かみてんせい

あゆみのり

文字の大きさ
上 下
73 / 89
肉我

原材料。

しおりを挟む
 次の日の朝。
 ズーミちゃんの部屋で3番目に目覚めた私は、未だ幸せそうに微笑み眠るストレを一瞥いちべつし、考えを口にする。

「お腹が減る人がへって、満たされる人が増えるなら……それはとっても良いことだよね?」
 ずっと思っていたことだ、あの日イトラが残した雰囲気とは違い、世界も人も穏やかだ。
 これが彼のしたかった事なのだろうか?
 本当に彼はこの「祝福」が贈りたかったのだろうか?

「土の大陸が丸々1つ消えたことを忘れれば、そういう奴もいるだろうな」
 ポチ君の頭を撫でる私の頭を撫でながら、タチはむっすりと口を挟む。
 
 そう、祝福にだって原材料がある。
 この一年で確認したことのひとつ。
 「祝福」それはイトラとダッド2人が作り出した存在……いわば子供だということ。
 
 私達は実際に目にしたのだ。
 「祝福」がストレちゃんだけに贈られたものではなく、行く先々の人に届けられた事実を知り。
 確認のため、ナビの雲に乗り広く世界を見渡そうと空中散策をした時に――
  
 日の光を反射し、白く輝く真っ平らな「板」になった土の大陸を。

 海面より少し上が全て、切り取られたようになくなっていた。
 山も、川も、生き物も全部。
 
 降り立って確認したが、そこには1つのデコボコもなく、ただ日光と私達の硬い足音を反射する床しか存在しなかった。

「どうやら各国、各枠組みで争い事は減り続けているようです。人々に祝福が贈られて、たった一年と考えれば驚異的な速さですが……これが望みだったのでしょうか?」
 ナビも私と同じくイトラの考えに思いを巡らせていた。
 いったい何が目的なのだろうと。
 
 嫌う――とかより、見下していた人間に、これが贈りたかったモノなのだろうか?

「生きることが保証されとるんじゃ、誰も好き好んで自らの命を危険に晒す馬鹿な行動をとらんのじゃろう」
 水中の部屋の窓から手を伸ばし、取り出した大きな水玉から飲水のみみずを精製し皆に配るズーミちゃん。
 
「私なら取るが?」
「ほら。そうやって直ぐに噛みつかないのタチ」
 生まれてこの方、反抗期なタチ。
 ダメと言われれば余計燃えるし、愚かと言われれば大喜びする、真・愚か者。

「そういう方も居るでしょう。ですが、愛する人が自らの命を粗末に扱うことは許せますか?」
「だめだぞナナ!!!ずっと一緒にいると約束しただろう!!もう離れないと!!!」
「なんで私が怒られるのよ!!」
 ナビが追加した言葉で、タチの気持ちは簡単に反転。
 「命なんて安いもん」から「命を大切にしろ」と説教された。

「イチャつきたいだけのバカップルは放っておいてじゃの、あんな大事があった後じゃから、これを機に人間同士の争いがまた増えるかと心配しとったんじゃが……逆でしたの」
「ですね。直後は不穏な噂も耳にしましたが、自身も家族も愛する人々も、人間であるだけで「維持」できる世界になったのです。少しでも冷静になれば争いなど……まして国に命を捧げる戦いなど、足取りが重くなるのは自然でしょう」
 水と風の化身が、化身としての大人な会話をする一方「お前のことを愛しているのだからこんなにも怒っているのだぞ!」と、安い演技で勝手に怒り、勝手に抱きつくタチの腕から顔を出して、私も会話に参加する。

「きっと……悲しみの総量は減ったよね?」
 イトラがしたことは良いことだよね?そうは言えない。祝福のために大陸1つが消えてなくなった。
 暴れまわったダッドによって被害を受けた人だって多い。

 でも、起こってしまったことを――変えられないことを除けば…もしかしたら。
 この先は、良くなるのかもしれない。
 
 なんでこんな考えが頭を巡るのかはわかっている。
 何もしてこなかった私の言い訳になるからだ。

「人に限ればの。祝福が贈られたのは人間だけじゃ、ますます わらわ達のような生き物は肩身が狭くなっとる「人外」じゃからの」
 ズーミちゃんの言葉は身にしみる。
 こんな姿をしているが、私も贈られなかったモノだ。
 
 今や、何にも無しのナナから、持たざるものナナに変わってしまった。
 みんなと旅した一年、その後半にあまり人里に寄らなかった理由はそこにもあった。

 祝福が仕えていないこと、それは怪しい存在としてとらえられる。
 人ではない証拠だから。

 そしてこれからはもっと加速するのだろう。
 皆が祝福に馴染めば馴染むほど。

「祝福達は主人である人を維持するため、食料を確保します。まずは採取と狩り……基準はもちろん「人か否か」農業も始めているので、回り始めたら事態は変わるかもしれませんが……人外は全て利用される立場でしょうね。人の為に」

「あやつらイトラ様とダッドの子じゃからの、土地に詳しいし光と土だけで生きられる。睡眠も必要とせん。最近アルケー湖の周りにも雨がぜをしのぐ仕切りと区画を勝手に作り始めての……喜ぶ人も多いので止めたりはしとらんが」
 今や各地で見る、白くキレイに整理された壁の連なり「コロニア」
 祝福達が人を安全に維持するタメに作り出した部屋のことだ。

「……」
 私の心に渦巻くのは後ろめたい感情だった。
 全部私のせいなんじゃないのだろうか……って。
 
 そういう気持ちが湧き上がると同時に、自惚れるな、つけあがるな、という波も襲いくる。
 そのぶつかり交わる乱れたザワザワをどうにかできているのは、抱きつき撫で回している誰かさんのおかげ。
 元神という罪を打ち消してくれる、最強の変態。

「ナナ。私が上だ。お前は下」
 相変わらずの人読みでの返答。タチじゃなくても分かるぐらい思いつめた表情だったろうけど。
 今、私の身の丈はどんなもんなのだろう?
 どれぐらいまでが私の責任で、どれぐらいまでがセイなんだろう?
 
 そんな悩みもタチの言葉と体を感じると、それだけで私は全てを肯定しちゃいそうになる。

「わん!」
 私の変わりにポチ君が、嬉しそうにひと吠えする。

「あまり根を詰めてもしかたあるまい、第一わらわの部屋にこの人数は多すぎるのじゃ、もう日も出た頃だし、外の空気でも吸うとしよう」
 ズーミちゃんがペチリとまだ夢の中にいるストレとユニちゃんのお尻を叩く。
 みな、それぞれ部屋をでる準備をし、ユニちゃんは光る角から私に着せる新しいお洋服を引っ張り出す。

「ナナ。お前は私のモノだ。私より上にはなれんのだ、何度だって抱く。何度だって教えてやる。泣いて喚いて苦しんでも構わん。私が食べてやる」
 部屋の隅で着替える私に、当然タチが着いてくる。
 わかっている。わかっているのだ。私は、今も変わらずどうしょうもない存在だった。
 
 私が本当に恐れている事は1つ。
 世界の行く末でも、祝福や人々の今後でもない。
 
 だってこの一年そんな事を考え思い悩んだのは、ほんの少しの間だけ。
 普段はただただ日々と世界と肉体を味わって楽しんでいた。
 綺麗な景色も美味しい食べ物も心砕かれるほど愛しかったし、わびしい光景も苦手な食べ物だって、味わう心持ちを持てていた。
 
 全てはこの人が一緒だったから。

「ナナ。私が死んだらお前も連れて行く。心配するな」
「……うん」
 もう、ダメなのだ。
 私はタチを知ったから。
 
 褒められた恋でも、まっとうな愛でもない、元神を慰める存在との関係。
 他の何と変えようとも共に居たい――そう願っているのだから。
しおりを挟む

処理中です...