赤子に拾われた神の武器

ウサギ卿

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第5章 魔人国、後編

5-6 神の武器、母の誓い

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魔人国には冬がない。
人族の国や獣王国に雪が降ってもこの土地には降らない。
山脈の如く連なる火山地帯がこの土地を冷やす事を許さない。
日替わりで山が噴煙を吹き出すのだ。

気がつけば暦は二月となった。
この土地では既に小春日和を迎えていた。

今朝この屋敷に後発組が到着した。
港の様子を見に行ったり、伯爵家が行う魔道具の普及に協力したりと忙しそうにしていたエインだが、その日は報告を受けて問題点の洗い出し、状況の確認などを行なっていた。

忙しそうにしてはいるが適度に休憩も取っていて、前回のように二十四時間眠りにつける必要はなさそうだ。

こまめな休憩の理由はアキにあった。
オリハとセットではあるがアキの様子をよく見に来ていた。
ハルともよく遊んでくれている。

折角顔を出したのだからお茶くらい出さないわけにはいかない。
一応雇い主なのだから。

お茶を飲みながらアキの話をしたり、エインの仕事の進展を聞かされたりとオリハ自身も退屈せず楽しく過ごせた。
ふと夫と子供二人の生活を想像してしまう。

・・・夫が変態?断る。

想像が終わるのは早かった。


そして昼過ぎには三組の段取りも終わり、明日の出立が決まった。
そしてオリハは溜息をついた。
あの時と同じ決意のこもった匂いを感じるからだ。

夕刻にマリアが久方振りにメイド服を着て現れた。
伯爵令嬢のマリアも良いがやはり見慣れたこちらな気がした。
そして手に持っていたドレスは一度見た事のあるものだった。

「こちらにお召し替え下さい」

最初にエインに用意されたドレスだ。
ハルもあの時と同じ物だった。

あの女子会から色々と話す事が増えた。
一緒にいる事も増えた。
マリアの友人も紹介してもらった。
だが趣味の話はついていけなかった。
だから聞いてみようと思った。

「・・・マリアよ」

「大丈夫です、悪いようにはなりません」

二の句も挟ませずに喜びの感情を表に出して微笑んだ。
また手のひらの上で転がされる覚悟をした。


「ああ!大変よくお似合いでございます!まるで天上の女神のようです!」

あの時と一言一句変わらず褒め称えられた。
しかも伯爵夫妻もいない。
どうせ転がされるならと乗ってみた。

「・・・何故エインが我のサイズを知っておるのだ?」

「私め、オリハ様に釣り合う物を見繕ったまででございます、着て頂ける様にドレスめが努力したのでしょう」

「・・・まあ良い、ハルのドレスに免じて許してやる」

「ありがとうございます!ハル様も大変愛らしゅうございます」

「えいんありがとー」

あの時は抱きかかえられたままだったハルが、エインに褒められたお礼を言い駆け寄った。

「あはは、ハル様にかかればこのエインめも形無しにございますね」

と笑顔で天使を持ち上げた。

「しかし困りました、もう暫しお付き合い頂くつもりで御食事の内容も同じなのですが」

「良い、あの時も美味しかったであろう?」

「いえ、味はあの時より美味しくなっております」

「ふむ、それは楽しみだ」

あの時とは違い積み重なったものがそこにはあった。


「・・・美味しかった」

「・・・私めもしてやられました」

味見もしておりましたのに、と言うエインの後ろにいるマリアの眼鏡がキラリンと輝いた。
ハルは横の席でぷふぅと満足している。
アキはマリアが背負ってくれている。

「申し訳御座いませんがワインの銘柄は同じ物です」

とマリアがワインを注いでくれた。
この場にはハルとアキも含め五人だけだ。

「それでこの趣向の意は何だ?」

「・・・アキの父親の件に御座います」

「誰なのだ?」

「現国王、私めの愚弟です」

「そう、か・・・」

オリハからすれば一番最悪の相手だった。
乳母と言う立場すら許される事はないだろう。
だが・・・マリアは微笑んでいたのだ。

(最後まで聞かんとな)

ワインを呷りエインを見た。
グラスに注ぎ入れてくれるマリアから感じる感情は変わっていない。

「愚弟は妻も子、男子も既におります」

「なっ!?」

「つまり不貞の子なのです・・・王族には・・・不文律があります」

そこまで聞けば不文律の内容を聞くまでもない。
不貞行為で子まで成せば王位交代すらあり得る。
不文律に法的根拠が無いと言い張れば国民から避難されるだろう。

「だから狙われたのか?魔人原理主義者に・・・まさか国王にっ?!」

「そこまでは・・・まだ、はっきりと分かっておりません」

エインはまだ、と言った。
つまり確実ではないだけだ。

「そこでアキの処遇に御座います」

「というと?」

「先日、正式に私めの愛息、養子となりました」

「・・・そうか」

深く息を吐いた。
これでアキが狙われる事はない。
最悪エインが未婚の女に産ませた子だと言い張る事も出来る・・・童貞だが。

そしてエインは本当にアキを可愛がっている。
心からそれが伝わる。

「私めの愛息という事は、オリハ様との間に出来た子供という事にございます」

「・・・は?」

「何かおかしな事でも?」

と口元に指を当て首を傾げる。
あの苛つかせる格好をする。

「待て、本当に意味がわからぬ」

「これは異な事を!私共、あれ程愛し合ったではございませんか!」

「・・・は?!」

「私め、忘れも致しません!二十四時間に渡り幾度も幾度も!」

「ま、待て」

「ありとあらゆる所をその美しい御御足で踏み躙られ!幾度もその豊満なお胸で窒息させられそうになりっ!」

「・・・そ、それは夢だ」

「激しくっ時に優しく鞭で叩かれっ!オリハ様に命令されてっ!幾度も幾度も子種を注がさせて頂きましたっ!!」

「だ、だからそれは夢だ!落ち着け!夢であろうっ?!」

「ですからアキはその時の子にございますっ」

ふんっ!と鼻息荒く言い切った。
いくらオリハでも「そうなのか?」となる訳がない。

「いや、そもそも・・・我、エルフだぞ?」

「・・・エ、エインリッヒ様?」

マリアが笑いをこらえて肩を震わせる。
片眉をあげて仕方ないと言わんばかりに息を吐いた。

「エインリッヒ・フォン・ドゥエムルとして依頼させて頂きたいのです」

「な、何をだ?」

「アキ・フォン・ドゥエムルをオリハ様の養子にお迎え頂きたい」

先程までのふざけた顔ではなく真面目な顔でそう告げた。

「ただ王族の長子に御座います、籍を抜く事は叶いません・・・私の長子としてオリハ様の養子に、となります・・・それで宜しければ」

頭をガシガシと掻き毟る。
喜びなのか感謝なのかよく分からないモノが脳にある。
脳から心に降りてこない。
実感が湧かないのだ。

「・・・嫁になればアキが付いて来る、などは言わないのだな・・・」

「それこそ異な事を、子供をダシにする様な男をオリハ様はお好きになられるのですか?」

「・・・ならぬ」

「ですが、むしろ女々しい男と罵って下さい、この様な形であっても惚れた相手と絆を結ぼうとする愚かな男と」

「それだけではないだろう?」

「今の私めでは・・・アキを守りきれません、この国で居場所を作ってやれません」

「その時が来ても・・・返さぬぞ?」

「その時が参りましたら、アキより先にオリハ様に申し上げます、愛していると」

「ぷっ!くっ、それは断る」

「大丈夫です、何度でも申します」

「この変態め」

「ありがとうございます、私めにとっては最高のご褒美に御座います」

いつものこうべを垂れた一礼なのにオリハには背後に青い薔薇が見えた気がした。

「・・・ならば我はこうすべきであろうか?」

マリアの背からアキを預かりエインに手渡した。
そしてエインの前で跪く。

「・・・騎士の誓いではなく母の誓いに御座いますか?」

そう軽く笑い合った。
「オホン」と咳払いを一つ。

「魔と力の柱の信徒たるエインリッヒが汝に求める十戒の内の四戒をここに授ける」

HONESTY正直であれ   LOYALTY誠実であれ   GENEROSITY寛大であれ   FAITH信念を持て

「この戒めを破る事なく我が子、アキの母となる事を誓うか?」

跪くオリハの肩にアキを置いた。

「誓う」

「では宣誓と誓いの証を」

アキを抱きかかえ言葉を紡ぐ。

「我、オリハは如何なる時もアキの母となり、天へと至るその時まで守り抜く事をここに誓う」

そしてアキの額に誓いのキスをした。


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