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後輩くんに壁ドンで告られる
チャラい男は大嫌い
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「ところでほかの人は?先輩、知り合いを連れて来るって…」
「急に都合が悪くなったのよ」
失恋の傷の痛みを慰め合うはずが、その友人は勝手によりを戻してしまい「わたし、初詣は彼と行くことになったから」とか言って元サヤに収まった。裏切り者め。
「それできみの友人はどこいいるの?」
「それが急に都合が悪くなりました」
「は?」
「俺と先輩だけですね」
「…帰る」
冗談じゃない。二人っきりで初詣に行くほど黒崎くんと親しくないし、もしも知り合いの誰かに目撃されて勘違いされたら面倒くさい。
クルッと踵を返して立ち去ろうとしたわたしの手が、後ろからハシッと掴まれた。
「待って先輩…」
「あ…」
「あっ」
小さな声が重なり、二人とも凍りつく。
「す、すみません」
掴んた手をパッと放し、彼はその手でばつが悪そうに頭を掻いた。
手を…握られた。その温かい感触が残っている。動揺を隠し、わたしはあえて冷たい声を出した。
「だって黒崎くんと二人だけじゃあ…ね。誰かに見られて勘違いされるのはきみも嫌でしょ」
「俺は…かまわない」
「えっ」
「いや、あの、せっかくだから俺たちだけで行きませんか?」
わたしの声に被せるように言われたからよく聞こえなかったけど、かまわないと言われた気がする。
見られてもかまわない…ということ?
それはどういう意味?
「駄目ですか先輩」
「うーん」
「俺、せっかくこんな格好で来たから初詣に行きたいです。独りじゃちょっと恥ずかしいというか」
「それはそうよね」
「やった!じゃあ決まりですね」
やった…?
…かわいい言い方をして。
はにかんだような彼の笑顔になぜかドキッとした。
きみってこんな子供っぽい笑顔も見せるんだね。初めて見たよ。
まあ…でも。
わたしは彼の年上で先輩だから、年下くんがちょっとかわいいなあと思っただけだ。
「さあ、行こうか。遅くなっちゃったし」
「そうですね。行きましょう」
「あ、思い出した」
「何ですか」
「まだ遅れたことを謝ってもらっていないわ」
「ああ、そうでした。遅れてすみませんでした」
彼と並んで駅のホームに向かって歩く。わたしの身長は百七十センチにちょっと届かないくらい。女性としては背が高いほうだ。
ハイヒールを履いたわたしの目線より彼のそれは少し上にあって、並んで歩くと、何と言うか…ちょうどいい。
人が見たらカップルに見えるだろうか?
お似合いのカップルに…。
「先輩?」
「えっ?」
「いえ。急に黙っちゃったから」
「あ、ごめん」
訝し気に首を傾げてわたしを見つめる彼の視線が、何だか熱が籠っているような気がした。
彼から目を逸らし、その場の雰囲気を誤魔化すために口を開いた。
「そう言えば遅れた理由を聞いていなかった」
「途中で可愛い女の子を見かけてナンパしてました」
「はっ?」
「いやあ。二人連れだったんだけど、どっちも可愛くて意気投合しちゃって」
「…嘘だよね?」
「嘘ですね」
コイツ…わたしを馬鹿にしてる…。
「やっぱり帰るっ!」
カッとなって叫んだ。さっきのように手を掴まれないように自分の胸を腕で抱くようにした。正月なのに混雑している駅の構内を足早に歩く。
「待って!七尾先輩待ってください!」
後ろから追ってくるのを構わず、スピードを上げて角を曲がると、小柄な年配のご婦人にぶつかってしまった。
「あ、ごめんなさい!」
よろけたその人を咄嗟に抱えて転ぶのを防ぐ。危ないところだった。こんなところで転んだら怪我をしてしまうだろう。
「本当にごめんなさい。お怪我はないですか?」
「ああ驚いた。大丈夫ですよ。お嬢さん」
ご婦人の肩を抱いていた手を放す。こちらまで和んでしまうような柔和な笑顔を浮かべている。
「わたしの不注意です。すみませんでした」
「どうしたんですか先輩?」
ああ、しまった。自分の不注意で彼に追いつかれてしまった。でも元はといえばコイツのせいだ。
「わたし、ずうっときみが来るのを待っていたんだよ」
「え…」
「四十分以上も遅れてさ。寒いなかを、きみが来るのを待ってたんだよ」
「…」
「どうしたんだろう、もしかしたら何かあったんだろうかとか、すごく心配してさ」
「…すみません」
「それなのにきみはくだらないジョークを言ってわたしを馬鹿にしてさ」
「馬鹿にしてなんかいません」
「きみ、チャラいね。わたし、チャラい男は大嫌いなんだ」
「すみませんでした」
「チャラ男くん。きみは付き合っている彼女にもそういうチャラい態度を取るの?」
「彼女は…いないんです」
「えっ…」
今度はわたしが、"えっ"と驚く番だった。こんなイケメンなのに彼女がいないなんて…やっぱり性格が災いしているに決まってる。
「とにかく、どうして遅れたのかちゃんと説明して。彼氏でも、説明なく四十分も待たされたことなんてないんだから」
その時、わたしがぶつかってしまった老婦人が、
「ああ、あなたは」
驚いた声を出した。それまでわたしたちの(わたしの一方的な?)激しいやり取りを横で見ていたのだ。
「先ほどはありがとうございました。おかげでとても助かりました」
「間に会ってよかったですね」
「ええ。おかげさまで」
「それで、息子さんご夫婦は?」
「ちょっと買い物してくるって。福袋を買うそうなの。わたしは人ごみが苦手なので、この先のスタバで休んでいようと思ってね」
「そうだったんですか」
なになに?
いったい何が起きてるの?
わたしだけを除け者にして、ご婦人と黒崎くんだけで親し気に話しているわ。
「んっ、んん…」
「あ、先輩」
注意を引こうとして、さり気なく咳払いをすると、ようやくこちらを振り向いた。
「"あ、先輩"じゃないよ!どういうことなのか説明してくれてもいいと思うんだけど」
「そうですね。実は…」
「こちらは彼女さん?」
彼が話し始めたら老婦人が割って入った。
彼女だって?
わたしが?
「違いま…」
「そうです。俺の彼女なんです」
「えっ!!ちょ、ちょっと」
否定したのに、黒崎くんが強引に横やりを入れてきた。
「まあ、こんな美人の彼女さんがいらしたのね。とってもお似合いのカップルだわ」
「えっ、は?お似合い?」
美人だなんて…そんな…。
違う!
そうじゃなくて!
「わたし彼女じゃな…」
「実はね。先ほどこの人に助けてもらったんですよ」
「えっ、どういうことですか」
「離れた街に住んでいる息子夫婦が来てくれることになって、駅で待ち合わせしたんですけど、ね、滅多に外出しないから改札口がわからなくなって。西口と言われたんですけど、この駅は何か所も改札口があるでしょう?」
「ええ。確かにそうですね」
「それであっちへ行ったりこっちへ行ったりしてるうちに自分がどこにいるか分からなくなって、途方にくれているとこの人が…」
ご婦人は、居心地悪そうに佇んでいる黒崎くんを見た。
「この人が、どうされたんですかって声をかけてくれて。それで待ち合わせ場所の反対側にいることが分かって案内してもらったんです」
「なるほど」
なんだ。人助けをしていたのならそう言えば良かったのに。でも案内しただけなら四十分もかからないんじゃないのかな。
すると、まるでわたしの頭の中の疑問を読んだように、老婦人が言った。
「助かりました。もう大丈夫ですとわたしが言ったのに、この人はお年を召した方が一人でこんな場所に立っていると危険だからとおっしゃって、息子が来るまで一緒に待ってくれたんですよ」
驚いた。すごくいいヤツじゃないか。優しいし頼もしいし。そんな立派な行為、なかなか出来るものじゃない。
人と会う約束があるのにもかかわらず、困っているお年寄りに手を差し伸べるなんて。
人と会う約束が…わたしと…わたしとの約束をおろそかにして…コイツめ。
「急に都合が悪くなったのよ」
失恋の傷の痛みを慰め合うはずが、その友人は勝手によりを戻してしまい「わたし、初詣は彼と行くことになったから」とか言って元サヤに収まった。裏切り者め。
「それできみの友人はどこいいるの?」
「それが急に都合が悪くなりました」
「は?」
「俺と先輩だけですね」
「…帰る」
冗談じゃない。二人っきりで初詣に行くほど黒崎くんと親しくないし、もしも知り合いの誰かに目撃されて勘違いされたら面倒くさい。
クルッと踵を返して立ち去ろうとしたわたしの手が、後ろからハシッと掴まれた。
「待って先輩…」
「あ…」
「あっ」
小さな声が重なり、二人とも凍りつく。
「す、すみません」
掴んた手をパッと放し、彼はその手でばつが悪そうに頭を掻いた。
手を…握られた。その温かい感触が残っている。動揺を隠し、わたしはあえて冷たい声を出した。
「だって黒崎くんと二人だけじゃあ…ね。誰かに見られて勘違いされるのはきみも嫌でしょ」
「俺は…かまわない」
「えっ」
「いや、あの、せっかくだから俺たちだけで行きませんか?」
わたしの声に被せるように言われたからよく聞こえなかったけど、かまわないと言われた気がする。
見られてもかまわない…ということ?
それはどういう意味?
「駄目ですか先輩」
「うーん」
「俺、せっかくこんな格好で来たから初詣に行きたいです。独りじゃちょっと恥ずかしいというか」
「それはそうよね」
「やった!じゃあ決まりですね」
やった…?
…かわいい言い方をして。
はにかんだような彼の笑顔になぜかドキッとした。
きみってこんな子供っぽい笑顔も見せるんだね。初めて見たよ。
まあ…でも。
わたしは彼の年上で先輩だから、年下くんがちょっとかわいいなあと思っただけだ。
「さあ、行こうか。遅くなっちゃったし」
「そうですね。行きましょう」
「あ、思い出した」
「何ですか」
「まだ遅れたことを謝ってもらっていないわ」
「ああ、そうでした。遅れてすみませんでした」
彼と並んで駅のホームに向かって歩く。わたしの身長は百七十センチにちょっと届かないくらい。女性としては背が高いほうだ。
ハイヒールを履いたわたしの目線より彼のそれは少し上にあって、並んで歩くと、何と言うか…ちょうどいい。
人が見たらカップルに見えるだろうか?
お似合いのカップルに…。
「先輩?」
「えっ?」
「いえ。急に黙っちゃったから」
「あ、ごめん」
訝し気に首を傾げてわたしを見つめる彼の視線が、何だか熱が籠っているような気がした。
彼から目を逸らし、その場の雰囲気を誤魔化すために口を開いた。
「そう言えば遅れた理由を聞いていなかった」
「途中で可愛い女の子を見かけてナンパしてました」
「はっ?」
「いやあ。二人連れだったんだけど、どっちも可愛くて意気投合しちゃって」
「…嘘だよね?」
「嘘ですね」
コイツ…わたしを馬鹿にしてる…。
「やっぱり帰るっ!」
カッとなって叫んだ。さっきのように手を掴まれないように自分の胸を腕で抱くようにした。正月なのに混雑している駅の構内を足早に歩く。
「待って!七尾先輩待ってください!」
後ろから追ってくるのを構わず、スピードを上げて角を曲がると、小柄な年配のご婦人にぶつかってしまった。
「あ、ごめんなさい!」
よろけたその人を咄嗟に抱えて転ぶのを防ぐ。危ないところだった。こんなところで転んだら怪我をしてしまうだろう。
「本当にごめんなさい。お怪我はないですか?」
「ああ驚いた。大丈夫ですよ。お嬢さん」
ご婦人の肩を抱いていた手を放す。こちらまで和んでしまうような柔和な笑顔を浮かべている。
「わたしの不注意です。すみませんでした」
「どうしたんですか先輩?」
ああ、しまった。自分の不注意で彼に追いつかれてしまった。でも元はといえばコイツのせいだ。
「わたし、ずうっときみが来るのを待っていたんだよ」
「え…」
「四十分以上も遅れてさ。寒いなかを、きみが来るのを待ってたんだよ」
「…」
「どうしたんだろう、もしかしたら何かあったんだろうかとか、すごく心配してさ」
「…すみません」
「それなのにきみはくだらないジョークを言ってわたしを馬鹿にしてさ」
「馬鹿にしてなんかいません」
「きみ、チャラいね。わたし、チャラい男は大嫌いなんだ」
「すみませんでした」
「チャラ男くん。きみは付き合っている彼女にもそういうチャラい態度を取るの?」
「彼女は…いないんです」
「えっ…」
今度はわたしが、"えっ"と驚く番だった。こんなイケメンなのに彼女がいないなんて…やっぱり性格が災いしているに決まってる。
「とにかく、どうして遅れたのかちゃんと説明して。彼氏でも、説明なく四十分も待たされたことなんてないんだから」
その時、わたしがぶつかってしまった老婦人が、
「ああ、あなたは」
驚いた声を出した。それまでわたしたちの(わたしの一方的な?)激しいやり取りを横で見ていたのだ。
「先ほどはありがとうございました。おかげでとても助かりました」
「間に会ってよかったですね」
「ええ。おかげさまで」
「それで、息子さんご夫婦は?」
「ちょっと買い物してくるって。福袋を買うそうなの。わたしは人ごみが苦手なので、この先のスタバで休んでいようと思ってね」
「そうだったんですか」
なになに?
いったい何が起きてるの?
わたしだけを除け者にして、ご婦人と黒崎くんだけで親し気に話しているわ。
「んっ、んん…」
「あ、先輩」
注意を引こうとして、さり気なく咳払いをすると、ようやくこちらを振り向いた。
「"あ、先輩"じゃないよ!どういうことなのか説明してくれてもいいと思うんだけど」
「そうですね。実は…」
「こちらは彼女さん?」
彼が話し始めたら老婦人が割って入った。
彼女だって?
わたしが?
「違いま…」
「そうです。俺の彼女なんです」
「えっ!!ちょ、ちょっと」
否定したのに、黒崎くんが強引に横やりを入れてきた。
「まあ、こんな美人の彼女さんがいらしたのね。とってもお似合いのカップルだわ」
「えっ、は?お似合い?」
美人だなんて…そんな…。
違う!
そうじゃなくて!
「わたし彼女じゃな…」
「実はね。先ほどこの人に助けてもらったんですよ」
「えっ、どういうことですか」
「離れた街に住んでいる息子夫婦が来てくれることになって、駅で待ち合わせしたんですけど、ね、滅多に外出しないから改札口がわからなくなって。西口と言われたんですけど、この駅は何か所も改札口があるでしょう?」
「ええ。確かにそうですね」
「それであっちへ行ったりこっちへ行ったりしてるうちに自分がどこにいるか分からなくなって、途方にくれているとこの人が…」
ご婦人は、居心地悪そうに佇んでいる黒崎くんを見た。
「この人が、どうされたんですかって声をかけてくれて。それで待ち合わせ場所の反対側にいることが分かって案内してもらったんです」
「なるほど」
なんだ。人助けをしていたのならそう言えば良かったのに。でも案内しただけなら四十分もかからないんじゃないのかな。
すると、まるでわたしの頭の中の疑問を読んだように、老婦人が言った。
「助かりました。もう大丈夫ですとわたしが言ったのに、この人はお年を召した方が一人でこんな場所に立っていると危険だからとおっしゃって、息子が来るまで一緒に待ってくれたんですよ」
驚いた。すごくいいヤツじゃないか。優しいし頼もしいし。そんな立派な行為、なかなか出来るものじゃない。
人と会う約束があるのにもかかわらず、困っているお年寄りに手を差し伸べるなんて。
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