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第二章:城塞都市クレイル
背信者(9)
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アヴァドから漂っていた重苦しい気配がなくなった。
心を開いてくれたわけではないが信用はしてもらえたようだ。
あるいはロゼが交渉相手として警戒に値しない存在だと判断されただけかもしれない――と考えるのは流石に悲観的に過ぎるだろうか。
「冒険者の解放は難しいのは理解しました……それならば、少しだけでも話をさせてもらえないでしょうか」
「彼らは残された時間を懺悔のためだけに捧げるのです」
アヴァドはロゼから目を背けるだけでなく体ごと向きを変えた。
じっと見詰める先は木の壁で、何かあるのかと思ったが、複雑な木目が模様に見えるだけで何も描かれてはいなかった。
「懺悔の時間……それがマーテル派の罰ですか」
「空腹と酷寒に堪え忍ぶ時間こそが縋る先のない生命の祈り。文明は人の殺し方すらも洗練させているようですな? 苦しみが一瞬で過ぎ去るギロチン刑や、眠るように息を引き取れる毒殺と比べれば、我々のやり方は野蛮に映るかもしれません」
アヴァドはロゼに向き直る。
先程まで宿していた力強さが瞳から失われていた。
「命そのものに価値はありません。命をどう使ったかが問われるべきなのです」
「死刑は罰になりえないと」
アヴァドは重々しく頷いた。
王国が文明を築く中で培った価値観や法律はマーテル派の教義とは相容れない。
頭では理解できていても、こうして目と目を合わせて言葉を交わしていると、分かり合えるのではないかと錯覚しそうになる。
理性的に話せるのに、言葉は通じているのに、価値観だけで擦れ違う。
自然の猛威よりも理不尽に思えた。
「祈りの言葉を紡ぐため、喉を枯らさぬように最低限の水は与えられておりますが……捕らえられた時には傷付き、消耗していた。過酷なこの森ではそう長くは持たないでしょう」
あの夜――【流星事変】の始まりから既に一週間以上が経とうとしている。
種族や魔法次第ではやりようがあるかもしれないが、冒険者パーティ『燈火』のメンバーは全員人間であり、冒険者ギルドで把握している限りは生存に特化した能力は持ち合わせていない。
改めて一刻の猶予もない事態だと理解させられる。
ロゼの背に二人の命の重さが伸し掛かった。
*
「王女殿下、力になれず申し訳ございません」
「いいえ、辺境伯の責任ではありません。あの交渉は最初から冒険者の処遇を決められる場ではありませんでした」
マーテル派の里を後にする足取りは重かった。
ロゼとブランカは言葉を尽くして説得を続けたが、アヴァドには必死の懇願も一顧だにもされなかった。
論理ではなく感情――それも集団の問題となってしまえば、簡単に解決できる問題ではない。理性的なリーダーであるアヴァドすらも動かせないのは絶望的な結果だった。
やってきた時に門番をしていた獣人の男が里の入り口に立っていた。
「まだ日は高いが、悠長にしていればすぐに沈む。早々に立ち去ることだな」
刺々しい物言いだが内容は親切な警告だった。
司祭であるアヴァドから諌められて、時間も経ったこともあり冷静になったのだろう。ブランカを睨み付ける目は相変わらずだが、少なくとも無闇に槍を振るおうとする様子はない。
ブランカや護衛を説得して離れてもらうと、ロゼは一対一で門番の男と向き合った。
「なんだ……?」
「あなたも冒険者の死刑……いえ、与えた罰には賛成していらっしゃいますか」
「あの捕らえた者達の話か」
「はい、男女の冒険者をマーテル派の教義に基づいて裁いたと聞きました」
「彼奴らは禁忌を犯した。然るべき罰を受ける。ただそれだけのことだ」
門番の声は冷めていた。
信仰者としては正しい姿かもしれないが、感情的な振る舞いを目にしていたので引っ掛かりを覚える。教義に記された最も厳しい罰を求めた相手の話をしているようには見えない。
「確かに教義は解釈の余地があって、今回も罰の内容を話し合われたが……賛成か反対かという一言でまとめるものではないが、決定された罰に対しては反対の立場だった」
「そうなのですか?」
「当然だろう。罪を犯したとはいえ、生き残るために森を傷付けることは有り得る話だ。故意にやったとは思えない状況だったからな、森から追放するだけでいいと考えていた」
「もしかして、あなたが冒険者を……?」
「だから話を訊いたのではないのか。……まあいい。魔物に追われて逃げていたのを目にしている。その場で助けはしたが、森で使うには危険な魔法を使用していた。それを看過することはできなかったので捕らえたのだ」
「それでは【流星魔法】の罪状は後から出てきたというのですね」
「流星……? ああ、あの魔法を言っているのか」
門番は眉をひそめた。
「貴様は我々を無知な獣頭と馬鹿にしているのか?」
「いいえ、馬鹿にするつもりはございません!」
「あれほどの魔法をたった二人の魔術師……いや、四人であっても発動できるわけがあるまい」
「……ええ、そうですね。当たり前ですね」
ロゼは自らの失念を自覚する。
前提知識の違いで擦れ違っていた。
研究者や術者本人でもなければ、【流星魔法】が儀式魔法が不可能な個人用魔法であるとは分からないし、考える筈もなかった。
(どうにも見えてきた過程と結果が噛み合わない気がしますね)
アヴァドは割り切れない感情の問題だと言っていた。
しかし門番の話を聞いてみると、冒険者の二人に対して、冷静に判断できる知識と理性をアヴァド以外の信者も持っているように思える。
他の信者にも話を聞いてみたいが、これ以上帰りが遅くなれば夜になってしまい危険だ。それにマーテル派を刺激することになりかねない。
それでも冒険者に残された時間は限られているのだ。
ロゼは里を振り返り、戻るべきかどうか判断を下す――
心を開いてくれたわけではないが信用はしてもらえたようだ。
あるいはロゼが交渉相手として警戒に値しない存在だと判断されただけかもしれない――と考えるのは流石に悲観的に過ぎるだろうか。
「冒険者の解放は難しいのは理解しました……それならば、少しだけでも話をさせてもらえないでしょうか」
「彼らは残された時間を懺悔のためだけに捧げるのです」
アヴァドはロゼから目を背けるだけでなく体ごと向きを変えた。
じっと見詰める先は木の壁で、何かあるのかと思ったが、複雑な木目が模様に見えるだけで何も描かれてはいなかった。
「懺悔の時間……それがマーテル派の罰ですか」
「空腹と酷寒に堪え忍ぶ時間こそが縋る先のない生命の祈り。文明は人の殺し方すらも洗練させているようですな? 苦しみが一瞬で過ぎ去るギロチン刑や、眠るように息を引き取れる毒殺と比べれば、我々のやり方は野蛮に映るかもしれません」
アヴァドはロゼに向き直る。
先程まで宿していた力強さが瞳から失われていた。
「命そのものに価値はありません。命をどう使ったかが問われるべきなのです」
「死刑は罰になりえないと」
アヴァドは重々しく頷いた。
王国が文明を築く中で培った価値観や法律はマーテル派の教義とは相容れない。
頭では理解できていても、こうして目と目を合わせて言葉を交わしていると、分かり合えるのではないかと錯覚しそうになる。
理性的に話せるのに、言葉は通じているのに、価値観だけで擦れ違う。
自然の猛威よりも理不尽に思えた。
「祈りの言葉を紡ぐため、喉を枯らさぬように最低限の水は与えられておりますが……捕らえられた時には傷付き、消耗していた。過酷なこの森ではそう長くは持たないでしょう」
あの夜――【流星事変】の始まりから既に一週間以上が経とうとしている。
種族や魔法次第ではやりようがあるかもしれないが、冒険者パーティ『燈火』のメンバーは全員人間であり、冒険者ギルドで把握している限りは生存に特化した能力は持ち合わせていない。
改めて一刻の猶予もない事態だと理解させられる。
ロゼの背に二人の命の重さが伸し掛かった。
*
「王女殿下、力になれず申し訳ございません」
「いいえ、辺境伯の責任ではありません。あの交渉は最初から冒険者の処遇を決められる場ではありませんでした」
マーテル派の里を後にする足取りは重かった。
ロゼとブランカは言葉を尽くして説得を続けたが、アヴァドには必死の懇願も一顧だにもされなかった。
論理ではなく感情――それも集団の問題となってしまえば、簡単に解決できる問題ではない。理性的なリーダーであるアヴァドすらも動かせないのは絶望的な結果だった。
やってきた時に門番をしていた獣人の男が里の入り口に立っていた。
「まだ日は高いが、悠長にしていればすぐに沈む。早々に立ち去ることだな」
刺々しい物言いだが内容は親切な警告だった。
司祭であるアヴァドから諌められて、時間も経ったこともあり冷静になったのだろう。ブランカを睨み付ける目は相変わらずだが、少なくとも無闇に槍を振るおうとする様子はない。
ブランカや護衛を説得して離れてもらうと、ロゼは一対一で門番の男と向き合った。
「なんだ……?」
「あなたも冒険者の死刑……いえ、与えた罰には賛成していらっしゃいますか」
「あの捕らえた者達の話か」
「はい、男女の冒険者をマーテル派の教義に基づいて裁いたと聞きました」
「彼奴らは禁忌を犯した。然るべき罰を受ける。ただそれだけのことだ」
門番の声は冷めていた。
信仰者としては正しい姿かもしれないが、感情的な振る舞いを目にしていたので引っ掛かりを覚える。教義に記された最も厳しい罰を求めた相手の話をしているようには見えない。
「確かに教義は解釈の余地があって、今回も罰の内容を話し合われたが……賛成か反対かという一言でまとめるものではないが、決定された罰に対しては反対の立場だった」
「そうなのですか?」
「当然だろう。罪を犯したとはいえ、生き残るために森を傷付けることは有り得る話だ。故意にやったとは思えない状況だったからな、森から追放するだけでいいと考えていた」
「もしかして、あなたが冒険者を……?」
「だから話を訊いたのではないのか。……まあいい。魔物に追われて逃げていたのを目にしている。その場で助けはしたが、森で使うには危険な魔法を使用していた。それを看過することはできなかったので捕らえたのだ」
「それでは【流星魔法】の罪状は後から出てきたというのですね」
「流星……? ああ、あの魔法を言っているのか」
門番は眉をひそめた。
「貴様は我々を無知な獣頭と馬鹿にしているのか?」
「いいえ、馬鹿にするつもりはございません!」
「あれほどの魔法をたった二人の魔術師……いや、四人であっても発動できるわけがあるまい」
「……ええ、そうですね。当たり前ですね」
ロゼは自らの失念を自覚する。
前提知識の違いで擦れ違っていた。
研究者や術者本人でもなければ、【流星魔法】が儀式魔法が不可能な個人用魔法であるとは分からないし、考える筈もなかった。
(どうにも見えてきた過程と結果が噛み合わない気がしますね)
アヴァドは割り切れない感情の問題だと言っていた。
しかし門番の話を聞いてみると、冒険者の二人に対して、冷静に判断できる知識と理性をアヴァド以外の信者も持っているように思える。
他の信者にも話を聞いてみたいが、これ以上帰りが遅くなれば夜になってしまい危険だ。それにマーテル派を刺激することになりかねない。
それでも冒険者に残された時間は限られているのだ。
ロゼは里を振り返り、戻るべきかどうか判断を下す――
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