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最終章
最終章-32 神の武器、だから世界は美しい
しおりを挟む懸念があった。
それは同時に願いでもあった。
だがそれももう良い。
それこそただの我儘に過ぎない。
「そういえばオリハ、君に聞きたい事があったんだ」
もしオリハが主の立場であれば・・・
「何故、一度も[神の力]を用いようとはしなかったんだい?」
平和な世の平定に、過剰な力を有した意思ある存在は不要と判断する。
それに魂は主が生み出したモノではない。
魔物の魂なのだ。
「アキの時も、子供達が拐われた時でさえ、使おうとはしなかった・・・何故だい?」
存在の消滅。
それが妥当といえる。
「・・・最初は降臨の目的が分からなかった、だから使用しないと決めた」
使っていたのはオリハとしての力だけだ。
感情を読み取る能力は肉体に宿るものであって、神の現能ではない。
一度使えば歴史書にあるように、絵本にあったように、天変地異もヒトの魅了も思いのままに操れただろう。
時空間魔法、空間収納から空間転移、それこそ[全知]や[直感力][魔王]に至るまで。
オリハは意図して神の武器としての能力を封印していた。
「世界を見て回り、今の世では決して使ってはならない、不要な力だと判断した」
魔力の色持ちが闊歩していた古代においても、神の武器は過剰と呼べる力であった。
強過ぎる力は、時に身の丈に合わぬ欲を生み出すものだ。
かつての帝国がそうであったように。
世界を統べる事の出来る力。
世界を破壊し尽くす事を許された力。
オリハを有益だと囲ったサウセント王国。
振り回され、いつも頭を抱えていた筈だ。
そのオリバー国王とて、片鱗を見せれば豹変したかも知れない。
・・・やはり不要なのだ。
「・・・そうだね、降臨させた以上は責任は私達にある、だからその選択にも感謝しなければいけないね」
「気にしなくて良い・・・好きに生きていい、そう言ってもらえたからだ」
だからこそ自分の責任とした。
手にあるその力を使わない。
それにより防げなかった被害は、全て己が背負う、そう決めれたのだから。
「助かるよ・・・そろそろ時間だ、君のアストラル体の有する力が強大過ぎて、これ以上の召喚は保ちそうにない」
その原因が有する[神の力]である事は言うまでもないだろう。
「最後に、君の今後について話しておかなきゃならない」
「ああ、分かっている」
懸念が疑念になり結論となって覚悟するに至った。
所詮は武器だ。
これから訪れる平和な世には不要な存在なのだ。
「そうか・・・説明が要らないのは助かるよ・・・」
「ああ、我は破棄されるのだろう?」
主は優しく微笑んでいた。
揺蕩う微睡みの中、物質的な意識を感じた。
俗に言う温もりというやつだ。
・・・長い夜だった。
あれもこれも夢だったのではないか?
だがその温もりが現状を教えてくれる。
ヒリヒリとする痛みと身体の違和感が、オリハにこれは現実なのだと伝えてくれた。
温もりを与えてくれたオーウェンを起こさぬよう、ベットから這い出た。
かつて疲れ果てたオーウェンを寝かしつけたベットである。
そう思うと感慨深く懐かしく思えた。
立ち上がり窓を開けた。
登り始める朝日が顔を出す。
一糸纏わぬ姿で新鮮な空気を肺に送る。
眺める景色。
自然とオリハの瞳から涙がこぼれ落ちた。
世界は醜い。
何かしらの争いは絶えない。
隣の不幸を見て喜ぶ者もいる。
布が捲れる音がしたので振り返る。
オリハを見て安堵の表情をありありと浮かべた。
見下し、蔑む。
差別し、貶す。
自分の価値感と異なる者を悪だと断じる者がいる。
「・・・なあ、オーウェン」
それでもオリハは笑顔でこう言うのだ。
「世界は・・・なんと美しいのだろうか」
瞳から涙が止まらない。
それを見てオーウェンも察する。
恐らく未来は変わらないのだ、と。
ならば、せめて、今だけは。
起き上がりオリハに近寄る。
そして優しく抱き寄せ、軽く唇を交わした。
昨晩のような情熱的なキスではない。
そこにいるのだと、確認をするように。
「大丈夫だ、まだここにいる」
それを聞き安堵する。
オーウェンもよく耳にした口癖。
「・・・どのくらいですか?」
「半年くらいだ」
喜んで良いのか、オーウェンには微妙な時間に感じられた。
「それだけ、ですか」
「そんなに、だ」
「・・・足りそうにありません」
微笑みながらオリハを横抱きに抱える。
「ま、待て、まだ朝だっ!」
「・・・駄目ですか?」
「な、ならん・・・あ、あれだ!オーウェン、今日は休むのだろう?」
「ええ、元からそのつもりでしたが」
「なら朝食を共にしよう、ミシェルも孤児院にいる・・・子供達が待っているのだ」
子供達、それはオリハにとって何よりも優先される事だ。
その印籠を取り出されてしまっては、オーウェンは何も言えなくなる。
だが、今日だけは少しだけいつもと違う。
「・・・分かりました、その代わりお願いがあります」
童顔の美中年に間近で迫られる。
昨晩を思い出せばオリハの顔に熱が篭る。
「私と結婚して下さい」
覚悟を決めた香りが、その発言が冗談ではないのだと知らせる。
「・・・本気なのか?」
「ええ・・・貴女が好きです、許される時間だけで良い、共に過ごしたい」
「何もしてやれない」
「構いません」
「最優先は子供達だ」
「構いません」
「・・・朝は絶対に駄目だ」
「それは諦めて下さい」
そして笑い合った。
「・・・分かった、我で良ければ」
少なくとも遺せるものがある。
何かの役には立つだろう。
「幸せにして下さいね」
「ああ、我に任せろ」
不満はある。
欲は尽きない。
・・・それでも未練はなくなった。
「さあ、急いで孤児院に向かうぞ、子供達が帰りを待っているのだからな!」
耳を伏せた大型犬のようなオーウェンを促しながら、早々に肌着を身に付ける。
「待て」が出来るあたり、駄犬ではないようだ。
焦る事はない。
なに、夜はまた来るのだから。
孤児院では変わらぬ騒々しい朝を迎えていた。
誰も寝坊はしなかった。
全員でオリハ仕様の大きなベットで寝ていたからだ。
分担をしながら朝の家事をこなしていく。
シーツを回収し、新しいシーツをつける。
洗濯をする。
それを干す。
朝食の支度もある。
不思議と誰も悲観はしていない。
何故ならあの時のような喪失感を、誰も感じていないから。
それにお願いしたのだ。
だから子供達は誰も心配していない。
冒険者としての依頼で帰らなかった日もある。
酒を飲み過ぎて朝帰りした事だってある。
だから今日もそれと変わらない。
代わり映えのしない、慌ただしい、いつもと変わらぬ朝の風景。
心配させてくれたのだから、多少のお小言は覚悟してもらおう。
仕方ないので多目のお菓子で手を打とう。
だから、いつものように元気良くこう言うのだ。
「ただいまっ!」
「「「おかえりなさいっ!」」」
うちのお母さんは、お願いは絶対に叶えてくれるのだから。
・・・後に訪れる、忘れられたエインがひと騒動起こす事になるのだが、それはまた別のお話。
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