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4 マリー
しおりを挟む喉が渇き目が覚めた。
熊は言いつけ通り手は握ってはいない。
ただ鼻を啜り泣いている。
「・・・喉が渇いた」
そう告げれば水差しを口に添えてくれた。
「ゆっくり飲むのだぞ」
よく冷えた水を少しづつ口へと入れてくれた。
「・・・厠に行きたい」
そう告げれば鉄球を持ち肩を貸してくれた。
中まで入って来たので「そういう趣味でもあるのか?」と聞いたら慌てて出て行った。
・・・私は殺されてもおかしくない立場の筈だ。
牢屋に放り込まれて尋問をされる立場の筈だ。
何故甲斐甲斐しく世話を焼かれているのだろう?
だから・・・泣かれる理由が解らない。
「何故泣く?いつまで泣くつもりだ?」
ベッドに寝かされた後聞いてみた。
「わ、儂が其方をこの様な目にあ、あわ・・・」
と声を出せずに泣き出した。
思い当たるのは・・・あの肉球か。
「あの肉球は貴方が?」
更に破顔して一度だけ頷いた。
そうか・・・この熊が私の剣を折ったのか。
・・・苛立った。
私の騎士としての誇りに引導を与えた者が、女々しく泣き噦る姿に苛立った。
女を捨てた私を前に、女の様に泣き喚く姿に苛立った。
だから思わず声を上げてしまった。
「泣くなっ!私を倒した者なのだろうっ?!」
声を荒げた事で全身に痛みが突き抜けた。
だが堪えられた。
私の折れた誇りの方が痛かったからだ。
その傷に塩を擦り付けられる方が痛かった。
熊は私の声に大きな体を震わせた。
懸命に涙を堪える姿に・・・申し訳なくなった。
そして自分の立場を思い出した。
「・・・っ、申し訳ない、言い過ぎた」
「か、構わぬ、儂の番なのだ、何でも言ってくれ」
「・・・また聞くがツガイとは何だ?」
「そ、その儂を見ても何とも思わんか?」
そうおずおずと聞いてきた。
正直に答えようか悩んだが、敢えて無難な言葉を選んだ。
「・・・っ?」
何とも思わない、その言葉が出なかった。
・・・ああそうか嘘がつけないからか。
言葉に詰まらされた私を心配そうに見る熊。
思わず溜息が出た。
「はぁ・・・済まないが嘘はつけない」
魔道具の制約だ。
ある意味、非人道的な気がした。
「ああ、何でも言ってくれ」
「・・・臭いと思っている、風呂には入っているのか?」
「っ!?」
世話を焼いてくれている者に言う台詞ではないと自分でも思う。
そして風呂には入っているのか?は必要なかった。
・・・私は意地が悪いな。
剣を折られた事を何処かで根に持っているのかも知れない。
「す、すまない、戦場から戻ってそ、そのままだった故・・・し、失礼するっ」
顔を真っ赤にして、窓を開けて部屋から出て行った。
まだほんのり熱を持つ身体を入り込む風が冷やしてくれる。
熊が出て行ったドアが開いて・・・兎の獣人が入ってきた。
後を頼まれた侍女だろうか?
とても愛らしい姿をしている。
目がクリッとしていて毛もフサフサだ。
そう思い眺めていた。
「・・・何か?」
「いやすまん、可愛いと思って見ていた」
嘘はつけないので仕方ない。
正直にそう伝えるとふんっと顔を背けられた。
そしてジロッと睨みつけられた。
だが今の私にはその目の方が心地よい。
本来はそう見られて然るべきなのだから。
私には・・・あの熊の目の方が辛い。
「ツガイとは何だ?教えてくれないか?」
熊にはもう二度聞いたから、他の者から聞いた方が早いと思った。
兎の侍女は溜息をつきながらも丁寧に教えてくれた。
・・・要は夫婦という事なのだろう。
ただ互いに必ず惹かれ合い結ばれるらしい。
それで熊から「何とも思わないのか?」と聞かれたのか。
それなのに私に「臭い」と答えられてさぞ驚いただろう。
私が「あの熊」と呼ぶと「ハッグ・ベアード侯爵」と言葉強く言われた。
ここに運ばれてきてから5日の間、ずっと付き添ってくれたらしい。
・・・つまり臭いのは私のせいという事だ。
申し訳ない事を言ってしまったと反省するが、嘘をつけないのでどうしようもない。
その侯爵殿が風呂で寝てしまい、起きないし運べないと大騒ぎになった。
手が足りないと兎の侍女も応援を頼まれてそちらへ向かった。
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・・・ハッグ・ベアード・・・
・・・ブラッディグリズリー?・・・
・・・まさか・・・な・・・
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