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⑷かくまい人の剣
しおりを挟む「間島勝之進!」
迫りくるお鈴の声に、勝之進は我に返って肩をすくませる。
「こちらへ」
男は怒号の飛んできたほうを睨むと、勝之進の腕を引いて背に庇った。
お鈴と助太刀たちは、立ちはだかる男を前にして鯉口を切った。
「何者じゃ」
お鈴の後ろから威圧する叔父に対し、
「――囲重蔵、守吉と申す」
男、もとい重蔵が静々と名乗った。
勝之進が視線を落としてみると、重蔵の左手はすでに鍔へと添えられていた。
「あなたが庇う間島勝之進は、私の父を殺し仇となった男。私はその男を討ち取らねばなりませぬ。さあ、すみやかにその男をこちらへお引き渡しくださいませ」
自分よりひとまわり上背のある重蔵へ、お鈴は気丈に言い放つ。
ところが、敵の鞘から刀身が見え隠れしていても、重蔵は眉ひとつ動かしていない。
「この御仁が、人殺しとな」
男は勝之進の頭から爪先まで眺めると、いかめしく眉根を寄せた。
怪しまれている――そう予感した勝之進は、重蔵の袖にすがった。
「お助けください、誤解です。私は誰も殺してなどおりませぬ」
「おのれ!この期に及んで白を切るとは、それでも武士かッ」
叔父に吠えられて、勝之進はびくりと重蔵の背にしがみついた。
子犬のように震える手を、重蔵は無言のまま白い手で包む。武骨な形の手からは想像もできない、柔らかな所作だった。
勝之進が顔をあげると、重蔵はお鈴の手勢をまっすぐに見つめ返していた。
「助太刀どの、名は」
「この鈴の叔父、土橋泰山成利である」
「では泰山どの。仇討ちとは討手と仇が決闘し、討手が勝利してこそ本懐を遂げられるもの。闘志のない者を一方的に討ち取るだけでなく、ひとりに対して複数人で追い詰めるのは、それこそ武士として如何なものであろうか」
「仇に戦う気がないとしても、その首を討ち取るのは討手として正当なことじゃ」
「なるほど」
重蔵は叔父の助太刀・泰山の言葉に頷くと、一拍の沈黙をおいて、
「それでは、私が勝之進どのの助太刀となろう」
と、人差し指を立てた。
「待て、囲重蔵。話を聞いていたのか?この討手のお鈴は父と家のため、女だてらに剣を取り、気弱な弟に代わって仇討を決心したのじゃ。父の名誉を回復するために命を賭す……おぬしも武士ならば、この生きざまこそ武家の鑑とは思わぬか」
「む……」
「それに引き換え、そこの勝之進はどうじゃ。男でありながら親と家を捨てて逃げ回り、勝負という時もろくに剣を抜けぬ。そんな武家の風上にも置けぬ男に、おぬしは味方するのか。おぬしの親が聞いたら、さぞや泣くであろうよ」
「……それを言うな」
泰山にまくしたてられて、重蔵はついに唸った。
「勝之進どのにかわって、私が貴殿らの相手を致そう。貴殿らは何人でかかってきても構わぬ。ただし、私が勝ったときには、仇討を中断してもらうぞ」
押しを強く利かせて、命令めいた提案をする。口先で敵わぬと分かって、早くも説得を諦めたらしい。
「ふむ」
泰山の視線が、重蔵の顔を上下に舐める。やがて、皮余りの口元が卑屈に吊り上がった。
「引きこもりの用心棒……どこから聞いた噂だか、本所にはずいぶんと腕の立つ用心棒がおるそうだ。だが、家に籠ったきり出てこないと聞く。なるほど、おぬしのことであったか」
「待たれよ。用心棒などという呼び方は聞き捨てならぬ。私はかくまい稼業であり、そのあたりの浪人風情と一緒には」
やたらと、こだわった反論をする重蔵をよそに、泰山は右から左へ聞き流しながら周囲の助太刀に目配せをした。
「お鈴、ここはそなたが出るまでもなかろう。助太刀とは、仇に助太刀がいればそちらと戦うのが仇討の習い。ここは我らに任せよ」
「しかし、叔父上……」
「なに、部屋のなかで長い刀は不利よ。こちらには短い得物もある」
泰山はお鈴とともに後方へ下がり、ほかの助太刀を盾にした。
「相手をせよ」
泰山に命ぜられると、助太刀どもは腰に帯びていた刀を捨てて、各々が匕首や脇差を握った。
外と比べて室内では刃を振りかぶる空間が制限され、刀や太刀では動きにくい。
しかも、柱や壁が障害物となるため、短い得物のほうが機動性で勝るのだ。
「私の後ろにおられよ。決して前に出てはならぬ」
重蔵は臆したふうもなく、勝之進に指示する。
勝之進は言われた通りに、こわごわと後退して重蔵から距離を取った。
「いざ、参るッ」
先頭にいた髭面の助太刀が咆哮する。髭面が脇差を突き出した瞬間、その腕めがけて白銀の一閃が走り抜けた。
音もなく抜き放たれた重蔵の刀が、電光石火のごとく髭面の腕へと叩きつけられる。
「ぎゃ!」
刀の棟で腕を叩かれると、髭面は激痛に耐えかねて崩れ落ちた。
のたうち回る髭面に、勝之進は我が目を疑った。
重蔵と髭面を隔てる襖は、二枚立て――すなわち、襖一枚分しか開けられない構造となっている。
襖一枚分の横幅は、わずか半間(約九十一センチメートル)のみ。およそ斬り合うには狭い空間を、重蔵の刀はやすやすと潜り抜けたのである。
「よ」
重蔵は髭面を跳び越えて廊下へと躍り出た。
「やろッ」
匕首を手に突進するざんばら頭の助太刀めがけて、重蔵の剣が走る。白刃が壁際を滑らかにすべりながら、勢いよく匕首を弾き飛ばした。
丸腰となったざんばら頭を押しのけ、奥にいた巨漢も襲いかかる。
巨漢の盛り上がった肩めがけて、重蔵が返す刀で峰打ちをいれた。
峰打ちといえば聞こえはよいが、頑強な刀の棟に叩かれれば肉の壁が潰れ、骨にまで損傷が達する。強烈な一撃を受けて、筋骨隆々の巨漢もたまらず絶叫した。
「すぐに帰って冷やせ。骨を砕くほどの力は入れておらぬ」
重蔵が言った、
「く」
助太刀どもが敗れるのを見たお鈴は、自らも立ち向かうべく刀に手をかけた。
ところが、
「そのような華奢な手で、物騒なものを振り回すのはよしなさい」
重蔵が先んじて柄を押さえ、刀身を鞘へと戻す。
眼前に近づいた美貌を前にして、復讐に燃えるお鈴がはじめて及び腰になった。
「これは預からせてもらう」
お鈴に隙ができたのを見計らい、重蔵が刀を没収した。
「仇の罪を着せられてはいるが、この男は無実を主張している。となれば、真の仇は別にいるやもしれぬ」
「その勝之進が、嘘をついているかもしれないのですよ」
正気に戻ったお鈴が尖った声で責めた。
「勝之進どのが本当に仇だと分れば、すぐお鈴どのへ引き渡そう。もちろん仇が別にいるなら、見つけ次第に知らせる。この条件で、いちど引き下がってはくれまいか」
説得する重蔵を、お鈴は唇を噛みながら睥睨する。しばらくは怒りに紅潮していたものの、深く呼吸を繰り返すうちに、ようやく冷静さを取り戻した。
「分かりました。けれど、無限には待ちませぬ。三日以内に下手人が見つからなければ、勝之進どのをお引き渡しくださいませ」
「お鈴ッ」
となりで抗議する泰山に、お鈴は首を横に振った。
「約束をして負けた以上は仕方がありません。……なにより、このままでは私と叔父上の身も危のうございます。いったんこの場を退きましょう」
お鈴の一言を受けて、泰山がしぶしぶ口をつぐむ。
手負いの助太刀どもを引き連れると、よろめく足取りで屋敷を去っていった。
◇
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