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第4章 魔人国、前編
4-2 神の武器、生脚
しおりを挟む食事を終えたオリハは宿で地図を広げた。
魔人国は大きく反り返った魚の様な形をしている。
魚というかシャチホコが近いかもしれない。
今いる場所は尾の部分だ。
ここから東へと行くと大きな運河が流れ込む湾があり、狭まる大地が尾の付け根の様に見える。
そこから膨らむ様に大きく大地が北と東に広がる。
点線で区切りがあり領地が記されている。
尾の部分全体がドゥエムル公爵領となっている。
王都は東側の中央辺りだ。
尾の中心に公爵家がある街があり弧を描く様に町や村が点在していた。
地図を確認してから一階へ出向き、侍女にこの辺りの情報を聞いた。
南に行けば公爵家がある街、南東に進めば火山地帯で魔物が徘徊している。
冒険者ギルドで魔物の間引きなどの依頼を出しているとの事。
ちなみに街道を車で行けば半日で着く距離に町々があるように整備されており、車での移動を推奨された。
南西に行けば公爵家が管理している農場と丸薬の工場があり、魔化した農作物の実験場もあるとの事。
礼を言い冒険者ギルドの場所を聞いてハルを抱え一旦宿を出た。
侍女は見送った後に何かを思い出したが、聞かれてもいないのに答えるのも変だわ、と考えるのをやめた。
冒険者ギルドで依頼票を眺める。
魔物の素材の収集や薬草などの採取、定期討伐などが並んでいた。
特に緊急性の高いものはなさそうだ。
手の空いてそうな受付嬢にギルドカードを見せて魔物に関する情報を聞いた。
街道や町々は魔素を利用した魔道具により魔物避けが施されていて滅多に被害はないらしい。
経済が国家主導で安定しているので他の種族の国と比べて野盗などは出ないそうだ。
ただ「野盗ではありませんが」と前置きがあり「他種族の方は原理主義者という過激派に気をつけてください」と言われた。
魔人が一番優れた種族だと主張する一団らしい。
そしてギルドカードを返却された。
「あの・・・腐竜殺しの聖母のオリハさんですか?!」
既に広まっていたようだった。
否定するのも変なので「そう呼ばれているらしいな」とだけ返事をした。
桃色の声が上がり数人の受付嬢に囲まれ応援しています!とか同じ女性として誇りに思います!など握手をされた。
後ろの方から冒険者のやっかみが聞こえなくもない。
オリハはティダはこんな気持ちだったのか、とギルドを後にした。
その後はふらふらと街中を散策して宿に戻った。
飲食店がないので面白くなかったようだ。
夕食はハルは冷凍してある食事を解凍して食べさせ、オリハは宿の食事を味付けをしなおして誤魔化した。
翌朝同様に食事を済ませて宿を出た。
車の乗合場所があり、個別に頼んだり大型の車で複数で目的地に行けたりと色々出来るらしい。
ちょうど昨日の運転手がいたので、農場を見て先の町に行きたい旨を伝えたところ、快諾してくれたので彼に頼んだ。
車で行く街道はきれいに整備されており、揺れもなく快適だった。
見晴らしは大変よく広がる野原に切り立った崖が所々見受けられる。
遠くに大きな山も見受けられ「運転手がたまに噴火してます」と教えてくれた。
ハルも珍しい景色に窓際から離れようとしない。
三刻程で農場に着いた。
運転手にしばらく待ってもらうよう頼んだ。
休憩も兼ねてのんびりしてくれるそうだ。
オリハとハルの目の前には一面緑色の畑が広がっている。
葉物の野菜のようだ。
あれが丸薬になるのだろうか。
奥にはまだ芽も出ていないのだろう、土色の畑も広がっている。
収穫する人から肥料を撒く人、耕す人と別れて従事する人は沢山いるようだ。
「旅の方ですか?何か御用で」
そう言って一人の壮年の農夫が声をかけて来た。
ハルがオリハの手を握ったままペコリと頭を下げた。
「国家で運営している畑があると聞いて見に来たのだが迷惑だろうか?」
「大丈夫ですよ、工場は立ち入り禁止ですが」
もの好きな方だ、と機嫌よく教えてくれた。
「やはり収穫は早めなのか?」
「そうですねえ魔化で脚が生えたら食べられませんからね」
「そういえば魔化した農作物の研究もやっていると聞いたのだが?」
「あそこの柵の所で飼育してますが・・・あまりお勧めしませんよ?」
と奥を指差した。
今頃ちょうど水をあげてる頃でしょう、と。
「・・・見に行って構わんのだろうか?」
「研究施設でなければ・・・構わないはずですが・・・」
「子供さんには刺激が強いですよ」「本当にもの好きなな方だ」と呆れながら仕事に戻って行った。
どうするか悩んだが折角来たのだから、と意を決して見に行くことにした。
網の格子の向こうに野菜が見える。
ここで生育されていない野菜のようだ。
人参や南瓜や様々な野菜だ。
格子の外から白衣を着た魔人の女性がジョウロで水をあげている。
野菜達がその水を浴びに近寄ってくる。
そしてもれなく全てに生脚が生えている。
毛のように見える根が生えた脚もあれば、キレイな根のない脚もある。
大根と思しき野菜から大根のような脚が生えている。
脚はあるのに目も口も鼻もやはりないのだなあ、と柵の手前で眺めていた。
ハルが近寄ろうとオリハの手を引っ張るがどうしても嫌だった。
「あら・・・見学の方ですか?」
思わずビクっと反応してしまった。
水をあげていた女性が声をかけてきた。
脚の生えた野菜達がオリハとは反対側へ走っていった。
ハルが興奮している。
「あ、ああ、どんな事をしているのか興味があってだな、じ、邪魔をした」
立ち去るつもりだったオリハに食い気味に近寄ってきた。
「まあ!そんな事ないですよ!見学は歓迎してますからっ」
「見学の方もたまにいらっしゃいますが皆さんこちらは来てくれないんですよ」
それはそうだろうと思った。
やはり不気「こんなに可愛いのに」
おそらく引き攣った笑顔をしている自覚のあるオリハに、掛けている眼鏡を指でクイっとあげながら被せてくる。
「同じ野菜でも生える脚が違うんですよ、野菜にも個性があるんですよね」
「あ・・・ああ」
「でもですね、調理の為に切った時はどんな野菜でも脚の動きが同じなんですよ!」
こう、ピクピクっとしてパタンと手で説明してくれた。
「そ、そういえば!車を待たせてあったのだ!為になった、ありがとう!」
そう言いハルを抱き早歩きで道を戻った。
後ろから「また来てくださいねー」と声がしたが御免被るつもりだ。
ハルは「やー!」と野菜に手を伸ばしていた。
やはりアレを食べる気は起きなかった。
車に戻った時にハルが興奮しているのを見て、運転手が「何か面白いものでもありましたか?」と聞いてきたので「魔化した野菜だ」と答えたら「・・・もの好きですね」と言われた。
その後、昼休憩を挟み次の町に向かった。
夕刻前には着くことが出来た。
料金を支払い運転手に感謝を述べた。
宿を取る前に栄養の取れる丸薬と筋の多そうな干し肉を選んで買った。
宿で調理場を借りさせてもらうつもりだ。
ハルのゴハンが底をつく前に。
宿で部屋を借りる時に調理場を借りたい、と伝えたら了承してもらえたのでチップに銀貨を払っておいた。
部屋でハルに夕食を食べさせて少し時間をおいてから調理場を借りに降りた。
まだ使用中かと気を使ったがもう火を落としていたので遠慮なく使わせてもらう。
干し肉を包丁の背で軽く叩き細切りにする。
鍋に水を張り火をつける。
湯が沸いたら干し肉を放り込む。
グツグツとアクを取りながら煮込む。
さらにグツグツとひたすら煮込む。
干し肉の筋がぷるんとしたら味見をする。
(や、野菜が!野菜の甘みが!)
と思ったが頭の中にあの脚が出てきたので、諦めて調味料で味を整えてエセテールスープの完成だ。
フライパンに砂糖を入れ火をつけた。
丸薬を少し噛んでみる。
やや苦味があるが気になるほどではない。
複数の丸薬を細かめに砕いて粉末にしてべっこう飴にふりかけた。
後は魔法で浮かせて丸の形に形成すれば完成だ。
夕食はエセテールスープとパン、食後のデザートは栄養の取れるべっこう飴だ。
食べながら思う。
(・・・及第点といったところか)
オリハは胸に秘めた食欲をもう止める事は出来そうになかった。
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