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第二章:城塞都市クレイル

背信者(5)

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「手荒い歓迎となり申し訳ございませぬ……しかし、賑やかな歓待ができぬことはご承知おきください」

 黒狼族の司祭はアヴァドと名乗った。

「マーテル派に司祭は居ない筈では?」
「便宜上のものですよ」

 ロゼの疑問にアヴァドは丁寧に説明をしてくれた。
 本来はマーテル派に階級の概念はなく全員が平等の立場にある。
 しかし、この森に住まうマーテル派の信者を取りまとめており、集団生活の中で明確なリーダーが居ないのは混乱を招くため、便宜上やむを得ず司祭と名乗っているのだという。

「こちらの梯子から上がってください」

 マーテル派の集落は樹齢数千年に及ぶであろう大樹を中心に築かれていた。
 近付くと大樹の威容に圧倒されてしまう。たった一本の木から伸びる枝葉によって空を塞ぎ切っていた。
 大樹の枝の間にツリーハウスが建てられている。周囲の成長した木々にも小さなツリーハウスがあり、それぞれの木を吊り橋で繋げ合っていた。

「見事なものですね」
「これこそが自然の授かりものです」

 ロゼの思わず漏らした言葉にアヴァドが微笑んだ。
 本人がそんな意図を込めてなくてもアヴァドの言葉に皮肉を感じ取ってしまう。王室の端くれであるロゼにとっては文明の発展のために自然を犠牲にする王国を揶揄しているようだった。

「夜行性の魔獣が獲物を求めて徘徊するので、地面の上で夜を過ごすのは危険なのです。こういった形に集落が落ち着いたのは自然の成り行きというものですな」

 森の中にある素材だけで作られた梯子や吊り橋、家屋はどれも頑丈で洗練されていた。長年の生活の中で加工技術が磨かれてきたのだろう。文明の発展を放棄はしているが、決して文明の一切を否定はしていない。マーテル派が線引きする境界を見極めることこそが重要そうだ。

「この建物は集会場として普段は使っております。里の中で人の集まれる場所はここぐらいしかないものでして、客人に相応しい居場所ではありませんが、どうかご理解ください」

 アヴァドに招き入れられた集会場は、木の上という限られた空間に築かれた建物とは思えなかった。何段もの高低差を利用して、多くの人が収納できるように講壇を囲って扇形の座席が階段状に並んでいた。
 交渉するには向いていない部屋の構造だったので、対等な立場を示すために講壇の周りに椅子を置き直す。クレイル側はロゼとブランカの二人だけが交渉の席に着いて護衛達は集会場の外に待機させた。

「門番を務めていたあの男は実直だ。彼が君たちに害意を向けたことは改めて謝罪しよう。しかし彼の紡いだ言葉は決して否定できない。古き友よ、我々の道は既に分かたれたのだ」

 正面から向き合ったアヴァドは態度こそ柔和であるが気を抜けない相手だった。これまでも白狼族や王国を否定はしなかったが、決して歩み寄る態度は見せていない。
 分かりやすく怒りを見せた門番の方がむしろやりやすかった。
 アヴァドの黒い瞳には、言葉にできない澱のように積み重なった感情が見え隠れしていた。
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