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7 マリー
しおりを挟むミシミシと身体から音がする。
とはいえ目が覚めたらまずは身体を伸ばさずにはいられない。
痛みに耐えながら大きく伸びをした。
「痛た・・・つっ・・・痛い痛い痛っ・・・んー・・・」
んっやはりまだ痛むな。
だがそれよりも気になる事がある。
一週間も寝たきりのせいか身体が運動を欲しているのだ。
寝間着を裾から捲り腹回りを見ると、割れた腹筋の筋が薄くなったような気がする。
足枷に付いている鉄球をぶん回せばトレーニングになるだろうか?
そんな事を考えているとドアが来訪を知らせた。
寝たきりではなくなったので、私が入室を促すとドアが開いた。
私の立場からすれば勝手に開け閉めされても何ら文句はないのだが、屋敷の主人の意に沿うのは客人の務めだろう。
「おはよう、マリー・・・」
「おはようハッグ将軍」
何だかテンションの低い熊が現れた。
低血圧だろうか?
後ろにはドレスを数着抱えた兎の侍女がいる。
「今日はその・・・尋問があるらしいのだ」
「・・・待ってくれ、そのドレスは私に着ろという意味か?」
「さ、サイズはウリナが大丈夫だと言うんだが・・・既製品で済まない」
ウリナは兎の侍女の事だ。
本人に聞いても教えてくれないので、私は呼ばない様にしている。
ああ、今はそれどころではない。
熊は既製品である事を気にしているようだがそういう問題ではない。
「ハッグ将軍、私は尋問を受けるんだよな?」
「ああ・・・」
「その様なドレスを着て尋問を受ける捕虜が何処にいる?」
熊が首を傾げる。
そうか、捕虜の扱いは知らなくて当然か。
「ではどの様な服なら良いのだ?」
「相手に失礼でなければこの寝間着のままでも構わないが・・・」
「だ、駄目だ、マリーの寝間着姿は他の雄に見せる訳にはいかんっ!」
・・・このポンチョの様な寝間着では露出もないし色気もないと思うのだが、熊の拘りなのだろうか。
「では男物でも構わないから下履きとシャツを貸してもらえないか?」
「マリーにその様な格好をさせる訳にはいかん」
私が帝国にいた頃は屋敷にいる時でも大抵そういう感じだった。
騎士団では制服だったし、時間があれば剣を振って走っていたからな。
・・・父が私が子供だった頃からそうさせていたのもある。
「旦那様、少しお耳を・・・」
そうウリナが熊に耳打ちをする。
とはいえ背が熊の半分程なので膝をつき腰を落としても耳が遠い。
なので薄っすらと「男装の令嬢」と「旦那様の服を着た」という言葉が聞こえた。
想像する様に目を細めたかと思うと、カッと見開きウリナに「天才かっ!」と声を掛けた。
まあワンピースやスカートで身体を動かす訳にもいかない。
この際男装の令嬢でも何でも良い。
栗鼠人の侍女が熊のシャツとショースを持ってきた。
・・・やはりデカい。
私も人間の女としては大きい方の筈だが、熊の方が30㎝程背も高い。
腕も2倍以上太い。
ショースにしても幅がかなり余る。
唯一無駄にならなかったのが足の丈だ。
「良かった、脚の長さは私とあまり変わらないな」
布地が無駄にならないという意味で口にしたのだが、熊は口を開いたまま固まっていた。
熊に会心の一撃を与えてしまったようだ。
ウリナを含め二人がかりで裁断と縫製を行いあっという間に仕上げてみせた。
この屋敷の侍女が凄いのか、獣人の侍女自体が凄いのかは判断しかねる。
仕上がった服に袖を通してみる。
シャツの胴体はスラッとしているのだが、袖の所がやや広がっている。
ショースも太腿の所が派手に広がっている。
芝居の為に誇張した様な感じだ。
「これだけは譲れませんっ」
と栗鼠の侍女が広がる私の髪を束ねて紐で縛った。
男装の令嬢とやらは髪を束ねるものなのだろうか?
栗鼠人の侍女もウリナも喜んでいるみたいなので良しとする。
ウリナのそういう視線はとても新鮮だ。
熊が私をウットリと見つめる目が少し怖かった。
栗鼠の侍女がキョロキョロと愛らしく部屋を見回す。
花があるだけの殺風景な部屋だが何か探し物だろうか?
「直ぐに戻ります」とテトテトと部屋を出て行った。
出て行く際にウリナをキッと一瞥した。
ウリナはビクっと身を震わせていた。
見た目は栗鼠の侍女の方が年下に見えるのだが、実は逆なのだろうか?
「あ、あの御趣味に合えば良いのですが・・・」
そう言い帝国で一般的に扱われる字で書かれた一冊の小説を差し出した。
タイトルは[深窓の男装令嬢~禁じられた恋~]とある。
所謂恋愛小説か・・・その上男装令嬢・・・
私の様子を訝しげに伺う栗鼠の獣人に慌てて答えた。
「いや、すまない、幼少の頃から読む本といえば武芸書や指南書のような物ばかりで・・・興味はあったんだ、有り難く読ませてもらう」
何故か気恥ずかしく思い照れ笑いをしながらそう答えた。
昔、父に一度捨てられた事があった。
そんな物を読むなら剣を握れと一喝された。
だが握る剣は折れたのだから読んでも構わないだろう。
「・・・それは?」
頬が赤く染まった栗鼠の侍女が持っている4冊程の本が目に写った。
何かしてしまっただろうか?
「い、いえ、慌てたようでうっかりしてしまって・・・」
この国の字で書かれた本を見せてくれた。
タイトルからどれも恋愛小説の様に見受けられる。
この屋敷の侍女はやはり気が回る。
「それも貸してもらって良いかな?この国の字も読めるから・・・名を伺っても?」
「は、はい、リズと申します」
「そうか、いい名だ・・・有難う、リズ」
栗鼠の獣人で名前がリズなら忘れずに済みそうだ。
気遣いに感謝して礼を述べた。
リズは頬を林檎の様に染めてコクコクと頷いてくれた。
何故か熊とウリナも瞳を潤ませ惚けていた。
その理由は直ぐにわかった。
粥・・・味気ないのは基本だったようだが、食後、窓際の椅子に腰掛けてこの国の字で書かれている小説から手に取った。
内容は、後継ぎの男児に恵まれず産まれた時から男として育てられた狼人の伯爵令嬢の話だった。
・・・仮番という制度があるようだ。
これは人間でいう婚姻に近いものに感じる。
仲睦まじい仮番生活を営んでいた侯爵が、男装をした伯爵令嬢と出会ってしまい番だと感じる。
相手は男なのに、と本能に苦しみ仮番の者も愛おしく感じ苛まれる侯爵。
男装令嬢は正体を隠しながら本能に苦しむ。
という内容だ。
・・・私は女として男の様に教育を受けただけで、男装を好んだ訳ではないのだが・・・
後継ぎに関しても婿養子もあれば遠縁から養子を迎える方法もあるだろう。
ただ、その男装令嬢には思い入れを感じた。
重なる部分が多かったせいだろうか?
大きく違う点は彼女は周りから愛されている。
私は・・・父にさえ疎まれていた。
母に似たこの髪がなければ私も愛されただろうか?
この小説の彼女の様にブロンドではなくプラチナブロンドの美しい毛並みなら・・・
頁を捲る手を止め、思い耽る私の目の前に香り立つ紅茶が置かれた。
「・・・ウリナ、です・・・」
そうそっぽを向きながらボソッと呟くウリナはとても可愛らしく見えた。
誰にも言えなかったが子供の頃から私は可愛い物が大好きだった。
同世代の他の令嬢が社交界にデビューする頃、私は騎士団に入団させられた。
男に負けじとそんな思いを感じる暇も無く身体を鍛えた。
「ありがとう、ウリナ」
だからここは天国の様だと思う。
その思いを感謝の辞にした。
ここでなら・・・彼女の様に周りから愛されるかもしれない。
私はその思いを罪悪感という栓で蓋をした。
昼を過ぎた頃、屋敷に訪問者があった。
恐らく尋問をする者なのだろう。
私は部屋で待たされた。
この部屋で尋問を執り行うらしい。
熊は執務が貯まっているらしく、顔見せは付き添えるが同席は出来ない、と謝られた。
「大丈夫だ、何ら問題ない」
と笑顔で答えた。
しょぼんとしていたが嘘はつけないので致し方ない。
ドアがコンコンと鳴り「失礼する」と開かれた。
豹の獣人と・・・ああ良く見知った顔だ。
しかも選りに選って・・・思わず眉間に皺を寄せてしまう。
ソイツは私の顔を見ると飄々とした表情から、戦場でしつこく追い回してくる時の目になった。
「チッ・・・マジでお前がハッグ将軍の番なのか?ドラグノフ」
「はぁ・・・私が知るか、まあ今日は逃げないから尻に噛み付くなよ?コーザン」
熊が視界の端でキョロキョロとしているが、天敵から私は目が離せなかった。
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