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最終章
最終章-2 神の武器、出陣
しおりを挟むその日は朝から冒険者ギルドは賑わいを見せていた。
緊急性のある依頼は手分けして済ませてあった。
張り出されてあるのは日常的な依頼。
その辺りの依頼ならば、渡りの冒険者用にでも残しておけばいいだろう。
常駐している冒険者達は日が昇る前、まだ暗い内から誰それとなく集まり始めていた。
ただ椅子に腰掛け、顔馴染みの者に声を掛けて雑談をする。
柄の悪い男達の集まりだ。
そこに猥談が混ざったとしておかしな話ではない。
だが誰もその定番なる友人には手を付けない。
つまりは酒だ。
別に飲めないのではない。
飲むな、と言われた訳でもない。
それよりもいざ、という時に動けない事を嫌ったに過ぎない。
「おそらく」と言っていた。
ならば間違いないのだろう。
「おそらく」と言っていた。
ならば今日なのだろう。
根拠はない。
だがそこにいる者達はそう確信していた。
難易度は高い。
冒険者として本来であれば国軍に従軍し、安全地帯から掠め取るのが理想な筈だ。
だがそれに先んじて動く。
全ての手柄を我らが手に。
そう告げた女性がいた。
「揃っているか?」
「「「へいっ!マム!」」」
この5年で調教は済ませてあった。
だからだろう。
誰の目にも恐怖は宿ってはいない。
「今しがた連絡が入った・・・貴様ら喜べ!焼肉だっ!」
「「「ロース!」」」
「「「バラ!」」」
「「「カルビ!」」」
その返事に満足気に頷く。
「ユティ、グラード側のギルドに伝令を頼む」
「喜んでっ!」
このギルドの看板受付嬢、ユティは敬礼を加えてそう答えた。
「あ、あのオリハさん・・・?」
「馬車の準備は?」
「へい!整っておりやす!」
「れ、連絡って・・・?」
「タレと網は?」
「予備も含めて!」
「うむ!良くやった!」
「そ、その報告を・・・ですね・・・?」
振り返りながら冒険者達の顔を見渡す。
良い顔だ、としたり顔だ。
「確認しておく!・・・これから我等は何をしに行く?」
「討伐です!」
「違う!・・・ただの屠殺だ、血抜きだ、下処理だ、では相手は何だ?」
「オーク共です!」
「違う!ただのブロック肉だ!」
「「「ロース!バラ!カルビ!」」」
「え・・・ええ?」
「ギルドマスター!」
「は!はい!」
「行ってくる!」
「は、はぁ」
「「「ゴチになりますっ!!!」」」
「・・・」
放心するサテライトのギルドマスターを他所に、一団は街の外へと向かう。
馬車は先行隊の迎えであると共に、戦利品の運搬の為に用意された。
それでも足りない分は国軍にでも任せれば良い。
寧ろ、アテにしていた。
「ギルドマスター?」
「・・・はっ!?ユ、ユティ君、これは一体・・・」
「そこ邪魔です」
「ええっ?!」
当然だが軍舞の情報はギルドマスターへと届いている。
そして現在、ハズレクジを引かされた先行隊の者が報告の為にこちらへと向かっているところだろう。
そして国へと報告、国軍と共に討伐へ向かう。
これがギルドとしての方針である。
下手に被害を出す訳にはいかない。
その場合の責任はギルドマスターへとむかうのだから。
だがそれをオリハが嫌った。
下手にオークキングに手を出されて、肉質が下げられては堪らない。
討伐後、肉を山分けになれば参加した兵士も含めればかなりの数に及ぶ。
そうなれば肉を冒険者側で独占する事など出来ない。
子供達へのお土産も減ってしまう。
ならばどうするか?
独断専行すれば良いだけだ。
「わ、私は聞いてないぞっ?!」
「あれ?数日前に提案書にサイン頂きましたよ?」
ねえ?と後ろを振り返る。
他の受付嬢が頷き、書類を出す。
それに目を通していくに連れて、境目のない額が青ざめていく。
「知らんぞ?!こんな書類!」
「でもサインは間違いなくギルドマスターの物ですよね?・・・てっきり了承されたものだと」
サインは偽造ではない。
偽造したのは書類だ。
元は薬草採取の依頼書だった。
時間の経過により貼り付けてあった魔力が消えるよう仕組んであった。
オリハによる「Color」での偽装であった。
協力者は受付嬢全員である。
この街の受付嬢と王都の受付嬢達の仲は悪い。
採用試験は王都で一緒に執り行われた。
彼女らはただサテライトに配属されただけだ。
そこに意図はなかった。
ただ王都の担当である受付嬢達からすればそうもいかない。
何かと格下として扱われるのだ。
だがその状況は一変した。
それが依頼の達成率である。
オリハからすれば高難易度の依頼など、ナツとフユの修行にうってつけなのだから。
金はあるが、あって困るものではない。
気が向けばオリハ自身も気晴らしがてらに依頼を受けていた。
街の規模が違う。
冒険者の数が違う。
それなのに難しい依頼とて難なくこなしてくれるのだ。
気付けば王都のギルドより、サテライトのギルドに依頼した方が、と評判は一転した。
何より、あの[子連れの聖母]が選任でいるのだから。
これにより頭を下げられる立場へと変わった。
理不尽にでかい顔をされなくて済むようになった。
その立役者であるオリハからの頼み事を聞かない筈がない。
それでも彼女らにリスクがない訳ではない。
もし、失敗したら?
だが誰もそれを考えることはない。
何故ならあのオリハが「問題ない」と、そう言ったのだから。
それに彼女達も楽しみなのだ。
お裾分けのオークキングの肉が。
「心配いりませんよ」
「し、しかしだなぁ」
「あのオリハさんですよ?」
「・・・代わりに報告書・・・書いてくれる?」
「お断りします、邪魔です、そこ」
立場上、良い思いもしているのだ。
たまには苦い物も身体に良いだろう。
「ようこそ、サテライトのギルドへ、依頼書の作成ですか?」
「・・・ギルマスなのに・・・私の扱い・・・」
だからいつもと変わらず業務をこなす。
いつもと変わらぬ笑顔で。
最近少しお腹が膨よかになったギルドマスターの胃に穴が開けば良いのに、と舌を出しながら。
「オリハさん」
冒険者達を引き連れ、街の外れの馬車の元へと向かうと、名を呼ぶ見知った顔があった。
それに変わらず嗅ぎ慣れた匂いでもある。
「オーウェン、止めに来たのか?」
「まさか!」
名を呼んだ口調に棘はない。
咎める様子も感じない。
ただ優しく微笑むだけだ。
「先程、孤児院に顔を出したら出掛けた、と聞いたもので」
嘘をつけ、とオリハは内心悪態をついた。
ギルドマスターの目を眩ませたとしても、オーウェンはそうはいかない。
とっくに察し済みの筈だ。
だが、その察しぶりも計画に練り込んである。
「こちらはまだ準備に時間が掛かりますから・・・軽装で充分でしょうか?余分目に荷台を用意しておけばいいですかね?」
「・・・解体に時間が掛かるだろうから、早目に来て手伝ってくれると助かる」
この妙な気遣いをくすぐったく思う。
これが変態なら馬と必要台数を並べてドヤ顔で待ち伏せている事だろう。
そして行動を共にしたがる。
オーウェンは好きにさせてくれている。
その上でフォローを欠かさない。
それは承知の上なのだから、甘えていると思わなくもない。
だからくすぐったく感じるのだろう。
「・・・それとも一緒に来るか?」
意地の悪い事だ、とオリハは思う。
揺さぶっているのだ。
やられっぱなしでは面白くないから。
「有り難い申し出ですが、この後、ミシェルを迎えに行くついでに、王へ報告しておく予定なので」
「ではミシェルにも土産がいるな」
「ええ、喜びますよ」
娘を理由にされては諦めるしかない。
一度、自分の娘と認定した以上、親元へ戻ったとしても、その思いは変わる事はない。
ミシェルは今14歳。
王都の学園で寮生活を送っている。
休みの度に帰ってきて孤児院の手伝いもしてくれている。
唯一の不満はミシェルからも「オリハさん」と呼ばれる事くらいだろうか。
尚、嫁にやる気はオリハにもオーウェンにも一切ない。
「では行ってくる」
「ご武運を!」
「ああ!」
オリハは周りの視線が生暖かいのを無視して馬車に乗り込んだ。
道中は比較的快適であった。
知能ある魔物であれば、この群れを襲う事はない。
少なくともオリハがいれば、魔獣の類いは近寄っても来ない。
明日には先行隊と合流出来るだろう。
夜の火の守りは女性の冒険者も複数いるので、男、男、女、の三交代でやる事にした。
簡単な朝食で済ますにしても食べたい男性陣と、どうせなら美味しいものを食べたいオリハの案である。
それぞれ珈琲やお茶、紅茶等を啜りながら時を過ごしていた。
夜の間、予想通り魔物の襲撃はなかった。
それを誰も疑問には思わない。
ここにいるのはサテライトギルドの常駐組だ。
5年という月日の間で、不可思議な出来事など既に洗礼済であった。
薪を足そうか悩み、その手を止めた。
そろそろ朝食の準備でもしておくか、と珈琲へと手を伸ばした。
「ねえ、オリハ」
「何だ?」
声を掛けたのは弓術師のエルフだった。
これまで別段「マム」呼びを強制した事はない。
それを止めた事もないのだが。
比較的エルフ族は、他種族から敬称をつけられる事が多い。
長命種であり、年齢が分かりづらいのが原因なのだろう。
どう呼ばれようと咎めるつもりもなく、気にする事もない。
精々、何処ぞの王族のように「ちゃん」付けされるのを嫌う程度だ。
二人は互いの年齢は知らない。
オリハは言えない、ではあるのだが向こうも言わない。
であればそれなりなのだろう。
「誰が本命なの?」
「ぶふっ!」
思わず口に含んだ珈琲を噴き出す。
少し噎せ気味に涙目のオリハに、待ってましたと言わんばかりに女性陣が詰め寄った。
狙っていたのだろう。
エルフの弓術師に向かって親指を立てているのが見えた。
「領主様とはやっぱりそういう関係なんですか?!」
「獣王様にも言い寄られてるって聞いたぞ?」
「偶に街で見かける魔人の丸い人とかグイグイ来てますよねっ!?」
「・・・どれも只の友人だ」
「「「えーっ!?」」」
そんなに注目を集められているのか?
良く知っているものだと、悪い意味で感心していた。
オーウェンがほぼ毎日、教会に顔を出しているとか、獣王国の王妃公認だとか、魔人国のフィクサーだとか。
それ以外にも、記憶にない名前の者も噂に上がっているらしい。
矢面の3人以外からも言い寄られる事がない訳ではない。
勘違い男を街中で、けちょんけちょんに言い負かしたのは記憶に新しかった。
「誰とも付き合ってはおらん!」
「そうなの?アルベルト様なんてオリハにホの字じゃない」
「ぐっ・・・オーウェンから好きだとも言われた事はない!」
言われた事はないのは事実だった。
傍目に態度で明らかではあるのだが。
「わ、我には愛しの子らがおる!それどころではないのだ!・・・ほ、ほら、そろそろ食事の支度をするぞ!・・・聞き耳を立てておる男共も手伝うかっ?!」
「「「っ!・・・ぐーぐー」」」
噂話にも事欠く事はない。
未だにそういう話には慣れない。
暇がない。
自分の残された時間は・・・子供達だけで精一杯なのだから。
そしてオリハは知らない。
その子供達にお菓子を与えると、口が滑りやすくなる事を。
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