かみてんせい

あゆみのり

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栄枯無常

青の教祖。

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「ついに見つけました!」
 旧アルケー湖。現「タチナナ教」本殿の青い廊下にに少女の声が響き渡る。
 
「その……駆け付けた時には、既に欠損が多く……狼などに襲われたようで――」
「かまわん!」
 青の教祖と呼ばれる、ツインテールのスライムが、青く半透明の腕を伸ばし、少女の抱えた布をさらう。
 
「おぉ…ナナ……久しいな」
 布にくるまれていたのは、小さな赤ん坊だった。
 その子を一目見ると、青の教祖は十年ぶりの涙を流した。
 
 懐かしい、友との再会だった。
 
「では、本当にこのお方が……?」
「あぁ源の力を感じる。わらわの授けた、水の源じゃ……懐かしいユニの香りもする」
 赤ん坊を連れてきた銀髪の少女は、瞳に喜びの涙を浮かべ、青の教祖を抱きしめた。

「高祖母からの夢が――ついに、叶いました。やっと、ズーミ様にお会いさせることが……母の汚名をそそぐことが……!」
「そう悪く言ってやるな。母上はわらわを信じられなかったというだけじゃ。――よくやってくれた。パール」
 パールと呼ばれた少女が、跪き頭をたれる。 

「あの人は!仕えるという尊さをしらなかったのです」
「お主は、大ババに似ておるよ……泣き虫のストレにの」
 よくやった。青の教祖はもう一度呟くと、パールの頭を一撫でした。

「しかし、なんと痛々しい姿で……、この二百年何度生まれ変わったのじゃ?なぜ、わらわの元に訪れなかったナナ?」
「残念ですが、そう長くはもたないかと思われます」
 少女が報告しなければならない事は、山ほどあったが一番大切で、一番言いにくいことをまずは口にする。
 厚手の布に包まれた赤ん坊の体は、「欠け」ばかりだった。
 唯一、人の形をしている胴体も、傷だらけで半分以上が黒ずんでいる。
 
「そうか……湯あみの準備を、綺麗にしてやらねば可哀そうだ」
 青の教祖の命をうけ、銀髪の少女は静かに部屋を後にした。
「すまんな。ナナ。お主がこんな状況で探し続けているとは、思わなんだ。わらわがもっと早く、全力でお主を探しておったら、もっと早く出会えたかもしれん」
 青の教祖には、赤ん坊の瞳のない黒い目が、少し微笑んだように思えた。

「わらわも、するべきことがあっての。……祝福のおかげで、みなおかしくなってしもうた。今や意志のある人間なんて、一握りなんじゃよ?信じられるかナナ」
 ゆっくり、優しく、赤ん坊の頬を撫でる青の教祖。
 彼女の顔には、長く積み重ねた悲しみの色が溢れている。

「人に助けられ、人に教わったわらわとしては、抵抗せんわけにはいかん。ナビとユニ「祝福なき者」としてこの教団を立ち上げたのじゃが……ごらんの通り、半数以上が人外じゃ」
 青の教祖は部屋を出て、瞳の無い赤子に周りを見せた。彼女か感じ取ってくれると信じ。

 かつてアルケー湖を賑やかし旗のように、色とりどりの青の柱が支える大広間。
 引き詰められた絨毯の色も濃い青。天井はまるで空を写したかのように、爽やかな青色だった。

 だが、その中に立ち並ぶ者達は違った。色も。形も。みな違う。
 色んな種族の生き物が、二本、四本、果ては六本の足で歩き、走り、騒いでいた。
 かつて、人々が魔獣と呼んだ生物までいる。
 
「わかるかナナ?いまや人語をしゃべる者も珍しい。世にも孤独な動物どもの集まりじゃ」
 青の教祖は、一人しゃべり続ける。
 彼女はいくつもの通り名を持っていた。「青の教祖」「スライムの女王」「二代目水の化身」
 そして、人間と魔物の架け橋となった最初の生き物「青の結び」とも呼ばれていた。

「タチナナ教。よい名前じゃろう?教義は一つ。「誠実に生きよう」じゃ……こんな名前じゃけど、どこぞの変態みたいなセクハラを教えたりしとらんよ?」
 ここは少し、騒がしいの。そういって青の教祖は外に出る。
 外の景色の半分は、白く染まっていた。
 
 遠くの山も、遠くの森も、だいぶん白く染まっている。
 目の前に広がるアルケー湖も、半分が白い硬質な物質で覆われていた。

「おぉ……懐かしい。懐かしいの。覚えておるか?ほら、もちもちの。わらわあれからギルガに教わったんじゃよ。それで、年に一度の祭りで、みなに振舞っておるんじゃよ?」
 アルケー湖を見渡したせいか、旧友との再開のせいか、青の教祖は思い出に浸っていた。
 振り返れば、ちょっと伸びるだけで取り戻せそうな昔の記憶に。
 
「お主も……お主にも食わせてやりたかったの……」
 ずいぶん小さくなってしまった思い出の湖。
 青の教祖が、その煌めく水面に見とれていると、抱きかかえられた赤ん坊が少し身をよじった。

「おぉ。ナナ。あれか?そうじゃよ。タチの剣「神殺し」じゃよ」
 青の教祖が赤ん坊を向けたその先には、大地に突き刺さる剣があった。

 
「やっぱりわかるんじゃな。体よく使わせてもらっておるよ、意志ある者の象徴。いわゆる「伝説の剣」じゃ。嘘は言っておらんじゃろ?……――すまん。すまんの。どこかで生きているとは信じていたが、こんなにもふさぎ込んでしまっていたとは……どうか、どうかゆるしておくれナナ」
 少し寒いじゃろう?部屋に戻ろう。そういうと青の教祖は、大事に大事に赤ん坊を抱え、再び部屋へと戻っていった。
 
 銀髪の少女の案内で、青の教祖は浴場へと足を運ぶ。
 大き目の浴槽の両脇には、疲れを癒す香が焚かれていた。

「タチナナ教の名はユニの奴がごり押したんじゃ」
 湯に直接つけるのは、赤ん坊の体に触る。
 青の教祖は、お湯で湿らせた布で、怪我だらけの赤ん坊を丁寧に丁寧に拭く。
 その間も彼女はずっと、赤ん坊に話しかけていた。

「元神であるナナが先の方が、看板として正しい在り方じゃろう?ナナタチ教じゃ!とわらわは言ったんじゃが、絶対にタチナナが良いと譲らんくての。お主が「右」じゃなきゃイヤなんじゃと」
 耳のない赤ん坊には、もちろん聞こえていない。
 もし聞こえてたとしても大した意味のない会話。
 それでも青の教祖は口を閉じる事はなく、しゃべり続ける。
 
「そのユニもの……。――もう死んでしまった。本来、スライムなんかより長生きなはずなんじゃがの。角を失ったユニコーンはそう長く生きれんようじゃ……」
 本当は、話したいことが山ほどあったのだろう。
 または、口を閉じたとたんに。失いそうでこわかったのだろう。
 
 赤ん坊の命も、溢れ出た思い出も。


「すまん。すまんのナナ。これはわらわのわがままじゃ……今は、どうか、ここで少しばかり休んでおくれ。ちーっとばかりゆっくりしてもいい頃じゃろう?」
 それは共に居ることはできなかったが、同じ、険しく長い道のりを歩んできたであろう「友」への願いだったに違いない。

 青の教祖に保護された赤ん坊は、その後も彼女の手厚い保護を受け、三年も生きたという。

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