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アライシャ、恋をする
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「アライシャさま。わたくしにご相談とは何でございましょう」
「もっとこっちへ来て。その椅子に座って」
「はい」
ベッドの横に腰を下ろしたエミリアは姿勢を正した。
「お加減がいかがでございますか」
「大丈夫よ。ちょっと疲れただけだから」
「無理をなさってはいけませんよ。ギリアス様のおっしゃるとおりでございます」
「ええ。わかっている」
エミリアはわたしの乳母でもある。母はわたしが産まれてほどなくして死んだ。だからわたしは母の顔を知らない。伯爵家出身の母は父に見初められ皇帝アルスタの側室となった。死後に皇貴妃の称号を賜るほどに寵愛を受けたと聞いている。母の子はわたしだけだ。
「なんというか胸が苦しいのです。医師に訴えても異常はないと言う」
「それはいけませんね。しかしながらお医者様がそうおっしゃるのなら、わたくしごときが何を申し上げられましょう」
「エミリアならきっと…あの」
口ごもってしまう。それ以上は言いにくい。でもエミリアならきっとわかってくれる。
「そのう。ええと」
「はい?なんでございましょう」
「ギリアスはいない?誰も聞いていないかな」
「ここにはアライシャさまとわたくししかおりませぬ」
「そうか。ええと」
「?」
エミリアは不思議そうに首を傾げる。
「あのね。あのお方に、エルランド王子にお会いしたあの日から胸が苦しいというか動悸がして、あの方のことしか考えられなくて、考えると身体が熱くなる。なんでかな」
一気に喋った。少し楽になった気がした。エミリアは驚いたように目を丸くしていたが、すぐに唇の端に笑みを浮かべた。
「それはいけませんね。アライシャさま。その病に効くお薬はきっとお医者さまでも処方できませぬ」
「えっ!そ、そうなの」
「はい。それはですね。恋の病というものでございますよ」
「は…?」
自分でも薄々感じていたことをはっきり指摘されてしまい、腑に落ちると同時に急に恥ずかしくなった。きっと真っ赤になっているであろう顔を隠すために、絹の薄がけを首の上まで引っ張り上げた。
恋。恋?
これが恋…なのか。
恋ってこんなに苦しいのか。
こんなにも切ないのか。
でも…わたしは。
「でもどうしたらいいの?エミリア。わたしはどうしたらいい」
「アライシャさま…」
珍しくエミリアが言葉に詰まった。唇をぎゅっと結んでいる。わたしの手を取って優しく握る。
「かわいそうなアライシャさま。さぞかしお苦しいでしょう」
「うん。こんなにも苦しい痛みは経験したことがない」
「今度、エルランド王子がお越しになられたら…」
「それは駄目よ。あの方には言えないわ」
エミリアが何を言おうとしているのかわかったので遮った。あのお方に知られてはいけない。絶対に。わたしの気持ちを知られたくない。
もしもエルランド王子が知ってしまったら、きっともう会いに来てくれなくなるに違いない。それは耐えられない。わたしは寂しさのあまり、もがき苦しんだ挙句に死んでしまうだろう。長くない命ではあるけれど、恋の苦痛の中で死ぬのは嫌だ。
「もっとこっちへ来て。その椅子に座って」
「はい」
ベッドの横に腰を下ろしたエミリアは姿勢を正した。
「お加減がいかがでございますか」
「大丈夫よ。ちょっと疲れただけだから」
「無理をなさってはいけませんよ。ギリアス様のおっしゃるとおりでございます」
「ええ。わかっている」
エミリアはわたしの乳母でもある。母はわたしが産まれてほどなくして死んだ。だからわたしは母の顔を知らない。伯爵家出身の母は父に見初められ皇帝アルスタの側室となった。死後に皇貴妃の称号を賜るほどに寵愛を受けたと聞いている。母の子はわたしだけだ。
「なんというか胸が苦しいのです。医師に訴えても異常はないと言う」
「それはいけませんね。しかしながらお医者様がそうおっしゃるのなら、わたくしごときが何を申し上げられましょう」
「エミリアならきっと…あの」
口ごもってしまう。それ以上は言いにくい。でもエミリアならきっとわかってくれる。
「そのう。ええと」
「はい?なんでございましょう」
「ギリアスはいない?誰も聞いていないかな」
「ここにはアライシャさまとわたくししかおりませぬ」
「そうか。ええと」
「?」
エミリアは不思議そうに首を傾げる。
「あのね。あのお方に、エルランド王子にお会いしたあの日から胸が苦しいというか動悸がして、あの方のことしか考えられなくて、考えると身体が熱くなる。なんでかな」
一気に喋った。少し楽になった気がした。エミリアは驚いたように目を丸くしていたが、すぐに唇の端に笑みを浮かべた。
「それはいけませんね。アライシャさま。その病に効くお薬はきっとお医者さまでも処方できませぬ」
「えっ!そ、そうなの」
「はい。それはですね。恋の病というものでございますよ」
「は…?」
自分でも薄々感じていたことをはっきり指摘されてしまい、腑に落ちると同時に急に恥ずかしくなった。きっと真っ赤になっているであろう顔を隠すために、絹の薄がけを首の上まで引っ張り上げた。
恋。恋?
これが恋…なのか。
恋ってこんなに苦しいのか。
こんなにも切ないのか。
でも…わたしは。
「でもどうしたらいいの?エミリア。わたしはどうしたらいい」
「アライシャさま…」
珍しくエミリアが言葉に詰まった。唇をぎゅっと結んでいる。わたしの手を取って優しく握る。
「かわいそうなアライシャさま。さぞかしお苦しいでしょう」
「うん。こんなにも苦しい痛みは経験したことがない」
「今度、エルランド王子がお越しになられたら…」
「それは駄目よ。あの方には言えないわ」
エミリアが何を言おうとしているのかわかったので遮った。あのお方に知られてはいけない。絶対に。わたしの気持ちを知られたくない。
もしもエルランド王子が知ってしまったら、きっともう会いに来てくれなくなるに違いない。それは耐えられない。わたしは寂しさのあまり、もがき苦しんだ挙句に死んでしまうだろう。長くない命ではあるけれど、恋の苦痛の中で死ぬのは嫌だ。
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