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第8章 サウセント王国編
8-2 神の武器、子爵家
しおりを挟む子爵領の街までは王都から乗合馬車で一刻程の所にあった。
向かうまでの道程でオリハは違和感をヒシヒシと肌で感じていた。
魔物の気配がない。
魔獣が近寄らない、という意味ではなく全くいないのだ。
それは月により起こされる海の引き潮のように。
それはいずれ押し寄せる満潮を予感させた。
だが緊張はない。
その空気を保つ事はない。
空気を読まない頼るべき子供達がいるのだから。
「それでね、青いバラがさいてたの!」
王宮で庭園を散策して、その時見た物を嬉しそうにハルが語っていた。
「案内してくれた男の子も可愛かったにゃ?」
「・・・なまいきでえらそうだった」
アキはハルにしがみつきむくれている。
ナツは我関せずと干し肉をハグハグと齧っていた。
「ほう、どのような子だった?」
「お名前聞いたの・・・あれ?なんだったっけ?」
「ぶふっ!ニャハハッ!ひ、ひどいにゃ!」
「むぅ・・・いいもん、次はわすれないもん」
「そうだな、縁があればまた会える」
「えん?」
「出会うべきして出会った、そういう意味だ・・・母とハルのようなものだ」
「エインも?」
「・・・あれは腐れ縁だ」
「父上はくさってるの?」
「いや、エインは腐ってはいない、変態なだけだ、腐っているのは縁とマリアでだな・・・」
「ママもひどいにゃ」
時が経つのも忘れる。
そんな親子の会話を続けていれば気が付けば乗合馬車は目的の地へ着いていた。
街の名はサテライト。
規模は小さいものの、活気は王都と変わりなく感じられた。
子供が拐われた。
それは警戒すべき事柄ではあるが、市井の民の生活を脅かす程ではない。
だからだろう。
街の離れに一際立派な館がある。
あそこが王の言ったアルベルト子爵家だと分かった。
そこからは望むべき場違いな臭いがした。
焦りと緊張を伴った警戒と恐怖の臭いだ。
訊ねると燕尾服を着た初老の男が出てきてくれた。
「冒険者の者だが」とギルドカードを見せた。
ギルドに緊急依頼が出て日にちが経過している。
オリハは後発組になるだろう。
それ故か慣れたもので対応は素早いものだった。
「こちらへ」
待たされる事なく屋敷の中へ通された。
どうやら主人を待つのではなく、主人のいる部屋へ案内された。
部屋からは男臭い饐えた匂いがした。
主人が臭いの元なのだろう。
部屋に入るなり、子供達は顔を顰めている。
特にナツは涙目だ。
本来なら整えられたであろう口髭の周りには、無精髭が遠慮なく伸び、艶のない茶の髪が不清潔さを際立たせる。
目の下の隈と感情の臭いが彼の状況を教えてくれた。
「私はオーウェン・アルベルトだ、冒険者の取り纏めをしている」
愛想もなく簡潔だが、自己紹介に爵位を付けなかった辺り、冒険者相手に手慣れているのだろう。
「A級冒険者のオリハだ」
そう言い手を差し伸べた。
「・・・こんな形ですまない」
不衛生である自覚はあるのだろう。
苦笑いを浮かべ手を取った。
そして子供達にもぎこちなく笑顔を向けた。
「そうか、貴女が[子連れ聖母]か」
「うむ、何か手伝う事は?」
「今はこの街で待機していて欲しい、あと2.3日の内に行方が掴める筈だ・・・消去法になってしまったがな」
語気を下げてため息をついた。
不本意なのだろう事が窺い知れる。
「分かった、必ず助ける」
そう言いオーウェンの目を力強く見返した。
特別な意味を込めて。
「・・・知っていたのか?」
「見れば分かる」
「そうか・・・力を貸してくれ」
そして頭を深々と下げて見せた。
責任者としてではなく、貴族としでもない。
我が子を持つ親としてだ。
「だが・・・その形で迎えに行く気か?」
「・・・酷いか?」
「あぁ、特に、な」
そう言い目の下の隈を指した。
「忙しいのか?」
「はぁ・・・いや、眠れないんだ・・・目を瞑るとあの子が夢に出て来て・・・助けを・・・」
揺れる頭を支えるように額に手を押し当てた。
消去法と言った事を踏まえると進展状況は芳しくなかったのだろう。
精神的にも肉体的にも限界なのが見て分かる。
「・・・無理にでも休め、それに臭う」
オーウェンに手を振り浄化魔法をかけた。
その勢いのまま部屋全体にも範囲を広げる。
ナツがホッと顔を緩めた。
「・・・これは?」
「起きたら風呂に入れ、それと髭を剃れ・・・男前が台無しだ」
オリハは嗜めるような笑顔を浮かべた。
気持ちは痛い程理解出来る。
狐の王もそれを察して、子爵に仕事を与えたのではないだろうか?
そんな気さえして来た。
そして人差し指でオーウェンの額をツンと突いた。
「い、いや、だが・・・っ!」
急に膝から崩れ落ちた身体をオリハが支えた。
深く弱目になるよう調整した睡眠魔法だ。
当然、袋を避けた持続型回復魔法も忘れていない。
「執事殿、寝所に案内してくれ」
引き締まった中肉中背といったところだろう。
戦士と呼ぶには頼りない。
文官と呼ぶには烏滸がましい。
そんな自分より背丈のある男を軽々と横抱きにしてみせた。
「こ、こちらで御座いますっ!」
そんな主人を他愛なく抱き上げる姿に、戸惑いを隠せないのは致し方なかっただろう。
後を歩きながら魔法をかけた事を説明した。
「3時間程で目を覚ますようしておいた、それなら夢も見ない筈だ」
「お気遣い感謝致します」
抱き上げる役目を「代わります」と言わないのは動揺からか、それとも大きな胸が顔に当たっている主人を慮ってか。
「明日も腑抜けていたら、無理やり寝かし付けると伝えておいてくれ」
「・・・寧ろそうして頂いた方が宜しいかも知れません」
ドアを開け中へ促しながら、老執事は笑みを見せた。
ふと饐えた臭いは浄化魔法で消したが、悲痛な臭いまで屋敷から消えている事に気が付いた。
「・・・奥方は?」
「お嬢様を産みになられて、直ぐに・・・」
忘れ形見。
大事な一人娘。
それなら致し方ない。
そう思いながらベッドにオーウェンを転がした。
「我がいる、安心しろ」
眉尻に寄った皺を指で伸ばしてやる。
万が一にも悪夢を見ないで済むように。
良い夢を見られるように。
「オリハ様、重ね重ね有り難う御座います」
我が主人を気遣う女性に深々と頭を下げた。
「構わぬ・・・我も子を持つ身だ」
老執事から漂う感謝の念に笑顔で返した。
「私、セバスと申します、御用の際は遠慮なく申し付け下さいませ」
「うむ、また顔を出す、宜しく頼む」
「ナツです!」
「フユだにゃ!」
「ハルです」
「アキです」
「これはこれは、ご丁寧に・・・宜しければ茶菓子などは如何ですか?」
「「「「いただきます!」」」にゃ!」
オリハはこうなった我が子らを止める術を知らない。
先程のオーウェンのように額に手を押し当てぐもった声を出した。
「・・・すまぬ」
「ほっほっほっ、いえいえ、食べて頂けるとこちらも助かりますので・・・そういえば宿はお決まりですか?」
「いや、この街に着いて、直接ここへ伺ったのでな」
「では当方で手配致しましょう、それまでこの館でお寛ぎ下さい」
「良いのか?」
「ええ、主人に代わりもてなすのも家令の務めで御座いますれば」
これまで塞ぎ込んでいた子爵家にホッホッホッと笑う声がした。
クッキーに数種のジャムを出し子供らを湧かせた。
香り良い紅茶に上質な蜂蜜を足した。
遠慮のない子らを嗜めるオリハを「お気になさらず」と更に嗜めた。
老執事は知っている。
将(母)を射んと欲すればまず馬(子供)を射よ。
主人の為に足場を固めるのは執事の嗜みである。
「申し訳なかった、こちらこそ世話になってしまった」
「いえいえ、坊っちゃま方、お嬢様方、また食べに来て下さいね?」
深々と宿へ向かうオリハ達を見送った。
「さて・・・面白くなって参りました」
先刻まで屋敷は葬式のようだった。
何かが解決した訳ではない。
アルベルト子爵家令嬢であるミシェルは拐われ行方知らずのままだ。
だが明かりが灯った。
そこに存在るだけで希望を感じさせた。
きっと何とかなる。
そう思わされた。
「・・・ご兄妹が出来ればミシェル様も喜ばれる事でしょう」
先代から仕える老執事は止まらない。
そして目が覚めたオーウェンに子細を説明する。
横抱きにされた事から眉尻の皺を伸ばされた事まで。
「!?・・・ふ、風呂を用意してくれ」
「はい、沸いて御座います」
(奥様が亡くなられて8年・・・坊っちゃま、もう宜しいでしょう?)
亡き妻に操を立てた。
最愛の娘を立派に育てる為に苦心した。
寂しくないよう王城での職を辞した。
その娘が拐われたのだ。
如何に心を痛めた事だろう。
僅か3時間。
されど3時間。
風呂へと向かう足取りに疲労の色は感じない。
目の下の隈も消えていた。
幾度「休んで下さい」と伝えただろうか。
その度に「それどころではない」と跳ね除けられだろうか。
それを成した女性を、敬愛する主人に充てがいたいと思わずにいられる筈がない。
だからその時の為にやる事はやろう。
そして願おう。
(お嬢様・・・何卒ご無事で・・・)
そして老執事は動き出す。
明日の茶菓子の準備の為に。
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