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29 マリー

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そして私はゆっくりと目を開けた。
表情を強く意識した。
そして熊の横にいる二人に微笑む。
吐き気を堪えながら。

黒いローブの男は魔法師団の者だろう。
恐らく熊に命令を飛ばす役だ。
熊に「暴れろ」と命じられては終わりだ。
その為の策はある。

もう一人の騎士の男は・・・私の副官だったジョンだ。
おいおい、目を見開いて驚くなんて失礼だな。
この役に選ばれたのは本当に私かどうかの確認の為だろう。
・・・やり易くなった。

「どうした?ジョン、私が分からないか?」

「ド、ドラグノフ団、長・・・ですよね?」

「そうだ、耳が生えているように見えるか?」

頭を軽く下げ戯けて見せた。
上げる時に少し髪を掻き上げながら。
当然お淑やかな笑みは欠かさない。

「っ!・・・い、いえ、そ、その服が・・・」

「失礼だな、私とて女だぞ?・・・ほら、確認が取れた合図は良いのか?後ろの二人なら大丈夫だ」

そう言うとコーザンは鉄球を前に投げ落とし、ワングと共に手を軽く上げた。
その様にジョンが横の男に頷きその男が報せの為の魔力を練った。

私は視線をジョンに向けてドレスの裾を持ち駆け寄る。
そうすると一歩前に出て剣に手を伸ばす。
・・・私がそう教育してきたからな。
だが悪いなジョン、駆け寄るのはお前にじゃないんだ。

目的は魔術師が他の魔力を練る隙に・・・
私は熊に駆け寄り首の毛に埋もれていた[隷属の首輪]を引き千切った。
幾度も触り撫でた首の毛の違和感は見れば分かる。

指先に電撃のような痛みを感じた。
普通は千切れないらしい。
私なら三本まとめても問題はない。
精神を揺さぶる危険な方法だが熊なら大丈夫だろう。
何せ熊だからな。

私のその動きに動揺する二人を威圧する。

「王国側の使者が動じてないのに帝国の使者たる者が何を慌てているっ!」

豹変する怒声に身を竦めさせた。
我ながら酷い無茶振りだが問題はない。
少なくともジョンにはそういう教育を施してきた。
そして淑女に戻り微笑んだ。

「悪いが少し離れて時間をくれ・・・王国側は了承してくれている」

手を挙げたままのワングとコーザンが頷いてみせる。
将軍からの勅命を受けているのは魔術師の方なのだろう。
素直に頷いた。
やはり人質交換を破られる事も視野に入れていたのが分かる。

後ろに下がりながら報せの為の魔力を練っている。
そうして欲しいのだろうが破るつもりはない。

ただ少し・・・踊るだけだ。

熊の頬を軽く叩く。

「ハッグ、おい、ハッグ・・・聞こえるか?ハッグ」

もう少し時間がかかるだろうか?
先に熊の傷を見た。
・・・鞭打ちの跡がある。
[隷属の首輪]をしたのなら必要ないだろう。
歯痒い思いは回復の魔力に込めた。

「全く酷い事をするな・・・」

熊の全身に行き渡るように、包み込むように、抱きしめるように。
覚醒を促す為に声をかけた。
覚醒を促す為に皮膚に触れた。
その傷跡の痛みが無くなるようにそっと指先で撫でた。

「傷は癒した・・・ふふっここがハゲてしまったな」

熊の目に色が戻るのが見えた。
恐らく混乱して記憶もあやふやになるだろう。
だから私は安心できるよう微笑んだ。
熊がくれたマリーゴールドのように色強く。

「ああ・・・マリー・・・」

私の名を呼ぶ音に心が震えた。
響く低い音に打ち震えた。
あの厚い胸に泣き縋りたい。
「馬鹿者」と罵り胸を叩きたい。
現状を把握しようとキョロキョロする視線を独り占めしたい。

手前でなんとか踏み止まれた。
私は王子様だ。
姫を救いに来たのだ。
そして・・・唯一叶えられる姫の望みを口にした。

「ダンスホールにしてはかなり広いが・・・壁の花にしておくには勿体無い、麗しの姫よ、最後の曲を私と踊って頂けませんか?」

混乱しようと熊は熊だ。
私のお強請りを断る事はない。
例えそれが熊を利用する行為だとしても。

わたくしでよろしければ」

赤く顔を染める熊が可愛くて愛しくて思わず頬を緩めた。
そんな私を照れ臭そうに熊が微笑む。

大丈夫だろうか?
私は淑女然と出来ているだろうか?
戦場に咲く一輪の薔薇になれているだろうか?
周りの視線を確認したいが熊から目を離したくなかった。
最後の時まで離したくなかった。

そして熊の大きな瞳から涙が溢れた。
現状を把握出来たのだろう。
しっかりと教育してきたからな。
何せウチの熊は天才だ。
今はどうしようもない事を理解したのだろう。

「こら、泣くな馬鹿者が」

私が堪えているのにずるいと思った。
泣き縋りたいのはこっちもだぞ?
だが良い。
今は私が王子様だからな。

「・・・嫌だっ・・・」

嘘がつける事に感謝したい。
私も嫌だ。

「・・・諦めろ・・・」

「・・・は、離しだぐないっ・・・」

嘘がつける事に感謝したい。
私も離したくない。

「・・・諦めろ・・・」

堪えきれず毛に覆われた逞しい胸に顔を埋めた。
いつも夜に抱きしめてくれるように私の頭を熊の頬が撫でた。

「・・・必ずっ・・・必ず迎えに行く・・・」

ああ、分かっている。
熊は嘘が下手だからな。
そして私は最後にもう一度嘘をついた。

「・・・ああ、待っている・・・」

そしてラストダンスは終わりを迎えた。
視線をワングとコーザンに移す。
こちらに近寄る二人を確認した。
手を離す事で熊にカーテンコールを告げた。

何も言わなかった。
何度も何度も振り返る熊を見送った。
笑顔は絶やさずにいられたのはを信じているからだ。

ハッグ達が粒になり後ろを振り返った。
・・・目の前の二人の表情が私の目論見の成功を教えてくれた。

「ジョン!私の軍籍はどうなっている?」

「は、はいっ!・・・だ、団長は死亡されたと判断され除籍になっています・・・」

予想通りだ。

「なら私を団長と呼ぶな、私はドラグノフ侯爵息女、ローズマリー・ドラグノフだ」

「は、はいっ!」

「・・・ジョン・・・エスコートはしてくれないのか?」

「っ!?は、はい、失礼しました」


すまないな、ハッグ。
大人しく待つのは性に合わないんだ。
鎧をドレスに着替えただけだ。
少し戦い方が変わっただけだ。
私は私で戦う。

ではなくとして・・・


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