かみてんせい

あゆみのり

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肉我

エミー。

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 私たちの邪魔――、もといい正気に戻してくれた子は、初めて見る種族だった。
 
 パッと見は人間。
 だけど爬虫類のような尻尾と、大きな翼が背中から生えている。
 
 黄金の瞳に、羽と尻尾の色は白。太もも近くまで伸びた長い髪は銀。
 褐色の肌と綺麗な対比になって、暗い洞窟でもはっきりと確認できた。


「ど、ど、ど、どちら様でしょうか!」
 二人きりだと思っていたから、踏み出した一歩。
 恥ずかしすぎる場面に目撃者がいたことがつらい。

「それ、こっちのセリフ。ここはアタシの寝床なんだけど?なに、もしかしてオタクらキノコ目的?」
 とても、ざっくりとした口調で話しかけてくる「トカゲ子さん」(仮称)
 長い髪を銀色にかき上げ、大きめの岩に腰を下ろす。

「あるのか!キノコ!!!」
 私の胸を揉む手を離さぬまま、トカゲ子さんに顔だけ向けるタチ。
 どうしよう、これは一応私はタチの顔を見続けた方がいいのだろうか?

「あるけど。あんた達、お金持ってんの?こっちも商売なんだけど」
 そっと、タチの手を払いのけ。
 スッと、タチの手が戻るのを数回繰り返し、話に集中する。
 
 今商売っていったよね?
 と、いうことはこの人はキノコの販売員さん?

「キノコって売り物なんですか?」
「そりゃーね。言っとくけど高いよ?」 
 ペシン!とトカゲ子さんの尻尾が地面を叩いた。
 警戒や警告の類の攻撃的な音ではない。
 
 昔見た、道端でバナナを売っていた人がもっていた鳴子のような、客寄せの音。

「いくらだ!!」
「――たぶん、あんた達に払える金額じゃないね」
 天高く手を上げたタチを一瞥し、トカゲさんが尻尾を横に振る。
 私とタチ。それに持っている荷物をみて何かを判断したようだ。

「あぁ~あー!久しぶりに人間のお金が手に入ると思ったのにさぁ~!」
 肩を落とし、落胆するトカゲ子さん。
 タチの話を思い出す。
 マデューナのキノコは貴族の間で取引されていた――と、いうウワサ。
 
 もし販売されていたのだとしたら、それはもう高価な品だろう。

「そう言うな!いくらだ!なんなら体で払ってもいい!!」
 負けじと交渉を続けるタチさん。
 どうしても手に入れたい気持ちは理解するけど、付け加えた「むしろ体で払いたい」の言葉は、少しムッとするので撤回して欲しい。

「いいよいいよ。この場で使うならただであげる。勝手に食べてセックスしなよ」
 予想外の値下げっぷりに、私とタチは顔を見合わす。

「いいのか?」
「いいよ、もともとアタシのもんでもないしさ。ただ楽して稼ぎたかっただけだもん」
 もう一度二人で顔を見合わせる。
 とりあえず良かったことは、タチが実力行使にでてケンカが始める展開はなさそうだということ。

「あんた達恋仲なんでしょ?わざわざこんな所までセックスしたくて来た人間に「ビンボー人は帰れ!」なんて酷いこと言わないっしょ」
 もうトカゲ子さんは私たちに興味をなくし始めていた。
 大きなあくびを一つして、岩の上で横に寝そべる。


「ただし。持って帰ろうとしたらコロスから。この場でサクっと楽しんで、帰んなよ。このまま真っ直ぐすすめば、キノコの森ね」
 だるそうに尻尾で暗闇の先を指し、キノコの場所まで教えてくれたトカゲ子さん。

 お持ち帰りしたら、商売に差し障るから――ということだろう。だとしても、とても心優しい提案である。
  
「本当にいいんですか?」
 食べた後に高額請求とかされたりしないよね?
 とっても失礼だけど、当然の警戒をしてしまう。
 
「いいってば。ラブラブの邪魔して悪かったね。覗いてオカズにするかもしんないけど、それぐらいは我慢してよ?使い方とかは、ここまで来るんだからもう知ってるっしょ?」
 トカゲ子さんはとってもさっぱりしていた。なんだろう……同じ性的な話題でも、タチが話すと熱っぽくて面倒くさい事が多いのにこの違いは。


「一つ気になることがある」
 完全にお休みの体制をとったトカゲ子さんにまだ食いつくタチ。
 
「なにさ」
「お前は生えてるのか?」
 タチの明け透けな疑問の言葉に、今更驚きはしない。
 彼女が遠慮というものを知らないことは重々承知。

 ただ、どうかトカゲ子さんが不機嫌にならないかが心配だった。
 だって普通の人なら怒って当然だし。

「生えてるにきまってんじゃん」
 トカゲさんはとっても寛容みたい。

「なんと!!!見せてくれないか!」
 タチさんはとっても失礼だ。

「いいけど……彼女さんに怒られない?」
「怒られる!だが、それも良い!」
 気遣いのできるトカゲさんと、自分勝手なうちの人。
 友達になるならトカゲ子さんがいいな!

「良くない!ダメです!どうしても見たいっていうなら私と一緒にだよ!!」
 とっさに抗議の声をあげる私。
 別に、知りもしない人の――というか、タチ以外の人の隠された部分なんて、見たくもないのだけれど……。
 タチが一人で楽しそうにするが寂しい。
 
 それで私をのけ者に、二人で盛り上がられようモノならもっともっと寂しい。
 今までもなんどかあったのだ、知らないおじさんと盛り上がってるタチの横で、会話にまじれないことが。
 
 その後ちゃんと、構ってくれるんだけどさ。

「変わってんね。ちょっと面白いじゃんあんた達」
 完全に寝そべった状態から、ほほに手を当て顔だけ起こすトカゲ子さん。
 切れ長の目から、紫色の瞳がキラリと光る。

「キノコで生やしたのか?」
「いや~食べるつもりはなかったんだけどさ、寝てる時に口にしちゃって、起きたら生えてた」
 軽い!
 それで一生、生えている状態になっちゃったの?
 サッパリした性格の人だろうとは思ったけれど、少しびっくりだ。

「あんた達も気を付けなよ。丸呑みしたら一生もんだからさ」
 にはは。と猫の笑顔みたいな顔で笑うトカゲ子さん。
 うん――素敵な笑顔だ。
 
 この軽さがこの人の魅力なんだと、胸に響いた。
 サッパリとして軽いのに、軽薄な印象はない。
 芯がしっかりしているからこその「余裕感」

「ところで、とっても今更なんですけど、お姉さんのお名前伺ってもいいですか?私はナナこっちはタチって言います」
 唐突な出会いと、タチの「失礼な熱量」で聞く間がなかったが、私もお姉さんに興味が出てきた。
 少し会話にまじりたくなって、一般的な礼節の言葉を口にしてみる。

「あぁそういやそうだね。他人に会うのも久しぶりで挨拶を忘れてた。アタシはエミー。ワイバーンの血を引くエミーね」
 なるほど。エミーさん!
 なるほど、なるほど。背中の羽とお尻の尻尾はワイバーンの――

「ワイバーン……ワイバーンってあの昔、昔滅んだっていう!?」
「そう、そのワイバーン。よく知ってんじゃん。賢いんだねあんた」
 お褒めの言葉を頂けたリアクションを返すより、驚きが大きかった。
 ワイバーン。私はその名前をある人から聞いた。
 かつての私の目的。「神に戻る」タメに必要な乗り物として。

「ちょっと前にトカゲフライに乗ろうとして、その時に乗り場のおじさんに話をきいたの。昔はもっと高く飛べるワイバーンが居たんだって」
 そう。たぶんイトラが滅ぼしたであろうワイバーン。
 私の聖地に向かう唯一の手段を無くし、新聖地「ケサ」を作り自身に願いを集めるために。
 
「へぇ~そんでか。もしかしてパンテオンに向かおうとしたとか?」
「そうそう!私の聖地!」
 つい「私の」とつけてしまったけど、エミーさんは気にする様子もない。
 なにせサッパリしているからね!


「まて!凄いことに気づいた!!!」
「?」
 二人の会話が盛り上がると同時に、タチの大声が洞窟に響き渡る。
 なになに?もしかして嫉妬?
 
 私とエミーさんで楽しそうだからやきもち焼いた?
 酒場で私を置いて盛り上がっている時の気持ちが少しはわかった?

 そんなわけないとわかっているが、少し期待してしまう。
 

「お前のママは……ワイバーンと「した」のか?」
「は?」
 あっ初めてエミーさんの怒っている気配が出た。
 ピキって。ピキって空気に亀裂がはいったよ今。

 これエミーさん絶対つわもの系のお人ですよ?
 ケンカはやめて下さいねタチさん。

「エミーにはワイバーンの血が流れているのだろう?つまり――」
「わけないっしょ!!」
 私のハラハラなどなんのその、迷推理のお披露目を止めないタチ。
 まだまだ明るい感じでつっこむエミーさん。

「ということはパパがワイバーンと「いたした」わけか!!!」
「ふざけんな!」
 バシン!!エミーの尻尾が地面に突っ込みを入れる。
 あれ、人が食らったら数百メートルは吹っ飛びそう。

「タチ。ワイバーンが生きてたのは何百年も昔の話だからね?」
 仲裁というか、忠告というか。
 このまま放っておいたら、確実に暴力のステージに突入するので口を挟む私。
 
 
「つまりパパママではなく、おじいちゃん――ひぃひぃぐらいの――」
 人の気も知れず、謎の方向に推理を伸ばすタチ。
 まず「ワイバーンと愛し合った」という結論を見直す所から始めようか。
 
「うちのご先祖が傷ついたワイバーンの王を助けたっての!!んで、お返しに血を貰ったの!黄金の血!口から飲んで!口からだかんな!!!」
 エミーさんがとても簡潔に答えを示してくれた。
 タチが勘違いしそうな部分も、先回りして追加の一押し。
 
 できる人だ。

「なんだ……ワイバーンとまぐわった訳ではないのか……」
「残念がらないの!なんでもそっち系の話で盛り上がろうとするの、気を付けてよね。特に初対面の人とは!」
 どうせタチの事。エミーさんの、ご両親の色恋沙汰を聴きたかったのだろう。
 どうやってワイバーンと愛し合ったのかを。
 
「しかし……」
「考えるのは自由でも、すぐに口に出さない。第一印象が悪すぎるよ」
 私はタチの口に人差し指を押し当て、注意する。
 口で言っても聞かないので、黙りなさいの躾も兼ねているのだが今の所効果はない。

「ナナになら思いついたことを好きにしゃべって構わんだろう?」
「私にはね」
 タチが私の差し出した手に頬ずりをして、キスをした。
 この人たらしめッ――!
 本当に自分勝手で仕方がない人だと思うけど、愛おしく思ってしまう。
 

「初対面の相手の前で、惚気んのもかんべんしてくんない?」
「おっしゃる通りでございます!」
 謝罪の気持ちを満杯に込めて、エミーさんに頭を下げる私。
 本当に申し訳ない!惚れた弱みで出る甘みを、他者に強要するのは間違っている。

「しかし、不思議だね。どう見てもあんたの方がチビなのに、しっかりしてるじゃん?」
 少し乱れた髪をかき上げ、エミーさんが私に視線を運ぶ。
 キラキラと煌めく銀色が美しい。

「ナナはこう見えても、お前より年上だぞ」
「えっ?――なに?何かの呪い?」
 少し戸惑いを見せるエミーさん。
 事実と言えば事実なんだけど、この体で区切れば一番年下だよ?
 ちゃんと説明しようとすると、大変面倒なことを勝手に口にするタチ。



「えっと……生まれ持った性質――ですかね?」
「そりゃまた、大変そうだね」
 上手くまとめる事が難しくて、なんとなくの回答をする私。
 エミーさんは何かを察してくれたのか、それ以上聞き出そうとはしなかった。


「まぁまぁ、せっかくこんな陰気な所まで来たんだから、とりあえず楽しみなよ。アタシは久しぶりのおしゃべりで疲れたから。寝るわ」
 両瞼を完全に閉じ、また大岩の上に寝そべるエミーさん。
 一分もかからず、大きな尻尾を枕にスヤスヤと静かな寝息を立て始めた。

 睡眠の邪魔にならないよう、小さな声で「ご迷惑をおかけしました」とつぶやく私の手をタチが引っ張る。
 向かう先はエミーさんが教えてくれた、キノコの森。

 鼻息の荒い彼女につれられ、目的地へ――。
 

 私たちがお空の見える地上に帰ったのは、二週間後だった。
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