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最終章
最終章-20 神の武器、糧
しおりを挟む空を叩く音がする。
ビュンという音やブォンの音が並んで響く。
抵抗力が増していき、いずれはビシュンとなり、そこからは音が一音ずつ高く研ぎ澄まされていく。
だがここで剣を振る者は、剣を極めた証として無音の極致を目指している訳ではない。
「ハル、小手の重さでまた剣筋がブレている」
「・・っ、ハイッ!」
先程までビシュンと音を出していた少女の剣は、ビュンを経由してブォンになった。
終始、ビシュンやらピシュンを続けた少年二人は、さらに幼い魔人族の少年と実戦式の稽古に移っていた。
高等部から出場する事を決めた、3人の青年らの当初の思惑とは異なっていた。
この学園に来る前から、貴族の子息として剣を嗜んでいた。
剣を扱う授業のレベルは高かった。
それでも遅れを取る事なく、高等部では十指の中に入っている自信もあった。
自信があったからこそ担当教員に参加を告げた。
驚いた顔をして、それから唸って出された条件が「理事長の指導を受ける事」だった。
それは3人にとっても望むところであった。
心のどこかで期待していたのだ。
凄い必殺技を伝授してくれるのでは?と。
ここ数日、放課後に素振りだけをひたすらにさせられている。
たかが素振りと思っていた。
だがその指導は、一振りごとの体重移動のタイミングにまで事細かく注意される。
それが不注意による一振りならば、何度であっても指導で済む。
だが疲れから手を抜いた振りであれば、即座に檄が飛んだ。
・・・何で分かるんだ?
それを続けさせられている理由はもう分かっている。
自分達の少し驕っていた技術は、体力の劣る疲れ果てた少女と何ら変わらないという事実を。
少なくともあの少年二人は、自分達に剣を教えた家庭教師とさして変わらないのではないか?
何なんだ、あの魔人の子は・・・あの体格で、どうやったら鎧着た人間をぶっ飛ばせるんだ?
少なくとも理解出来たのは、あの域まで近づけなければ剣術大会で恥を掻くのは自分達だという事だ。
そして素振りをしていて重く感じるのは、剣の重さではなく、空気の重さなんだという事だ。
目の前で行われている稽古を見て、その一閃を見取り模倣する。
言われている力の使い方の意味を何となく感じる。
体重移動の意味をそれとなく感じ始めた。
だが模倣する為には邪魔なのだ。
この纏わりつく空気が。
「カストロ、力み過ぎだ、気持ちは分かるが力を抜くところを忘れるな」
ああ、何も口にしていないのに、この人にはこれが分かるのか。
邪魔だと苛立つ、この空気ごと剣で振り払おうとした事が。
「・・・っ、ハイッ!」
そして次の意識した一振りから音が変わった・・・気がした。
それはただの気の所為だ。
だがカストロという青年は、さも自慢げに語るだろう。
稽古の後で初日の後に不満を漏らし合った二人の仲間達に。
・・・ウチの理事長マジパナイ、と。
日にちは少し遡り、初等部、高等部ともに参加希望の報告を受け、オリハはオーウェンに6人分の大会仕様の装備一式を手配する事を決めた。
ハル達は予想通りではあったが、高等部からの申し込みには驚きを隠せなかった。
担当教員からも「通じそうな生徒はいない」と報告を受けていたからだ。
オリハもそれに同意だった。
そして付けた参加条件を聞き納得する。
厳しい指導の元、現実を突きつけて欲しいという事だ。
その担当教員からは反対されたが、正式にオリハは申し込みを受理した。
何の問題もない。
急遽辞退を申し入れたとして、恥を掻くのはオリハだけだ。
それを忌避して生徒らの芽を摘むつもりはない。
放課後に生徒らを連れて孤児院に向かう。
オーウェンが来ていれば丁度良い。
いなければ、アルベルト家の家令であるセバスに託けておけば問題はない。
そう思いながら孤児院に帰ったオリハの目の前には、輝かしい金髪が二つ、慌ただしく楽しげに動いていた。
いや、金色の口髭も数に加えれば三つである。
「どうですかアキ、存分に動けますか?」
「うー、コレ重たいです、父上」
口調とは異なり激しく剣を交わし合う。
何故エインがここに?
そして何故に鎧を?
一瞬そう思ったが、考えるだけ無駄だったと至る。
変態の変態たる所以なのだから。
だが明らかに様子がおかしいと察する。
体格が未発達故に、鎧がブカブカなのはアキにとってハンデだ。
それがあってもエインに余裕があるのはおかしい。
オリハの見立てでは、それでもアキの技量ならば苦戦させられる筈だ。
手加減はない。
前のように強がりでもなさそうだ。
首を傾げ眺めているオリハの横で「あれはドゥエムル卿だよな・・・あんなに強かったのか・・・」とアルが驚嘆していた。
カーンと音を鳴らしながら胴体部分にエインが剣を当て、互いの礼を終えてアキが頭と一緒に声をあげた。
「母上!姉上!お帰りなさい!」
「・・・おい、兄上には?」
「少しお待ち下さい、直ぐに鎧を脱ぎますの、で・・・」
「あー、アキ、手伝ってあげる」
「ありがとうごさいます!」
「無視か、うん知ってた」
いつもの約束事を済ます。
そして「さあ褒めて」とニコニコ顔でエインが近寄って来る。
やはりおかしい。
汗一つ掻いていない。
「エイン助かった、手間が省けた」
「いえいえ!これしきの事、オリハ様の下僕として当然の事に御座いますればっ!」
理由を聞くだけ無駄なので、さも当たり前のように割愛する事にした。
「ところでだ、いつから剣の訓練を始めていた?」
「ふふ、流石はオリハ様、ですがこればかりはアキには御内密に」
ここ数日という冴えではなかった。
恐らくは年単位、それもかなりの努力の後が見えた。
それでも全く痩せた様子のない辺りが、流石筋金入りの変態と言える。
「取るに足りない、他愛もない父親の意地というモノに御座いますれば」
「はっ、大したスキルだ」
「他にも[夫の献身]や[夫の愛]なども各種、取り揃えて御座います、ポッ」
「残りの鎧はどこにある?」
「あ、はい、家の中に運んで御座います」
スルー安定である。
そして話は冒頭へと戻るのだった。
オリハはカストロの剣の振りを見て、何とかなりそうだと安堵の息を漏らす。
剣の為に培った時間というものがある。
ただ延々と続ける行為により、意図せず身につくものもある。
そして相手は騎士科の純粋培養共だ。
良く言えば文武両道、悪し様に言えば片手間の剣が通じる道理がない。
才能の先に剣は無く、努力の先にこそ剣は有る。
なら最初から諦めるのか?
否、時間の長さで劣るなら、その密度を増してやれば良い。
濃く、深く、そして濃く。
無作為に剣を振るだけならば、無駄な時間の浪費として終わってしまっただろう。
だがそうはなりそうもない。
何故なら自分で気付いたからだ。
普通ならば、それにすら気付かないまま、ただその違和感を払拭するのに何年もかけて剣を振り続けるのだから。
こればかりは口で説明しても理解はされない。
個人の感覚でしかないのだから。
ハルはどうしても時間がかかる。
筋力と体力に関しては水物だ。
回復を施しながら、出来る限り効率良く上げていくしかない。
オスカーとアルはアキが見てくれている。
ただ黙々と口も挟まずに、二人を相手取る姿は怖いものがあるが。
オリハの普段の教えとは真逆ではあるが、エインからこのルールにおける戦い方を実戦形式で学んでいた。
アキならその一戦で充分だろう。
いつもよりも攻撃の面積は広いが、選択肢としては狭い。
ならば負けない為には、攻撃される面積を狭めて、選択肢を増やせば良い。
アキは膝を軽く落として、正眼の構えから躙り寄るように圧をかけていく。
有効打にしかならない小手から連撃へと繋ぎ、兜を狙い打つ。
ぶちかましからの抜き胴。
既にルールを把握してモノにしている辺りが、あの一族らしいと思えてならない。
才能だけではなく、努力の積み重ねの上に基礎があるから出来る事なのだから。
思っていた以上に面白くなりそうだ。
オリハは内心ほくそ笑む。
この意趣返しに関して思うところは何もない。
勝手にしてくれとさえ思う。
ただ我が子らの、生徒達の糧になるのであればそれで良い。
巣立った先で役に立つ何かに成れば、それで結構なのだ。
そして1ヶ月が経過した。
何故か訓練の参加者がかなり増えていたのはご愛嬌。
ハルも高等部の三人も素振りだけではなく、稽古をつけてやった。
見送る練習を共にした仲間からの応援は、必ず心の支えになるだろう。
馬車二台で王都へと向かう。
4名ずつ乗り込み、内訳は生徒6名、担当教員2名、そしてオリハだ。
前日入りとなるが「全員王宮に泊まれば良い」などと吐かすアルは放置して宿を取った。
「部屋は御座いますれば外交官邸に泊まって頂いて宜しいのですよ?」などと吐かすエインは当然無視した。
緊張は適度で良い。
過剰なストレスは必要ない。
そして緊張により眠れない事態は起こさせない。
全員、しっかりと魔法で寝かしつけた。
オリハ達は、万全を期して翌朝を迎えたのだった。
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