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第二章:城塞都市クレイル
冒険者(3)
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「マーテル派とは別の思惑で動く誰かさんが居るってことか」
「はいっ」
フリーダは勢い良く頷いた。
自分の推測に自信があるようだった。
ライは疲れ切った頭で監視者の正体を考えてみるが、知る限りの人物や組織に思い当たる存在は居なかった。強いて挙げるのであれば、あの夜に流星を降らせた術者だろうか。
「聖術で感じ取った感情からそう判断したってことだよね」
「推測材料の一つですけど、もっと客観的な根拠があるんです」
「まずはそれを聞いてみたいな。こんな状況だからね、僕の視点からも分析しておきたい」
「もちろんです」
フリーダは水の入った木桶を抱き上げる。
腕がぷるぷると震えており、桶の中の水がたぷたぷと波打った。
「毎朝やってきて水をくださる方と、うぅぅ、重いっ……監視役の接触がないんです」
フリーダの顔が見る見る内に赤くなる。
助けを求める視線に応えて、桶の底板を支える。水がこぼれないように協力して地面に置き直した。
話が進まないので、ライは何も見なかったことにした。
「……なるほど、見回りも兼ねているだろうから、囚人の様子に変化がないか監視役に確認するものだよね」
「もしかしたら感知できる範囲よりも外で話しているかもしれません。でもそうなると、私の聖術を知り過ぎている気がします」
フリーダの正体はルベリスタ王国内では名の知れた聖女である。
しかしマーテル派は外界との接触を断っており、対立関係にあるセフィロト教の主流派について情報を得られるとは思えなかった。
「フリーダちゃんの存在ぐらいは知っていてもおかしくはないかもしれないけど、流石に教会内で秘匿されていた聖術の恩恵まで知っているのは妙だね。まさか裏で主流派と繋がっているとは思えないし」
「……はい、これまでの少ないやり取りでもマーテル派の信仰が本物だというのは伝わってきました。何かを企むには心が素朴なんです」
「僕もそう思うよ。ああ、なるほど、そういう面でも徹底的な監視をする人達には見えないね」
「そうですね、印象と行動が結び付かないです。私達がこっそりと食事を取っているのにも監視者は気付いている筈なのに、それを咎めないのも変だと思いました」
ライは非常食を隠した背負い鞄に目を向ける。
こっそりと目立たないように食事を取ったり排泄の処理はしているが、誤魔化し切れているなんて楽観視はできなかった。
「あとは監視役の人数がたったの三人というのは少な過ぎると思うんです」
「まさか、本当に三人だけで……?」
「はい、心の動き方からなんとなく個人を識別できるのですが、囚われてからずっと三人だけで代わる代わるに監視を続けています」
森の中で過酷な生活を続けるマーテル派とはいえ、三交体制で監視を続けるのは厳しいだろう。
里の人口は少なくとも数十人は居たので、子どもや老人、体の弱い者を除いても監視役を務められる人材はもっと居る筈だ。
これではまるで監視役も一緒に罰を受けているようではないか。
「ここまでが監視役の違和感です」
「他のことにも違和感が?」
フリーダの視線が牢獄の外に向けられる。
見詰める先は森の木々で見通せないが、里の中心部がある方角だ。
草花で覆われた地面に目を凝らせば通り道が見えてくる。人の移動が少ないことから、牢獄がほとんど使われていなかったのが分かる。
一際大きい樹木と吊り橋で繋がった木々には、幾つものツリーハウスが建てられていた。マーテル派は森の魔物から身を守るために、普段は木の上で暮らしているようだ。
今思えば景色を眺められたのは、余裕があったのではなくて単なる現実逃避だった。
「捕まった時、広場にたくさんの人が集まってどんな罰を与えるか話し合っていましたよね」
「随分と殺気立ってたのを覚えてるよ」
殺せ殺せなんて野蛮な声が上がったりはしなかったが、広場は言葉にならない怒りで満ちていた。
フリーダの怒り方に似ているので、聖職者は静かに怒りを秘めるものなのかもしれない。
「……あの時は気付けませんでした。でも今なら分かります。広場に満ちていたのは作られた感情でした」
「それは洗脳ってことかな」
「そこまで強制的なものではないと思います。怒りは本物なのですが、すごく膨らまされているようでした。言い訳みたくなってしまいますが、あの場で違和感を見逃してしまったのは、私達の感情も対象だったからかもしれません」
確かにあの時に感じていた恐怖は過剰だった気がする。
マーテル派が怒りに支配されたように、ライとフリーダも恐怖に呑まれていたのだ。
「例えると、小さな炎は確かに皆さんの中にあったのです。でもそこに風を送って大きな炎に変えた人が居ます」
「広場で目立ってたのは、司祭を名乗ってたあの黒狼族かな?」
「あの方はむしろ信者の皆さんを落ち着かせようとしていました。なので違うと思います」
「それじゃあ一体誰が……」
「たくさんの人の心を動かすには、それだけ大きな感情を向ける必要がある筈なのに、あの場にはそんな感情を持っている人は居なかったんです」
フリーダは悔しそうに唇を噛んだ。
居た筈の扇動者が存在しない。実に奇妙な話だった。
「落ち着いて考え直してみよう。間違いなく扇動者が存在するなら、それに気付けなかったってことだ。隠れていたとしてもフリーダちゃんの聖術なら見付けられる。だとしたら、あの場には居なかったってことだね」
他人の感情を操る手段は言葉だけではない。
魔法ならどうだろうか、と考えて首を横に振った。
もしもあの場で魔法を発動していれば見逃すとは思えなかった。パーティの魔術師としてライは常に自分達に向けられる魔法を警戒している。恐怖に呑まれていたとしても――むしろ呑まれていればこそ、生き延びるために神経が研ぎ澄まされていた筈だ。
フリーダの聖術感知とライの魔法探知を掻い潜る手段があるとすれば、思い付く手段は一つだけだった。
「魔導具だ。それなら術者本人はあの場に居る必要はない。それに常時発動型ならマーテルの森の魔素に紛れられる」
「すごいです、ライさん!」
「……あはは、ありがとう」
念入りに探知にしていれば気付けたかもしれないので、フリーダの称賛を素直に喜べなかった。
魔法探知は魔法発動前後に発生する魔素の差異に着目した探知なので、変化がなければ見落とす可能性は高い。
今のように結果から逆算すれば魔法に気付くことはできるが、発動を隠蔽されれば魔法はただの現象だ。分かった状態で現場に行けば魔素の変化や魔力の痕跡を探って魔法の正体に迫れるかもしれないが、囚われた状態では推論を重ねることしかできなかった。
「整理しようか。マーテル派の裏には黒幕が居て、彼らの怒りを操って僕達が死罪になるように誘導した」
「はい、マーテル派の人達はとても理性的です。セフィロト教の法衣と杖を持った私を平等に扱ってくださいました。怒りを焚き付けられなければ、私達への罰は森の外への追放で終わっていたと思います」
「異教徒の血で森を穢すなんて、彼らの価値観……いや、宗教観からしたら受け入れ難いことだろうからね」
「……ここまでは私の中でなんとなく形になっていたんです。監視役の人達は黒幕側の人で……でも、だとしたら黒幕は何が目的なのでしょう?」
状況整理で広がった視野が再び闇に覆われた。
「黒幕の目的かー」
ライは眉を寄せて腕を組んだ。
「フリーダちゃんと僕をマーテル派に捕まえさせて監視する……把握している事実を抜き出すとこうなるね」
これまでの監禁期間でフリーダの言葉数が少なかった理由は監視役――黒幕の存在を察知していたからだろう。
彼らはマーテル派を誘導した後は見ているだけで何もしてこなかった。
言葉にすると不気味な印象が際立って、フリーダが警戒するのもよく理解できた。
「ライさんや私に何か価値を見出しているなら接触してきますよね」
「そうだね、機会なら幾らでもあった。つまり僕達自身に用はないってことになる」
「誰かを誘き寄せるためでしょうか」
「餌に食い付くのなんて相棒とフェリスちゃんぐらいだよ。王都を賑わす大怪盗を捕まえるためなんて言い出したら笑えるけどね」
フェリスは裏世界では名を知られているが、捕まえたところで被害に遭った貴族様から少しの報奨をもらえるだけだろう。そのためにここまで回りくどい手を使うとは思えなかった。
フリーダなら聖女としての地位と聖術の力は魅力的だ。ただフリーダが目的なら、こんなところに監禁していないでさっさと連れ去ればいいだけの話である。
バンとライは寒村出身の冒険者で、後ろ盾なんて居ないので交渉材料にすらならない。アピールポイントは年齢にしては優秀というぐらいで、ただそれだけだ。
「今だけなら付加価値があります」
「付加価値というと?」
「あの夜、マルクト丘陵の近くに居ました。それはきっと未知の魔法とその術者を追う人にとっては価値があります」
「なるほどね。流星を降らせる魔法――仮に【流星魔法】と呼ぼうか」
奇しくも別の場所、異なる立場で三者同様に同じ名前を与えることになった。
「術者が魔法を解析されるのを嫌がって口封じを企んでいるっていうのは、しっくりこない。あんな派手な魔法を使ったこと自体と矛盾する」
「はい……むしろ目立つために使った気がしています。それに口封じが目的なら始末する機会はいくらでもありました」
「だったら逆に【流星魔法】を探る側だったらどうだろう。間近で【流星魔法】を観測した僕達を始末するために術者は現れる……そう考えてマルクト丘陵の近くに捕らえさせたのなら辻褄が合う」
この推測は術者が目撃者を始末しようとしていることが前提だ。
始末しようと動いているのを知っているということは、始末された誰か、あるいは始末されそうになったのを知っていることになる。
バンとフェリスは心配だが、今はただ無事を祈るしかなかった。
「現場で観測したからといってもね、あの規模なら王都からも見えただろうし、城塞都市からだったら確実だろう」
できる限り正確に見たままを書き留めたが、羊皮紙に描かれた魔術式には所々に空白が残っている。逃げるので手一杯だったあの状況で、更に森の木々に隠れた状態では魔法陣の全貌を把握することはできなかった。
囚われの身で時間だけは有り余っていたので、何度も頭の中で構築し直したが明確な結論は出せていない。
「有益な情報を得られたわけではないっていうのがまた……」
ライの言葉にフリーダは気不味そうに目を逸らした。
「ごめんなさい、実は監視があったので黙っていたのですが……気になることはあったんです」
「気にしなくていいよ。説明されても僕に理解できたかも怪しいからさ」
「そうかもしれません」
「おっと、珍しくフリーダちゃんが辛辣だ」
「ああ、いえ、違うんです! 魔法についてじゃなくて、セフィロト教の信者だからこそ気付けたことがあって!」
「冗談だよ、冗談。そんなに慌てないで」
ライはフリーダが落ち着くのを待った。
「それで、フリーダちゃんは一体、何に気付いたんだい?」
「【流星魔法】が使われた夜のことを思い出してください。ライさんは魔法の前兆に気付いていませんでしたよね」
「……そうだね、あれだけの規模だから、既に周辺の魔素に展開済みだったのが原因だと思うんだけど」
魔力浸透と呼ばれる技術がある。
魔素に術者の魔力を浸透させておくことで魔法の発動の差異を小さくできる。【流星魔法】の場合は意図して隠蔽したというよりは、魔術式の完成までに長い時間が掛かるので、自然と魔力浸透が行われて結果的に発動の瞬間まで隠蔽できた形ではないかと推測していた。
「魔術師のライさんが気付かない違和感に、聖職者の私が先に気付くなんて妙だと思っていたんです」
「言われてみればそうだね。どうしてフリーダちゃんは気付けたの?」
「魔素が指向性を持っていたという風に表現したと思うのですが、あれはきっと聖術の気配だったんです」
「待ってくれ、聖術がどうしてここで出てくるんだ」
フリーダは記憶を探って独り言のように言った。
「マーテル派の皆さんが私達の罪として糾弾したのは、魔物から逃亡中に森を傷付けたことだけだと思ってました。もう一つ言っていた罪を森と同一視していたから勘違いしていたんです」
「『森』と同じように言ってたのは『古き聖地』か」
「はい、古き聖地を穢したと言っていました。古き聖地はマーテルの森ではなく、マルクト丘陵を指していたんです。実は一般には公開されていない聖典に『マルクト』の名前が記されていました」
古き聖地マルクト。
セフィロトの聖典で『王国』と名付けられた聖なる領域。
マルクト丘陵に【流星魔法】が発動する直前、フリーダが感じ取った聖術の気配――もっと言えばその大本である神樹の意志は、果たして何を伝えようとしていたのだろうか。
「聖術由来だったらお手上げだね。それにしても相棒はそんなものまで感じ取るなんて、相変わらず怖いぐらいに便利な勘だよ」
軽口のつもりで口にした言葉に、フリーダは深刻そうに考え込んだ。
「あの時も……誰よりも早く何かを感じ取っていました……バンさんの勘って一体なんなのでしょう?」
フリーダの疑問は森の静寂に溶けて消えた。
黒幕の正体と目的、監視役とマーテル派の関係、あの夜に本当は何が起きたのか。
ライとフリーダは思考を回し続けること――囚われの身にできる精一杯の抵抗を続けるのであった。
「はいっ」
フリーダは勢い良く頷いた。
自分の推測に自信があるようだった。
ライは疲れ切った頭で監視者の正体を考えてみるが、知る限りの人物や組織に思い当たる存在は居なかった。強いて挙げるのであれば、あの夜に流星を降らせた術者だろうか。
「聖術で感じ取った感情からそう判断したってことだよね」
「推測材料の一つですけど、もっと客観的な根拠があるんです」
「まずはそれを聞いてみたいな。こんな状況だからね、僕の視点からも分析しておきたい」
「もちろんです」
フリーダは水の入った木桶を抱き上げる。
腕がぷるぷると震えており、桶の中の水がたぷたぷと波打った。
「毎朝やってきて水をくださる方と、うぅぅ、重いっ……監視役の接触がないんです」
フリーダの顔が見る見る内に赤くなる。
助けを求める視線に応えて、桶の底板を支える。水がこぼれないように協力して地面に置き直した。
話が進まないので、ライは何も見なかったことにした。
「……なるほど、見回りも兼ねているだろうから、囚人の様子に変化がないか監視役に確認するものだよね」
「もしかしたら感知できる範囲よりも外で話しているかもしれません。でもそうなると、私の聖術を知り過ぎている気がします」
フリーダの正体はルベリスタ王国内では名の知れた聖女である。
しかしマーテル派は外界との接触を断っており、対立関係にあるセフィロト教の主流派について情報を得られるとは思えなかった。
「フリーダちゃんの存在ぐらいは知っていてもおかしくはないかもしれないけど、流石に教会内で秘匿されていた聖術の恩恵まで知っているのは妙だね。まさか裏で主流派と繋がっているとは思えないし」
「……はい、これまでの少ないやり取りでもマーテル派の信仰が本物だというのは伝わってきました。何かを企むには心が素朴なんです」
「僕もそう思うよ。ああ、なるほど、そういう面でも徹底的な監視をする人達には見えないね」
「そうですね、印象と行動が結び付かないです。私達がこっそりと食事を取っているのにも監視者は気付いている筈なのに、それを咎めないのも変だと思いました」
ライは非常食を隠した背負い鞄に目を向ける。
こっそりと目立たないように食事を取ったり排泄の処理はしているが、誤魔化し切れているなんて楽観視はできなかった。
「あとは監視役の人数がたったの三人というのは少な過ぎると思うんです」
「まさか、本当に三人だけで……?」
「はい、心の動き方からなんとなく個人を識別できるのですが、囚われてからずっと三人だけで代わる代わるに監視を続けています」
森の中で過酷な生活を続けるマーテル派とはいえ、三交体制で監視を続けるのは厳しいだろう。
里の人口は少なくとも数十人は居たので、子どもや老人、体の弱い者を除いても監視役を務められる人材はもっと居る筈だ。
これではまるで監視役も一緒に罰を受けているようではないか。
「ここまでが監視役の違和感です」
「他のことにも違和感が?」
フリーダの視線が牢獄の外に向けられる。
見詰める先は森の木々で見通せないが、里の中心部がある方角だ。
草花で覆われた地面に目を凝らせば通り道が見えてくる。人の移動が少ないことから、牢獄がほとんど使われていなかったのが分かる。
一際大きい樹木と吊り橋で繋がった木々には、幾つものツリーハウスが建てられていた。マーテル派は森の魔物から身を守るために、普段は木の上で暮らしているようだ。
今思えば景色を眺められたのは、余裕があったのではなくて単なる現実逃避だった。
「捕まった時、広場にたくさんの人が集まってどんな罰を与えるか話し合っていましたよね」
「随分と殺気立ってたのを覚えてるよ」
殺せ殺せなんて野蛮な声が上がったりはしなかったが、広場は言葉にならない怒りで満ちていた。
フリーダの怒り方に似ているので、聖職者は静かに怒りを秘めるものなのかもしれない。
「……あの時は気付けませんでした。でも今なら分かります。広場に満ちていたのは作られた感情でした」
「それは洗脳ってことかな」
「そこまで強制的なものではないと思います。怒りは本物なのですが、すごく膨らまされているようでした。言い訳みたくなってしまいますが、あの場で違和感を見逃してしまったのは、私達の感情も対象だったからかもしれません」
確かにあの時に感じていた恐怖は過剰だった気がする。
マーテル派が怒りに支配されたように、ライとフリーダも恐怖に呑まれていたのだ。
「例えると、小さな炎は確かに皆さんの中にあったのです。でもそこに風を送って大きな炎に変えた人が居ます」
「広場で目立ってたのは、司祭を名乗ってたあの黒狼族かな?」
「あの方はむしろ信者の皆さんを落ち着かせようとしていました。なので違うと思います」
「それじゃあ一体誰が……」
「たくさんの人の心を動かすには、それだけ大きな感情を向ける必要がある筈なのに、あの場にはそんな感情を持っている人は居なかったんです」
フリーダは悔しそうに唇を噛んだ。
居た筈の扇動者が存在しない。実に奇妙な話だった。
「落ち着いて考え直してみよう。間違いなく扇動者が存在するなら、それに気付けなかったってことだ。隠れていたとしてもフリーダちゃんの聖術なら見付けられる。だとしたら、あの場には居なかったってことだね」
他人の感情を操る手段は言葉だけではない。
魔法ならどうだろうか、と考えて首を横に振った。
もしもあの場で魔法を発動していれば見逃すとは思えなかった。パーティの魔術師としてライは常に自分達に向けられる魔法を警戒している。恐怖に呑まれていたとしても――むしろ呑まれていればこそ、生き延びるために神経が研ぎ澄まされていた筈だ。
フリーダの聖術感知とライの魔法探知を掻い潜る手段があるとすれば、思い付く手段は一つだけだった。
「魔導具だ。それなら術者本人はあの場に居る必要はない。それに常時発動型ならマーテルの森の魔素に紛れられる」
「すごいです、ライさん!」
「……あはは、ありがとう」
念入りに探知にしていれば気付けたかもしれないので、フリーダの称賛を素直に喜べなかった。
魔法探知は魔法発動前後に発生する魔素の差異に着目した探知なので、変化がなければ見落とす可能性は高い。
今のように結果から逆算すれば魔法に気付くことはできるが、発動を隠蔽されれば魔法はただの現象だ。分かった状態で現場に行けば魔素の変化や魔力の痕跡を探って魔法の正体に迫れるかもしれないが、囚われた状態では推論を重ねることしかできなかった。
「整理しようか。マーテル派の裏には黒幕が居て、彼らの怒りを操って僕達が死罪になるように誘導した」
「はい、マーテル派の人達はとても理性的です。セフィロト教の法衣と杖を持った私を平等に扱ってくださいました。怒りを焚き付けられなければ、私達への罰は森の外への追放で終わっていたと思います」
「異教徒の血で森を穢すなんて、彼らの価値観……いや、宗教観からしたら受け入れ難いことだろうからね」
「……ここまでは私の中でなんとなく形になっていたんです。監視役の人達は黒幕側の人で……でも、だとしたら黒幕は何が目的なのでしょう?」
状況整理で広がった視野が再び闇に覆われた。
「黒幕の目的かー」
ライは眉を寄せて腕を組んだ。
「フリーダちゃんと僕をマーテル派に捕まえさせて監視する……把握している事実を抜き出すとこうなるね」
これまでの監禁期間でフリーダの言葉数が少なかった理由は監視役――黒幕の存在を察知していたからだろう。
彼らはマーテル派を誘導した後は見ているだけで何もしてこなかった。
言葉にすると不気味な印象が際立って、フリーダが警戒するのもよく理解できた。
「ライさんや私に何か価値を見出しているなら接触してきますよね」
「そうだね、機会なら幾らでもあった。つまり僕達自身に用はないってことになる」
「誰かを誘き寄せるためでしょうか」
「餌に食い付くのなんて相棒とフェリスちゃんぐらいだよ。王都を賑わす大怪盗を捕まえるためなんて言い出したら笑えるけどね」
フェリスは裏世界では名を知られているが、捕まえたところで被害に遭った貴族様から少しの報奨をもらえるだけだろう。そのためにここまで回りくどい手を使うとは思えなかった。
フリーダなら聖女としての地位と聖術の力は魅力的だ。ただフリーダが目的なら、こんなところに監禁していないでさっさと連れ去ればいいだけの話である。
バンとライは寒村出身の冒険者で、後ろ盾なんて居ないので交渉材料にすらならない。アピールポイントは年齢にしては優秀というぐらいで、ただそれだけだ。
「今だけなら付加価値があります」
「付加価値というと?」
「あの夜、マルクト丘陵の近くに居ました。それはきっと未知の魔法とその術者を追う人にとっては価値があります」
「なるほどね。流星を降らせる魔法――仮に【流星魔法】と呼ぼうか」
奇しくも別の場所、異なる立場で三者同様に同じ名前を与えることになった。
「術者が魔法を解析されるのを嫌がって口封じを企んでいるっていうのは、しっくりこない。あんな派手な魔法を使ったこと自体と矛盾する」
「はい……むしろ目立つために使った気がしています。それに口封じが目的なら始末する機会はいくらでもありました」
「だったら逆に【流星魔法】を探る側だったらどうだろう。間近で【流星魔法】を観測した僕達を始末するために術者は現れる……そう考えてマルクト丘陵の近くに捕らえさせたのなら辻褄が合う」
この推測は術者が目撃者を始末しようとしていることが前提だ。
始末しようと動いているのを知っているということは、始末された誰か、あるいは始末されそうになったのを知っていることになる。
バンとフェリスは心配だが、今はただ無事を祈るしかなかった。
「現場で観測したからといってもね、あの規模なら王都からも見えただろうし、城塞都市からだったら確実だろう」
できる限り正確に見たままを書き留めたが、羊皮紙に描かれた魔術式には所々に空白が残っている。逃げるので手一杯だったあの状況で、更に森の木々に隠れた状態では魔法陣の全貌を把握することはできなかった。
囚われの身で時間だけは有り余っていたので、何度も頭の中で構築し直したが明確な結論は出せていない。
「有益な情報を得られたわけではないっていうのがまた……」
ライの言葉にフリーダは気不味そうに目を逸らした。
「ごめんなさい、実は監視があったので黙っていたのですが……気になることはあったんです」
「気にしなくていいよ。説明されても僕に理解できたかも怪しいからさ」
「そうかもしれません」
「おっと、珍しくフリーダちゃんが辛辣だ」
「ああ、いえ、違うんです! 魔法についてじゃなくて、セフィロト教の信者だからこそ気付けたことがあって!」
「冗談だよ、冗談。そんなに慌てないで」
ライはフリーダが落ち着くのを待った。
「それで、フリーダちゃんは一体、何に気付いたんだい?」
「【流星魔法】が使われた夜のことを思い出してください。ライさんは魔法の前兆に気付いていませんでしたよね」
「……そうだね、あれだけの規模だから、既に周辺の魔素に展開済みだったのが原因だと思うんだけど」
魔力浸透と呼ばれる技術がある。
魔素に術者の魔力を浸透させておくことで魔法の発動の差異を小さくできる。【流星魔法】の場合は意図して隠蔽したというよりは、魔術式の完成までに長い時間が掛かるので、自然と魔力浸透が行われて結果的に発動の瞬間まで隠蔽できた形ではないかと推測していた。
「魔術師のライさんが気付かない違和感に、聖職者の私が先に気付くなんて妙だと思っていたんです」
「言われてみればそうだね。どうしてフリーダちゃんは気付けたの?」
「魔素が指向性を持っていたという風に表現したと思うのですが、あれはきっと聖術の気配だったんです」
「待ってくれ、聖術がどうしてここで出てくるんだ」
フリーダは記憶を探って独り言のように言った。
「マーテル派の皆さんが私達の罪として糾弾したのは、魔物から逃亡中に森を傷付けたことだけだと思ってました。もう一つ言っていた罪を森と同一視していたから勘違いしていたんです」
「『森』と同じように言ってたのは『古き聖地』か」
「はい、古き聖地を穢したと言っていました。古き聖地はマーテルの森ではなく、マルクト丘陵を指していたんです。実は一般には公開されていない聖典に『マルクト』の名前が記されていました」
古き聖地マルクト。
セフィロトの聖典で『王国』と名付けられた聖なる領域。
マルクト丘陵に【流星魔法】が発動する直前、フリーダが感じ取った聖術の気配――もっと言えばその大本である神樹の意志は、果たして何を伝えようとしていたのだろうか。
「聖術由来だったらお手上げだね。それにしても相棒はそんなものまで感じ取るなんて、相変わらず怖いぐらいに便利な勘だよ」
軽口のつもりで口にした言葉に、フリーダは深刻そうに考え込んだ。
「あの時も……誰よりも早く何かを感じ取っていました……バンさんの勘って一体なんなのでしょう?」
フリーダの疑問は森の静寂に溶けて消えた。
黒幕の正体と目的、監視役とマーテル派の関係、あの夜に本当は何が起きたのか。
ライとフリーダは思考を回し続けること――囚われの身にできる精一杯の抵抗を続けるのであった。
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