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第5章 魔人国、後編
5-5 神の武器、女子会
しおりを挟むあの日から仕事が減らされた。
そして新しい仕事が増えた。
役職は乳母というらしい。
オリハは母は仕事ではないと強く反論する。
だがそれは認められなかった。
王族の乳母に護衛や料理実演はさせられないらしい。
では乳母は何をするのだろう。
特に何をするわけでもない。
ただ母親をやるだけだ。
オリハからしたら勝手に我が子認定している。
だから仕事でなくても喜んでやる。
つまり暇だった。
教会の子らに「暇ではなくなった!」と豪語したのに暇だった。
むしろアキよりハルと遊んでいる時間の方が長いのは、仕事としてはやはり気がひける。
アキはおよそ生後半年未満に思われる。
噂の時期と合わせてもその辺りでしょうとエインが言う。
どうしても寝ている時間の方が長いのだ。
アキと言う名はこの子の母親がそう呼んでいたと冒険者の少女が教えてくれた。
もっと長い名前でアキは愛称らしいがそこまでは聞いていなかったようだ。
だが母親がそう呼んでいたのならそれが一番だと思った。
あの後、伯爵領に入り予定通り魔道具の配布と説明会。
料理実演が行われていた。
車の中で眺めていて美味しい御食事も提供される。
不満はないが暇なのだ。
していないのに護衛と料理実演の返金は受け取らないという。
だから説明会や実演、移動中に気配探査魔法で勝手に辺りを警戒したりしている。
体調不良もいつの間にか治った。
目眩も気配探査魔法が原因ではなかった。
前兆が始まり軽い目眩が起こった所に地図と視界を広げたせいで酷くなったようだ。
雨にうたれ身体を冷やした事でそれが更に悪化した。
スキルにより母乳がまた出るようになり、ホルモンというものが活性化していきなり始まったのだと推測した。
その痛みを回復魔法で治すのは不妊目的には良いが、妊娠を考えるならよろしくないと過去の所有者の記憶で知っていた。
特段相手はいない。
だがオリハには喜びでもあったのであえて痛みは受け入れた。
しかしそれも治ってしまった。
やはり暇だった。
子守唄代わりにハルと「ガタゴト」の歌を歌ってやるくらいだ。
たまにガタゴト以外の歌詞が出てくるほどハルは気に入ったようだ。
ただ口ずさんでいただけのマリアは恥ずかしがっているようだ。
巡業の旅は伯爵領から北東へ向かい王都を経由して国境の町まで行くらしい。
元々は魔人国ではそこまでの旅の予定であった。
だが今はアキがいる。
乳母としての仕事でいえば成人するまでとなる。
我が子認定した事でオリハは悩んでいた。
ハルのように連れまわす事は出来ない。
つまり我が子の為に魔人国に残るかどうかという事だ。
そしてアキが父親の所に行くことになればオリハはどうする事になるのか。
残るといえばマリアに「市井で公爵様の嫁の噂があるようだが?」と問うた所、笑顔のまま沈黙を持って是と答えてくれた。
「その噂を流したのはマリアか?」の問いに汗をかきながら沈黙を持って是と答えてくれた。
罰として耳を引っ張ってみたがマリアは喜ぶだけだった。
やはりドMは難しい。
「ガタゴトの歌」マリア作、と国中に広めれば罰になるだろうか?
何らかの方法を模索しなければならない。
ふとエインはどう思っているのだろうと気にはなった。
オリハ飼い殺し作戦としては充分な成果は期待できる。
だがその事柄での動きは感じない。
しかし変態なので油断は出来ない。
今日は伯爵領家に泊まる事になった。
マリアの生家だ。
てっきり変態の一族なのかと思ったがマリアが突然変異なだけなようだった。
オリハは車にいるつもりだった。
しかしマリアの命により伯爵家の侍女に拉致された。
生家だと侍女ではなく伯爵令嬢のようだ。
そしてドレスを用意されていた。
「公爵様のご希望」はやはり提示され、そして断った。
だが今回の他のドレスは令嬢や婚約者的な派手なものではなく、大人しい質素なものだったので受け入れることにした。
そして天使を天使にする別のドレスもしっかり用意していた。
マリアの父親、母親にあたる伯爵家の面々にエインは「アキの乳母です」と紹介した。
やはり乳母として取り込む気なのだろうか?
持ってきた食材で行った伯爵家の晩餐会は品評会のような体をなした。
量より品数、バイキング形式だった。
マリアの両親も興味を強く持ち、伯爵領での活動は引き継がれることになる。
引き継ぎ業務と後続の二組との合流もあり、しばらく滞在する事になるとエインから告げられる。
泊まるのは伯爵家の一室のようだ。
ベットもどこの姫君だと言わんばかりの代物だった。
遠慮したくなったがハルが目を輝かせ喜んだので諦めた。
滞在期間中はありがたい事に有効的に時間を潰すことが出来た。
マリアが「侍女の心得」という全三十巻に及ぶ厚い本を貸してくれた。
その中に性教育にまつわる項目もある。
一通り目を通すだけでかなりの時間を潰せた。
その他にも様々な如何わしい書があったらしいが、全て処分されていて両親と口論になっていた。
マリアはうっとりといかにその書が崇高な物なのかを熱く語っていた。
それを「聞きたくない!」と突っぱねる両親の気持ちは良く分かった。
万が一、万が一だがハルが将来マリアみたいになったらどうしよう?と考えさせられた。
止めるのだろうか?
それとも一緒に楽しむのだろうか?
マリアを見る限りは放置するのが一番な気がする。
あと伯爵家には直接温泉が引いてあったのもオリハを喜ばせた。
ハルは水風呂がなくて残念だったようだ。
アキもいるのでどちらにしても長湯は出来ない。
オリハにとって優先すべきはハルでありアキである。
他の者に任せるつもりはない。
乳母としても母としても。
なのでそれで充分満足した。
アキやハルを連れて街を散歩する事は認められない。
書を読む気分転換に自慢の薔薇園も見せてもらった。
薔薇を見るとあの時のエインを思い出してしまう。
薔薇も珍しい物から様々だが毎日は飽きてしまう。
「車でなら」とマリアが運転手で領内を案内してくれた。
見て回って公爵領がやはりずば抜けている事を思い知らされる。
やはりあの変態の手練手管によるものだろう。
そこはマリア自身もそう言った。
「少し遠出しましょう」
とマリアが街道をひた走った。
揺れもなくスムーズに他の車を抜いて行く。
速度を感じさせないのはスキルの恩恵なのだろう。
「侍女の嗜みです」
マリアは眼鏡に変化なくそう言ったが、その情報は少なくとも「侍女の心得」には載っていなかった。
伯爵領の北西の果て。
高い崖から大きな湾が一望出来る。
ハルが奇声をあげ楽しんでいる。
位置から鑑みてあそこは公爵領だろうか。
ではあれは人族の大地だ。
獣王国は・・・見えなかった。
「あそこで船と港を作っています」
立っている位置から右手の方で建設が始まっていた。
エインの夢の一つだ。
そしてオリハが望んだモノだ。
ハルやアキに捧げる未来の。
「オリハ様、これは私めの一存です」
「・・・ん?」
「エインリッヒ様では・・・駄目で御座いましょうか?」
「駄目ではない・・・だが良くもない」
真摯にそう言うマリアに嘘を言う気はない。
変態だがマリアも勝手に友人認定している。
「アレは大事な友人だ、夫になど勿体ない」
素直にそう思った。
「少なくとも我にはアレはアレだから良いのだ、我の型にはめたアレなど見たくもない」
「・・・確かにおっしゃる通りですね、アレがアレでなければただの豚です」
と眼鏡をクイっと押し上げた。
「であろう?」
「この間叱りつけた後なんてしばらくオリハ様に近寄れませんでしたしね」
「椅子の影からチラチラと見られて不快だった・・・」
「あれは気持ち悪うございました」
「マリアも避けられておったではないか」
「目が合う度にビクっとしておられましたね、私めと初めてお会いした時も・・・」
変態を餌にした女子会は帰りの車でも続いた。
伯爵家では公爵様のくしゃみがとどまる事を知らなかったという。
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