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第6章 獣王国編
6-15 神の武器、起きた獅子
しおりを挟む今日は休みの日だ。
子供達は一緒に修行をしている獣人の子らと遊びに出かけた。
オリハは一人王都を歩く。
目的は買物だ。
ナツとフユを我が子認定したまでは良かった。
だが大きな弊害が待っていた。
四人が二十メートル以内にいてくれないのだ。
朝はナツとフユが外の掃除をして、ハルとアキが部屋の掃除をした。
誰かの感情の気配が途切れてしまうのだ。
子らに掃除をさせて、オリハが動かないなんていう選択肢はない。
当然キッチン回りやダイニングなどの掃除や片付け、朝食の準備もする。
心寒い思いをしながら「うぐっ」や「ううっ」などの呻き声をする事になった。
修行中など、兄や姉を援護するかのようにハルは距離を取った。
ナツの蹴撃を回避しようとした時にハルが距離を取り、慌てて防御する目にあった。
オリハがハルを見ると、アキを抱えてニコニコとしていた。
可愛い天使なので何も言えない。
そんなこんなでオリハの豆腐メンタルはいつの間にか硬くなっていた。
だが高野豆腐メンタルになったとはいえ、寂しい事に変わりはない。
そして心配である事に差はない。
なので憂いを減らす為に、オリハは子供達用にオリジナルの魔法を開発しようとした。
それは魔力量も少なく、そして出来るだけ簡単な必要があった。
それは「Signal」と名付けられ、簡単な術式のみで作られた。
詠唱の必要もなかった。
母を思いながら魔力を込める。
魔法言語で呪文を唱えるとその魔力が弾ける。
その特定の魔力が弾けたとオリハに届く。
後は魔力の残滓で位置を把握する。
という簡素なものだ。
実験をしてみたところ、王都の端から端まで離れても「Signal」は届いた。
これにより子供達は過保護なオリハから解放される事になる。
だが休みの日に遊びに出るハル達は知らない。
オリハが暇な時は気配を完全に遮断し、物陰から追跡している事を。
買物の目的はナツとフユの装備品だ。
そろそろ魔物を素材にした物や、ミスリルや魔鉱石などの魔力を介しやすい物を見に来ていた。
武具屋を一軒一軒回る。
なかなか元武器の目を満足させてくれるような店はなかった。
鋼の剣を撫でこの子の親を思い出す。
あれ程の匠にはもう会えないかも知れない、そう思った。
何件目かも分からなくなった頃、入った店で年若いドワーフの店主から声を掛けられた。
「その剣を見せて欲しい」と。
感嘆の声をあげ「勉強になった」と礼をしてきた。
扱っている武具も一流とは言えない。
だが気持ちが篭っていた。
なのでそこで作らせる事にした。
この鋼の剣を認める目があれば充分だと判断したからだ。
魔物の素材はオリハが腰袋から出した。
獣王国を数ヶ月彷徨った成果だ。
珍しい高級な素材に店主は喉を鳴らす。
素材の鞣しがある、一週間後に使う人を連れてきて欲しいと頼まれる。
「我が子の武具だ、頼むぞ」
それだけを告げた。
鋼の剣に込められた熱が伝播したであろう返事を聞き、満足して我が子らのストーカーに戻った。
宿屋を貸し切りにしてから二年目を迎えた。
文字や算数の授業としてハルも参加する事になった。
アキはハルの横で大人しく何かを描いている。
ナツとフユは算数ではなく数学にまで及んでいた。
我が子にはスパルタなのである。
だがマンツーマンスタイルなので遅れる事はない。
脳筋気味のナツより計算高いフユの方が得意分野ではあるが、褒められる喜びがナツを伸ばした。
犬獣人のせいかも知れない。
試験のない世界では量を学ぶ必要はない。
より大事なのは密度だ。
一つ一つ丁寧に優しく解りやすく教えていく。
理解度が深まれば自然とペースも上がる。
修行と違い身に危険もなく叱る必要はない。
年明けには魔法学も追加する予定だ。
修行の方も変化があった。
オリハは木剣ではなく鋼の剣を使うようになった。
そして何処からか挑戦者が現れるようになった。
当然オリハを御指名だ。
理由は噂だった。
あの獣王が挑戦状を叩きつけた絶世の美女、という事らしい。
だが獣人ではない体毛の無いエルフであるオリハを見て挑戦者達は不満を漏らす。
褒められるのはせいぜい胸であった。
蹴散らす代わりにナツとフユの修行相手にした。
勝ったら相手をしてやると。
だが二人の努力の甲斐もあり、オリハに出番はなかった。
ある雪の日、宿屋に訪問者があった。
凄く豪華な馬車でやって来た。
オリハは無実を訴える事を考えていたが、漂う感情に嫌な気配はなかった。
護衛と執事と侍女を引き連れ現れたのは、獅子の女性の獣人であった。
趣味の良いドレス、溢れる気品から何者かは問うまでもなかった。
とはいえオリハは獣王国の者ではないので、跪く必要はない。
そして強要もされなかった。
国としての気質がソレを求めなかったのもある。
「貴女がオリハ様でしょうか?」
「・・・そうだ」
そう答えると王妃はオリハの手を取り握りしめた。
そして偽りのない笑みと喜びの表情を浮かべる。
「有り難う御座います!オリハ様のお陰で私は夜の伽から解放されましたっ!」
住民の集まる外でそう声をあげた王妃を慌てて宿の中に案内した。
この噂を広めるであろう犯人は「早く御礼を述べたかった」と供述した。
侍女の入れた紅茶を飲みながら話を聞いた。
執事が代わりに勉強を見てくれた。
王妃曰く、何でもオリハを訪ねた日から妊娠期間中以外、毎晩の様に求められた夜の伽がなくなったそうだ。
そして今は亭主元気で留守がいい、との事。
因みに子供は十二人いるらしい。
獣人の平均寿命が五十から六十である事を考えるとなかなかのものだ。
「ですので、是非側妃にっ!」
「こ、断るっ!」
色々と理由を述べられてからのこの流れを延々と繰り返した。
昼前になり執事に促され、王妃は静々と馬車に乗り込んだ。
「私、諦めませんからね~」
そう言い手を振り去って行った。
その翌日より噂が真実味を帯び、挑戦者が増えた事は言うまでもない。
新年も明けブラックカイトと呼ばれる、鳥型の魔物の高く澄んだ鳴き声が春を告げた。
その日の夕食時に、ネズミの老人が部屋からワインを持ってきて、少し付き合って欲しいと頼まれた。
オリハは獣王国に来てから相手もおらず、飲む機会が無かった。
なので迷わずご相伴に預かった。
子らは二階の部屋に上がっていった。
老人は手がプルプルしているのでオリハが注いであげる。
ワインといっても良い物ではなかった。
だがオリハには込められた感情が伝わった。
その感情が元々の味を高めたように感じる。
亡くなった奥方との記念の品だったのだろう。
老人は飲むと言っても舌先で舐める程度だった。
「幸せ過ぎてあっちにいる女房に怒られそうだ」
ネズミの老人は微笑みそう言った。
「・・・せいぜい自慢してくれ、中々に良き娘であったろう?」
オリハは苦笑いを浮かべる。
「・・・ありがとうな、オリハさん」
そしておやすみを告げ部屋に戻っていった。
その夜、オリハは子供らにしている腕枕を起こさぬようそっと外した。
そして部屋を出て、先程洗ったワイングラスを二つ手に取った。
老人の部屋に赴き置いてあったワインを注いだ。
枕元の机の上にグラスを二つ供えた。
老人の分と奥方の分だ。
呼吸音は耳を澄ませども聞こえない。
オリハは老人のカサついた手を取った。
まだ温もりが仄かにある手を握った。
「・・・グレイズ、ありがとう」
動かない筈の老人の口が微笑んだ気がした。
オリハは温もりがなくなるまで手を離さなかった。
何に対してのお礼だったのだろうか?
子供らに愛情を注いでくれた事。
料理を美味しいと言ってくれた事。
娘として愛情を注いでくれた事。
それは言葉にしたオリハにしか判らない。
翌朝泣き噦る子らにその場を頼み警備の者を呼びに行き報告をした。
昨晩、グレイズが亡くなったと。
幾つか質問をされたが七十を超えた年齢だったのもあり、疑われる事はなかった。
親族もいなかったので、施主としてオリハが執り行った。
とはいっても司祭に連絡をして棺の手配と献花の準備をするくらいだ。
墓は自分で用意してあった。
隣に奥方のお墓があった。
穴はオリハが魔法で掘った。
埋める時は親しかった近所の人らで行う。
オリハは黒い服を着た。
子供らにも用意した。
背も伸び直ぐに着れなくなるが用意した。
親族ではないので必要はなかったが敢えて着せた。
それが貰った感情へのお返しの様な気がしたから。
司祭が主への祝詞を唱える。
半刻程の祝詞奏上の後、献花を行う。
施主として献花をしてくれる参列者に一人一人、礼をした。
その横にハルとアキとナツとフユが並んだ。
鼻を啜りながら頭を下げた。
ふと大柄な影があった。
王族に相応しい礼服を纏った獣王だった。
「グレイズはこの国で最も古き年長者だった・・・王としてお悔やみを申し上げる」
「・・・ありがとう」
粗野な振る舞いもなく、年長者への礼を尽くした一礼に感謝する。
献花の際に「この幸せ者め」そう呟いた。
オリハ達は先を進む司祭の後に続いた。
その後を近所の有志の者達が棺を担いだ。
棺を穴に納め土をかけた。
最後に子供らに土をかけさせた。
司祭に合わせ祈りを捧げた。
新たな生命へと来世への幸せを願い。
儀式が終わり獣王が声をかけてきた。
「おうオリハ、これから住む場所はどうするんだ?」
「取り敢えず他の宿をとった、後はギルドで貸家でも探す」
「王宮に来てもいいんだぞ?」
「・・・寝所を襲われそうだから断る」
「ちっ・・・王妃か」
「言っておくが本気で抗うぞ?」
「ああ、それでいい・・・そんな女を屈してこその獅子だ」
そう告げ無邪気な微笑みを向けた。
背後に向日葵が咲いてみえた。
お、王族は誰でも花を咲かせられるのか?と心の中でオリハは悪態をついた。
ナツとフユに「強くなったな」と言い「だがまだ足りん、もっと強くなれ」と頭を撫でた。
手を振り去る獣王の背中は去年よりも大きく肥大化し、纏う魔力は密度を濃くしていた。
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