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27 マリー
しおりを挟む大きく伸びをした。
作業から解放された身体から音が鳴らす。
弛緩した肉体に合わせて言葉を出す。
「ん・・・はぁ、終わったぁ」
私の目の前には熊用のネックレス型の魔道具がある。
使い捨て用だからと魔力回路で過剰に反応する様ように作った。
熊の肉球落下がこれでどれ程強化されるかを考えると・・・
だがそれはおまけだ。
私から熊に何か残してあげたかったんだ。
灰色の毛に合うと思い黒鉄の鎖にした。
見た目がネックレスに見えないのは熊サイズだからだ。
その鎖に魔道具を取り付けた。
戦場で無闇に文字が光るのは不味かろうと黒鉄の魔道具本体であるプレートの中に仕込んだ。
ベアード家の紋である熊の肉球の形をしたペンダントトップだ。
「爺さん、コレをハッグに渡しておいてくれるか?」
「分かった、任せとけ」
そう爺さんは笑いながら受け取った。
少し重そうにしながら。
その後は陛下の待つ控えの間に向かった。
エスコート役は爺さんだ。
担いだ方が早いが慌てる事はない。
鉄球を片手に爺さんの手を取った。
陛下に頼んだのは足枷を外してもらう事だ。
人質交換の際にトラブルがあった時の為だ。
その場で熊に害が及べば帝国に弓を引けるように。
私はベアード侯爵夫人だからな。
足枷を外した時に爺さんが私に言った。
「嬢ちゃんの贖罪はこれで終わりだ」
「・・・そんな事はない」
「わしらは番と離れる意味をよく知ってる、それを進んでやるんだ、もう誰も何も言わん」
「・・・ありがとう」
そう言い爺さんを抱きしめた。
熊が見たら怒るだろうな。
だがいない熊が悪いんだ。
「元気でやるんだぞ」
爺さんは私の背中をポンポンと叩きながらそう言った。
明日私は王城には来ない。
ここで爺さんとお別れをした。
そして臣下として陛下に最後の礼をした。
命にかけても熊を救う事を誓った。
陛下は「すまない」そう呟いておられた。
私が望んでするんだ。
「勿体無いお言葉です」と言葉を返した。
そこから詰所までは負傷者を運ぶのと報告の為に来ていたコーザンがエスコートした。
だが手は出さないし取る気もない。
戦場の状況を聞いたが、爺さんの魔道具が届くまでは戦々恐々としていたらしい。
あいつら「死にたくない」と叫びながら突進してくるんだぞ、と舌を出した。
・・・最悪だな。
負傷者を運んだ室内訓練所で回復魔法の処置を手伝った。
入った時に響めきを感じた。
嫌悪ではなく懺悔として。
人質交換の事を知っているのだろう。
先ず私の目に飛び込んで来たのは片腕を失ったトザだった。
あの時程の眼光のキツさがないので、今は性的には見られていないようだ。
「将軍を守れなかった、すまない」
腕が無くなる戦いをして来た者に謝られる筋合いはない。
寧ろ私をイヤらしい目で見た事を謝ってもらいたい。
まだ血の滲む腕に回復魔法をかけた。
結果だけ言えば爺さんのこの魔道具は凄い。
まさか手が生えるとは思わなかった。
足枷の制限がなくなり純粋に効果が上乗せされた結果だ。
あの魔道具の生産を至急爺さんに依頼しろとコーザンに伝えた。
今後も含めて被害が減るだろう。
「・・・あっちであんたみたいな良い雌がいたら紹介してくれよ」
そう腕の生えたトザに言われた。
彼なりの礼なのだろう。
「何だ、趣味が悪いな」
そう返しておいた。
その後は重篤な者から順繰りに魔力の枯渇寸前まで処置をして回った。
途中で泣きながら謝られた。
崩壊した前線を熊が救出に来たんだと。
俺たちを助けようとして、と。
指揮官としては失格だが熊だから仕方ない。
何を言っても傷つけるだろう。
だから精一杯の笑顔だけ向けておいた。
馬車まで私を送り届けたコーザンに「普通の足枷の方は準備出来ているか?」と確認をした。
「10Kgのだけどな、じゃなきゃ俺が持てない」
そう言った。
枷も無しでは怪しまれるからな。
「非力な狐だな」
「うるせえ女熊」
そう言い見送ってくれた。
何だ?女熊とは?
屋敷に帰り着いた。
夕食を侍従の者全員と一緒に摂りたい。
その我儘を聞いてくれたようだ。
晩餐にはワインだろう?
私は二杯まで頑張った。
相変わらずウリナはザルだった。
リズは下戸だった。
構わないと言ったが明日また見送りに来るという。
全員と握手をした。
リズに泣きつかれた時は困った。
酒のせいでもらい泣きをしてしまった。
あくまで酒のせいだ。
その日は早目に就寝についた。
熊が好きだと言ったネグリジェを着た。
熊のいないベッドに寝転んだ。
ベッドをクンクンと嗅いでみた。
侯爵家の侍女は優秀で困る。
匂いくらいは残しておいて欲しいものだ。
日も登らぬ内に目が覚めた。
屋敷を出るまではウリナが付き添った。
湯浴みをして髪を梳いてドレスを着せてもらった。
メイクは自分でした。
簡単な物しか出来ないが。
「ウリナ、おかしいところはないか?」
「だ、大丈夫です・・・素敵ですよ」
「今までありがとう」
そう言い思わず抱きしめた。
一度ウリナをギュッとしてみたかったんだ。
やはり白い毛玉はふかふかだった。
ここからは戦場に向かう。
侯爵家の馬車は使う訳にはいかない。
迎えに来たのは王国軍の馬車だ。
エスコート役はヒードルのようだ。
「将軍代行が持ち場を離れて良いのか?」
「ここから打ち合わせした方が建設的でしょう?」
眼鏡をくいっと指で持ち上げて手を差し出した。
その手を取り馬車に乗った。
そこには新しい足枷があった。
何の制約もないただの鉄の塊が。
感慨もなく取り付けた。
ひんやりと冷たい鉄の塊を。
「元気でな」
窓を開けて手を振った。
淑女らしくない振る舞いだが良いだろう?
たまにはこんな奥様がいても。
そして席に座り戦闘態勢に切り替えた。
剣はなくても姫騎士はここにある。
ただ鎧をドレスに変えただけだ。
戦いの方法が少し変わっただけだ。
そしてヒードルと動きを確認する。
様々なケースを想定して。
万が一にも失敗は許されない。
さあ、姫による王子の救出劇の始まりだ。
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