赤子に拾われた神の武器

ウサギ卿

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第8章 サウセント王国編

8-5 神の武器、愛の形

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後悔とは何であろうか。
オーウェンは選んだ筈だった。
後から決して悔いる事のないように。

牽制の為に放った炎の槍が、目の前で水弾によりレジストされ衝撃波となった。
それにより馬が激しく嘶き、気が付けば弾き飛ばされ大地に体を叩きつけられていた。

領主として領民を守った。
娘はあの女性がきっと助けてくれる。

だが・・・だが・・・

幽体の魔物に掠りもしない剣を振るう。
空を裂くだけでケタケタという笑い声は止まらない。
最後の聖水を振り撒き走った。

息が切れる。
肺が痛む事を初めて知った。
自分は多少心得があるだけの文官に過ぎない。
惰性で剣を振るっていたに過ぎない。

分かっていた筈だ。
引き返す事を選んだ時点でこうなる事は。

心の中で愛する娘に詫びた。
愛娘を守りきれなかったと亡き妻に詫びた。
そして膝をつき目を閉じ、願うべき女性を思い浮かべた。

なら、せめて・・・最後に祈ろう。
娘の無事を、愛しき者の生還を・・・

「このっ!・・・大馬鹿者がっ!!!」

その声にオーウェンは驚き目を開けた。
写し出されたのは銀色に輝く光の束。
それが髪だとは直ぐに気付けなかった。
聖光を纏った剣が幽体を切り裂く。
聖属性の光が辺りを包み込んだ。

「何を考えておるのだっ!」

漆黒の瞳がオーウェンを睨みつける。
先程勝手に娘を頼んだ女性が目の前にいた。

「あ、貴女こそ何故ここにっ!」

「助けに来たに決まっておるだろう」

ふんっ!と鼻息荒くソッポを向いた。
その答えにオーウェンは絶望する。
幾千という魔物に囲まれた死地。
生存など望むに非ず。
言葉にもならない声を辛うじて吐き出した。

「お主が死ねば子はどうなる?!主に祈るくらいなら生き延びる方法を考えろっ!」

白い修道服をその身に纏った女性がそう叱りつける。
なんと滑稽で無体な話だろうか。
開いた口が塞がらないとはこの事なのだろう。
だから「貴女こそ子供達がどうなるか考えろ」などと口に出来ず、ただ思うに留めた。

「まぁ良い・・・死なせるには惜しい、お主のような者は嫌いではない」

(・・・ここはどこだ?)

そうオーウェンが思っても仕方ない。
助かる見込みなどない。
だが目の前のオリハの顔には悲観すら見当たらない。

(・・・何故・・・落ち着いていられる?)

それはオリハに対してではない。
死の恐怖を忘れてしまった自分に対してだ。
だが心境は凪ではない。
顔も体も熱を帯びた。
乾く口に思わず唾を飲んだ。

「・・・アルベルト殿?」

言い過ぎただろうか?
物言わず固まるオーウェンに声を掛けた。
確かに腹は立った。
だが行動自体は殊勲であった。

誰が一人で屍軍舞コープスダンスを壊滅させられると思うだろうか。

勢いに任せ暴言を吐いたと、落ち着きやや反省した。
あくまでもやや、である。
フォローにならないフォローをしたのもその為だ。

「・・・何か・・・手があるのか?」

辛うじて疑問を投げかけた。
頭に渦巻く数々の疑問の中で、この場に合った唯一の質問だった。

「うむ・・・あー、固有魔法オリジナル故、内密で頼む」

脳筋であるオリハは時間のかかる方法を好まない。
どうせなら早く我が子の元に帰りたい。
つまりやらかす前提で口止めをした。

そして両手を組む。
神に祈るそれである。
つい先程「神に祈るくらいなら」と言ったのはどの口であろうか。

ra・・・ra・・・ra・・・

喉から光り輝く金糸を紡いだ。
期待が篭ったかのような静けさを作り出す。
辺りの怨嗟の声が鳴り止んだ。

Lullaby, and good nightおやすみ、ぐっすりおねむり

オリハは魔物達を思う。
恨み辛みを叫ぶのに臭いが全くしないのだ。

(我は姉になるのだろうか?)

つまり本心ではなく植え付けられた思いなのだろうと。
誰に?
どうやって?

(・・・考えるのも面倒だ、母で良い)

存在自体を魔澱みから作り出されたのだろう。
その事で思い当たるのは禁呪。
そしてその技術をこの現世で唯一知る者。
ギュスト。

(・・・ゆっくりと・・・眠れ・・・)

無理やり産み落とされた我が子を思った。
強制された嘆きを憂いた。

My sweet baby mother’s delight私の愛しの坊や、母の喜びよ・・・

黄金の光がオリハを中心に弧を描いた。
風に軽やかに靡く秋の稲穂のように。

「・・・Ah・・・Ah・・・」

幽体が、屍体が音も無く崩れていく。
まるで感謝を告げるように声を出しながら。
そして光に呑まれ粒子と化す。
抑揚をつけられた節に合わせて大きく波を変えた。
その黄金の波は留まる事を知らない。
何処にも返す砂浜はないのだから。
そして光は全ての悲しみを埋め尽くした。

奇跡のような歌声。

そう断ずるに異論はないだろう。
実際オーウェンの目の前で起きたのは奇跡なのだから。
そして胸の高鳴りに気がつく。
思えば最初からおかしかったのだ。

職務上で、貴族社会において女性に触れる機会はあった。
妻ミシェルと出会って、そして妻が亡くなってから、他の女性の事を思った事や願った事など一度もなかった。
まして死の淵に立って浮かんだのだ。

(・・・惹かれていたのか)

そう思えば胸にストンと落ちた。
だからといってオーウェンはどうするつもりもない。
未だ胸にミシェルが住んでいる。
愛娘のミシェルの行方も安否もまだだ。

ただ、願わくば・・・側にいたい。

そう思うと自然と頬が緩んだ。
届く歌声に耳を澄ませれば心が弾んだ。
その感情を懐かしく思った。
そして悲しくも思った。
妻を裏切った訳ではない。
だがその憂いは簡単には拭えないだろう。

歌い終えたオリハは、漂う感情の変化に慌て振り返った。
案の定、子供達の予想を裏切らなかった。

「素晴らしい歌声、オリハさん」

「う、うむ」

「大丈夫、誰にも言い、それに・・・助けて頂きありがとうございました」

「あ、ああ、些事だ、気にするな」

「では我々も城に向か、陛下に報告もしなければなりませんし」

「・・・アルベルト殿?」

「はい・・・そういえばオリハさんはどうやってここに?」

「うむ、走って来た」

「あぁ、良かった馬は無事ですね、共に乗られ?」

「か、構わぬ、走って戻る」

「分か、では城でまた会

ニコッと笑顔を向け馬で駆けて行った。
オリハはその場で鼻を鳴らし首を傾げていた。
確かに芳醇な肉を思わせるあの香りがする。
何処ぞの変態や助平が醸し出すのと同じ匂いだ。

思わず振り返れば、口調は寧ろ距離が空いたように感じた。
名を呼べば誰も彼もが名前を強要するのにそれもない。
馬に共乗りしろと我儘も言わない。

(・・・鼻が馬鹿になったのだろうか?)

少しだけ悩んで考える事を放棄した。
何故なら基本脳筋だからだ。

(まぁ良い、帰ろう)

そしてまた矢の如く走り出した。
途中でオーウェンの乗る馬に「ついでだ」と持続型の回復魔法をかけながら追い越した。

「先に参るぞ」

そう言い走り続けるオリハの背をオーウェンは苦笑し見つめていた。

「・・・大した御方だ」

眺めるだけ。
見守るだけ。
そういう愛もある。
そしてエインやレオンパルドが特別だとは思わないようだ。
恋愛経験値5歳のオリハはまだまだこれからだった。


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