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第8章 サウセント王国編
8-6 神の武器、見返り
しおりを挟む千を超える避難民の為に宿屋と空家が解放された。
優先は高齢者と子供連れの人だ。
それでも当然賄いきれない。
兵士達によりテントが設営されていた。
物珍しい光景に子供らの目が釘付けになる。
旅の最中に野宿の経験はあるが、オリハの魔法により寝袋のみで済むように、いつも環境は完備されていた。
「邪魔したらダメだぞ」
実家の犬を思い出しナツを撫でながら若い兵士が声を掛けた。
「手伝いますっ!」
「私もにゃ!」
「おっ、えらいな、でも大丈夫だ、これはお兄さん達の仕事だからな」
思わずワシワシと両手で頭を掻くように撫でる。
兵士はフユも撫でてみたかったのだが、女の子なので我慢していた。
セクハラだと訴えられて、兵士の職を失うわけにはいかない。
どの世界においても気を使う点は変わりないのだ。
兵士達がカンカンと槌をテントを固定する為の杭へ打ち立てる。
その様子を子供達は輝く瞳で凝視する。
そうなれば別の意味で気を使うというものだ。
「・・・やってみるか?」
新しいテントに手を掛ける前に声をかけた。
ハルとアキは邪魔になると辞退した。
「最初にこうやって柱を・・・」
懇切丁寧に説明をしてくれる。
ナツとフユもその説明を聞きながら、分からないながらもテントの布を持ったり、支柱を支えたりと手伝った。
何事も懸命に。
母の教えである。
だからこそ見られている目が、4つから6つになっても気が付かなかった。
先程、王都へ帰還したオリハである。
敢えて気配を消していた、が正解かも知れない。
ちょっとした悪戯心と、警戒を怠っている事への窘めからだ。
オリハは何か言いたそうなハルとアキに、唇に人差し指を当てて見せた。
最初に気がついたのはナツの方だ。
犬の獣人らしく鼻をピクピクと動かしだした。
オリハの匂いにようやく気が回ったのだろう。
瞬間の逡巡の後に作業に集中する事にした。
どうせ気を抜いていた事を咎められるなら、諦めて今を楽しもうという短絡的な考えからだ。
そのナツの様子にフユもオリハの気配に気がついた。
・・・のをなかった事にした。
どうせ叱られるなら気付かせなかったオリハを褒めて、誤魔化そうという小狡がしい考えからだ。
二人のその考えは、感情の匂いからオリハに当然のように伝わっている。
だが今回は咎めるつもりも、叱るつもりもない。
二人が頑張ったのをここに来るまでに、そこかしらから聞かされて来たからだ。
それは母として嬉しくもあり誇らしくもあった。
なので今回は多少眼をつぶる事にした。
少なくとも言われた事を二人はやりきったのだから、鞭は今でなくても良い筈だ。
オリハは機嫌良く相好を崩していた。
その後、丁度テントを立て終えたタイミングでオリハが兵士に声をかけた。
「すまない、二人が迷惑を掛けてはいないか?」
「い、いえ、こちらも助かってマスッ!」
慌てふためきながら敬礼の姿勢をとる。
どうやらこの兵士は美人に弱いようだ。
そう判断してオリハは笑顔を返した。
兵士の反応とは異なり、その笑顔を怖いと判断したのは二人の子供達。
その証拠に尻尾が垂れ下がっている。
「ナツ、フユ」
手招きでその二人を呼び寄せる。
そして勘違いして項垂れる二人を強く抱きしめてやった。
毛並が崩れるのも厭わず揉みくしゃみに撫で回してやる。
「聞いたぞ?良く頑張ったな」
疑問符を頭の上に浮かべる二人に説明してやる。
まずはフユに視線を向けた。
「フユ、腰を痛めたお婆さんが揺らさないように運んでくれたと喜んでいたぞ」
次にナツに視線を向ける。
「ナツ、手一杯の荷物を抱えながら子供の手も引いてくれたと、あるお母さんが感謝を述べてくれた」
言い始めればキリがない。
それだけオリハも声を掛けられたのだ。
その分もだと、しっかりと撫で回してやった。
頭の毛を乱したまま、恥ずかしそうに照れ笑う二人。
怒られなかった事など、既に頭の中から消えてしまったようだ。
ナツとフユが叱られると気にかけたのも無理はない。
命に関わる事柄については特に厳しくしているからだ。
戦闘面に関しては格上と戦う事を前提に教えている。
勉強についてもそうだ。
マンツーマンに近い指導と大好きなオリハが教えてくれる事もあり、二人の学力は同世代の貴族の子息達よりも先んじている。
だがこれは母親としての一端でしかない。
オリハはそう考えている。
生みの親から与えられる筈のモノ。
育ての親から与えられる筈のモノ。
そのモノの一端でしかないのだと。
強く育てるのは義務であり責任。
自分より強い魔物と遭遇したとして、逃げ切るだけの、誰かを守る為の実力を備えさせる為。
そしてフェンリルとの約束の為。
「母上っ!僕も姉上を守りましたっ!」
そう言いアキがナツとの間に身を潜ませる。
「そうか、頑張ったな」
同じように金の髪を揉みくちゃにしてやる。
そして視線をハルに向けて促した。
「ありがとう」
何にとは言わない。
他の兄弟達に比べて遠慮がちなハルだ。
年の割にしっかりとして見せている。
だからこそ色々と我慢している事もあるだろう。
「・・・うんっ!」
返事と共に輪に混ざった。
それでも甘えたい盛りなのだ。
ハルもナツもアキもフユも。
オリハが与えられる愛に限りはない。
この身で与えられるだけ与えてやる。
それが母親としての役割なのだから。
そこに疑う感情はない。
見返りの匂いはいつも受け取っている。
心が満ちていくような蜂蜜のような甘い香りを。
だから惜しみなく注げるのだ。
母親として。
「邪魔したな」
二人の相手をしてくれた若い兵士に声を掛けた。
忘れる事なく感謝の微笑みを添えて。
「い、イエ!」
腑抜けた表情で母親の背を見送る兵士。
ゴツンという音で我に返った。
同僚に咎められたようだ。
「何ボーッとしてんだよ」
「いや・・・エルフの嫁さんも良いなぁって」
「良いのはエルフの嫁さんか、それとも・・・巨乳か?」
「・・・セットで」
若い兵士は巨乳派だったようだ。
そして子供達を連れ、報告の為に王城へと足を向けたオリハ一行。
勾引かされた子供達の行方は大凡知れた。
嫌な感覚の強い方角。
それで間違いはない筈だ。
オリハは禁呪を用いた屍軍舞だと当たりを付けた。
その目的は察する事が出来ない。
狂気の考える事など理解出来る筈がないのだから。
ただオリハの知識が先を見通す。
禁呪による軍舞は、これで終わらない。
ならば先行して子供達を救い出す。
そして禁呪の発動を止める。
(・・・我が因縁に終止符を打つ)
あの時とはもう違う。
己は眺めるだけの武器ではない。
物言わぬ物質ではないのだ。
止める為の手も足も口もある。
(惨劇は許さぬ・・・止めるぞ、ギュスト)
ナツが思い出したかのように口を開いた。
「そういえば・・・アイツ来てたよ」
顔の表情は不服。
不満が顔から滲んでいるようだ。
「・・・誰だ?」
ナツがこのような顔をする相手?
オリハはそう考えを巡らせた。
「獣王だにゃ」
その言葉に一瞬足が止まった。
戦力が増えたと喜ぶべきか、厄介ごとが増えたと悲しむべきか。
その答えを導き出す為に。
そして足を進めた。
この先に変態と助平が揃っていたとしても、止まる訳にはいかない。
拐われた子供達を救い出さねばならないのだ。
だからオリハは深く嘆息を吐き出す事にした。
・・・勘弁してくれ、と。
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