――すなわち、襖一枚分しか開けられない構造となっている。  

 襖一枚分の横幅は、わずか半間(約九十一センチメートル)のみ。およそ斬り合うには狭い空間を、重蔵の刀はやすやすと潜り抜けたのである。  

「よ」   

 重蔵は髭面を跳び越えて廊下へと躍り出た。  

「やろッ」   

 匕首あいくちを手に突進するざんばら頭の助太刀めがけて、重蔵の剣が走る。白刃が壁際を滑らかにすべりながら、勢いよく匕首を弾き飛ばした。   

 丸腰となったざんばら頭を押しのけ、奥にいた巨漢も襲いかかる。  

 巨漢の盛り上がった肩めがけて、重蔵が返す刀で峰打ちをいれた。 

 峰打ちといえば聞こえはよいが、頑強な刀の棟に叩かれれば肉の壁が潰れ、骨にまで損傷が達する。強烈な一撃を受けて、筋骨隆々の巨漢もたまらず絶叫した。  

「すぐに帰って冷やせ。骨を砕くほどの力は入れておらぬ」

 重蔵が言った、


「く」   

 助太刀どもが敗れるのを見たお鈴は、自らも立ち向かうべく刀に手をかけた。  

 ところが、  

「そのような華奢な手で、物騒なものを振り回すのはよしなさい」   

 重蔵が先んじて柄を押さえ、刀身を鞘へと戻す。  

 眼前に近づいた美貌を前にして、復讐に燃えるお鈴がはじめて及び腰になった。  

「これは預からせてもらう」   

 お鈴に隙ができたのを見計らい、重蔵が刀を没収した。  

「仇の罪を着せられてはいるが、この男は無実を主張している。となれば、真の仇は別にいるやもしれぬ」  

「その勝之進が、嘘をついているかもしれないのですよ」  

 正気に戻ったお鈴が尖った声で責めた。  

「勝之進どのが本当に仇だと分れば、すぐお鈴どのへ引き渡そう。もちろん仇が別にいるなら、見つけ次第に知らせる。この条件で、いちど引き下がってはくれまいか」   

 説得する重蔵を、お鈴は唇を噛みながら睥睨へいげいする。しばらくは怒りに紅潮していたものの、深く呼吸を繰り返すうちに、ようやく冷静さを取り戻した。  

「分かりました。けれど、無限には待ちませぬ。三日以内に下手人が見つからなければ、勝之進どのをお引き渡しくださいませ」  

「お鈴ッ」   

 となりで抗議する泰山に、お鈴は首を横に振った。  

「約束をして負けた以上は仕方がありません。……なにより、このままでは私と叔父上の身も危のうございます。いったんこの場を退きましょう」   

 お鈴の一言を受けて、泰山がしぶしぶ口をつぐむ。

 手負いの助太刀どもを引き連れると、よろめく足取りで屋敷を去っていった。  

 ◇
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

忍者同心 服部文蔵

大澤伝兵衛
歴史・時代
 八代将軍徳川吉宗の時代、服部文蔵という武士がいた。  服部という名ではあるが有名な服部半蔵の血筋とは一切関係が無く、本人も忍者ではない。だが、とある事件での活躍で有名になり、江戸中から忍者と話題になり、評判を聞きつけた町奉行から同心として採用される事になる。  忍者同心の誕生である。  だが、忍者ではない文蔵が忍者と呼ばれる事を、伊賀、甲賀忍者の末裔たちが面白く思わず、事あるごとに文蔵に喧嘩を仕掛けて来る事に。  それに、江戸を騒がす数々の事件が起き、どうやら文蔵の過去と関りが……

毛利隆元 ~総領の甚六~

秋山風介
歴史・時代
えー、名将・毛利元就の目下の悩みは、イマイチしまりのない長男・隆元クンでございました──。 父や弟へのコンプレックスにまみれた男が、いかにして自分の才覚を知り、毛利家の命運をかけた『厳島の戦い』を主導するに至ったのかを描く意欲作。 史実を捨てたり拾ったりしながら、なるべくポップに書いておりますので、歴史苦手だなーって方も読んでいただけると嬉しいです。

大奥~牡丹の綻び~

翔子
歴史・時代
*この話は、もしも江戸幕府が永久に続き、幕末の流血の争いが起こらず、平和な時代が続いたら……と想定して書かれたフィクションとなっております。 大正時代・昭和時代を省き、元号が「平成」になる前に候補とされてた元号を使用しています。 映像化された数ある大奥関連作品を敬愛し、踏襲して書いております。 リアルな大奥を再現するため、性的描写を用いております。苦手な方はご注意ください。 時は17代将軍の治世。 公家・鷹司家の姫宮、藤子は大奥に入り御台所となった。 京の都から、慣れない江戸での生活は驚き続きだったが、夫となった徳川家正とは仲睦まじく、百鬼繚乱な大奥において幸せな生活を送る。 ところが、時が経つにつれ、藤子に様々な困難が襲い掛かる。 祖母の死 鷹司家の断絶 実父の突然の死 嫁姑争い 姉妹間の軋轢 壮絶で波乱な人生が藤子に待ち構えていたのであった。 2023.01.13 修正加筆のため一括非公開 2023.04.20 修正加筆 完成 2023.04.23 推敲完成 再公開 2023.08.09 「小説家になろう」にも投稿開始。

独裁者・武田信玄

いずもカリーシ
歴史・時代
歴史の本とは別の視点で武田信玄という人間を描きます! 平和な時代に、戦争の素人が娯楽[エンターテイメント]の一貫で歴史の本を書いたことで、歴史はただ暗記するだけの詰まらないものと化してしまいました。 『事実は小説よりも奇なり』 この言葉の通り、事実の方が好奇心をそそるものであるのに…… 歴史の本が単純で薄い内容であるせいで、フィクションの方が面白く、深い内容になっていることが残念でなりません。 過去の出来事ではありますが、独裁国家が民主国家を数で上回り、戦争が相次いで起こる『現代』だからこそ、この歴史物語はどこかに通じるものがあるかもしれません。 【第壱章 独裁者への階段】 国を一つにできない弱く愚かな支配者は、必ず滅ぶのが戦国乱世の習い 【第弐章 川中島合戦】 戦争の勝利に必要な条件は第一に補給、第二に地形 【第参章 戦いの黒幕】 人の持つ欲を煽って争いの種を撒き、愚かな者を操って戦争へと発展させる武器商人 【第肆章 織田信長の愛娘】 人間の生きる価値は、誰かの役に立つ生き方のみにこそある 【最終章 西上作戦】 人々を一つにするには、敵が絶対に必要である この小説は『大罪人の娘』を補完するものでもあります。 (前編が執筆終了していますが、後編の執筆に向けて修正中です)

朝敵、まかり通る

伊賀谷
歴史・時代
これが令和の忍法帖! 時は幕末。 薩摩藩が江戸に総攻撃をするべく進軍を開始した。 江戸が焦土と化すまであと十日。 江戸を救うために、徳川慶喜の名代として山岡鉄太郎が駿府へと向かう。 守るは、清水次郎長の子分たち。 迎え撃つは、薩摩藩が放った鬼の裔と呼ばれる八瀬鬼童衆。 ここに五対五の時代伝奇バトルが開幕する。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

天保戯作者備忘録 ~大江戸ラノベ作家夢野枕辺~

大澤伝兵衛
歴史・時代
 時は天保年間、老中水野忠邦による天保の改革の嵐が吹き荒れ、江戸の町人が大いに抑圧されていた頃の話である。  戯作者夢野枕辺は、部屋住みのごくつぶしの侍が大八車にはねられ、仏の導きで異世界に転生して活躍する筋書きの『異世界転生侍』で大人気を得ていた。しかし内容が不謹慎であると摘発をくらい、本は絶版、当人も処罰を受ける事になってしまう。  だが、その様な事でめげる夢野ではない。挿絵を提供してくれる幼馴染にして女絵師の綾女や、ひょんなことから知り合った遊び人の東金と協力して、水野忠邦の手先となって働く南町奉行鳥居甲斐守耀蔵や、その下でうまい汁を吸おうとする木端役人と対決していくのであった。

処理中です...