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第5章 魔人国、後編
5-4 神の武器、痛みと喜び
しおりを挟む「今戻った」
「おかえ、オリハ様っ?!」
赤子の泣き声のする車に戻った。
まだ後続車は合流していなかった。
このまま上がるのはまずかろう、と髪を絞り身体に纏った雨を手で払った。
車内では料理人が金色の髪の赤子に何かを飲ませようとしている。
ハルがその横に座ってそれを眺めている。
マリアは侍女用の荷物を漁っていた。
魔人の少女がベットに腰掛けてタオルを被っている。
エインは濡れ透けた肌着姿のオリハを見てあたふたとしている。
「お、オリハ様、そ、そのお姿は?」
「黙れ、察しろ」
「おふぅ」
目眩も気怠さも重さを増していく。
オリハは思わず蔑んだ目で見てしまい変態を喜ばせてしまった。
「おかいり」
そう微笑むハルを抱きしめる。
「おかあさん、つめたい」
と嫌がるが「あとで乾かしてやる、だからもう少し、もう少しだけだ」と抱きしめた。
「オリハ様、タオルを」
とマリアが差し出してくれた。
名残惜しいが全身びしょ濡れだ。
軽く髪を拭き身体を撫でた。
身体が芯から冷えきった感じだ。
重く怠い。
赤子が白湯をイヤイヤと押しのけている。
そして泣き叫ぶ。
もう存在しない乳を求めて。
「・・・飲まぬのか?」
「気に入らないみたいで・・・」
大きく息を吐いた。
この子はハルとは違う。
希少種でもなければ同族のいる国だ。
エインの話で言えば王族に連なる子だ。
決して我が子にはならない。
別れが辛くなる。
・・・だからなんだと言うのだ。
欲しいならあげればいい。
オリハは脳筋だった。
オリハは半ば諦めていた。
己のスキルが母乳に関するものだと。
だから発動に至る鍵を探した。
マリアであれば、その乗り物の名前を呼んだり、関する事柄を心の中で命じたりする事がスキル使用の鍵となるはずだ。
例えば(goddess oricha typeL 貴方に命を吹き込んで差し上げます)と心で念じる事でスキルが発動する。
goddess orichaは車名だ。
命名はエインである。
本来であればスキルを得た時に魂が教えてくれる。
そして使用する度に魂がその効果を教えてくれる。
オリハはスキルを得た状態の肉体を得たので、そこが存在していなかった。
あと例外があるとすればティダの直感力だろう。
無作為に発動するので鍵が無いはずだ。
作戦を立てるのに無理やり行使した際は、逆に鍵を作ったはずだ。
そしてオリハは思い至る。
そして溜息をついた。
そして愛らしい輝く金色の髪の赤子を見た。
何故同じ髪なのにこっちは天使で、あれは豚なのだろう?
心の底から溢れる想いが顔に現れる。
心の中でも大丈夫なのだが思わず口にする。
「お主は・・・我が子だ」
そして魂が告げた。
スキルの名前と発動と効果を。
オリハは静かに驚いた。
スキル名は[母乳]ではなかった。
だがそれを慮るのは今では無い。
我が子がお腹が空いたと泣いているのだ。
「ふあっ!?」
とエインが声を上げる。
オリハが上の肌着を脱ぎ捨てたからだ。
どちらにしても透けてほぼ見えていたのだから問題あるまい、とやや脳筋。
次の瞬間マリアがエインを椅子に座らせて目隠しをしていた。
さすが侍女の嗜みだ。
「その子を」
と料理人から我が子を受け取りハルの横に腰掛ける。
そして・・・乳をあげた。
赤子に乳をあげながら話をした。
オリハとハルの座るベットを囲うように椅子を置いて。
エインもだ。
当然目隠しはされたままだ。
母乳に関してはスキルだと端に説明した。
「さすがはオリハ様ですっ!聖母の二つ名に相応しいスキルでございますっ!」
と騒々しく明後日を崇める変態は無視した。
街に着いて宿にいた不埒者を全てのした事。
二人の冒険者は命に別状は無い事。
この子の母親は亡くなった事。
最後の言葉を聞いてやれなかった事。
衛兵にエインの名を出して後処理を頼んで戻ってきた事を話した。
不埒者の一人を天井に埋めた事と衛兵を脅した事は言わなかった。
あのエルフの女性を慮った故だ。
衛兵を脅したのは・・・やり過ぎたかもしれないと黙っていた。
冒険者の少女も二人の無事を聞き喜んだが、この子の母親が亡くなったと聞いて顔を両手で覆い隠した。
エインも知っている者だったのだろうか?
下唇を噛み締めていた。
目隠しのままで。
赤子が乳を飲み終え満足したようで口を離した。
その様子を見てオリハはホッと一息ついた。
その瞬間だった。
急激な痛みが襲ってきた。
その場で呻き蹲った。
その声にエインも慌てて目隠しを取った。
何か言いたいが思いつかない。
マリアが何故か「侍女失格です!」と謝っている。
そんな事はないと言ってやりたいが口が呻き声しか出せない。
思考を奪うその痛みで何も考える事が出来なかった。
そしてオリハはそのまま気を失った。
ふと目を覚ました。
新しい我が子からお腹が空いたとメッセージが届いたからだ。
オリハの左右にはハルと赤子が寝ている。
ベットの縁でマリアが寝息を立てていた。
辺りは真っ暗だ。
まだ頭がフラフラとする。
いつの間にか布団のシーツが毛皮になっていた。
(ファイアボアか?・・・温かい)
ボーッとする思考のまま泣く寸前の赤子を抱いて乳をあげる。
少し下腹部と背中がズキズキとする。
何処かでぶつけたのだろうか?と訝しげに思う。
だが記憶にないので考えるのをやめた。
頭がフラフラと働かない。
乳を飲み終えた赤子のゲップを出してやりそのまま横になった。
ふと目を覚ました。
辺りは明るかった。
新しい我が子が気持ち悪がっていた。
ハルはまだ寝ていた。
まだ少し頭がフラフラとする。
痛みはまだある。
「オリハ様!起きられましたか」
とマリアが呼んだ。
「気が至りませんでした、申し訳ございません」
「侍女失格です」と謝る。
「そんな事はない、変態なだけだ」と首を横に振った。
それよりもオムツを替えてやらなければならない。
「私めがやりますから」
とマリアが言ってくれた。
リュックにハルのお古があると伝えた。
オムツを替える様子を上半身を起こして眺めていた。
男の子のようだ。
やはり夢精のような性教育も学ばなければならない、などと考えていた。
いつかお別れという思考は残っていなかった。
「お、お、オリハ様っ!!!」
誰かから起きたと聞きつけたのかエインが飛び込んできた。
「私め!私めっ!心配致しましたっ!」
と涙ながらベットに縋り付いた。
鬱陶しいが申し訳なく思い仕方なく謝辞を告げる。
ふとあの後どうなったのか気になった。
「そちらは問題ありません、今はゆっくりとお休み下さい」
と鼻を鳴らした。
「それよりも・・・私め、初めて見ました」
「・・・何をだ?」
天井に不埒者をめり込ませた事だろうか?
衛兵を脅した事で何かあったのだろうか?
頬に両手を添え肌を菫色に染めたエインが言った。
「淑女の方のお股から血が垂れしたるのを・・・」
「エインリッヒ様!」
とマリアがエインの耳を引っ張った。
「い、痛いですっ、それは嫌です!」
成る程、それなら嫌がるのか、と知ることが出来た。
「そういう事を仰るからいつまでも童貞なのです!」
・・・血が?何処から?
「いっ!ど、童貞は私めの誇りですっ!」
ふと過去の所有者を思い出した。
「淑女のそういう所は弄ってはなりません!」
確か・・・エルフの女性は年に一度であったか。
「弄る喜びを覚えて頂くのは結構ですが、方向を間違ってはなりません!」
そうか・・・我はヒトではないのかも知れぬが・・・
「そっ!そのような弄る喜びなどっ!ま、マリア!わかりました!痛いっ、それは嫌ですっ!」
「うっ・・・ううっ・・・ううううっ」
堪えきれず声も涙も止められなかった。
後ろに仰向けに倒れ込み両の手で顔を覆った。
「いやっち、違いますっ!見たと言っても一瞬でございますっ!私め忘れましたっ!」
そんなオリハを見てエインが慌てる。
いや、違うのだ。
見た事は後で耳を引き千切ってから回復魔法で引っ付けて、また耳を引っ張ってやる。
だが・・・違うのだ。
更なる嗚咽と涙があふれでる。
己が少女の様に噎び泣く日が来るとは思わなかった。
「も、申し訳ございません!その様なつもりでは・・・」
マリアの眼鏡が発光する。
「いっ!は、反省致しております!ですからそれはっ!」
・・・子は成せる・・・女であったか。
「オリハ様の分です」とマリアに両耳を引っ張られるエインの横で、一介の生物としてようやく認められた事に喜ぶ物質がそこにあった。
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