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第二章:城塞都市クレイル

生還者(2)

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「都市長にお会いできるのですか」
「はい、フィルギヤ室長が……いいえ、この場合はフィルギヤ商会のレナーテ副代表と言った方が正しいでしょうか。あの方から都市長宛のお手紙を預かっていたのですが、どうやらロゼさんのことも書かれていたようです」
「……なるほど、そういうことでしたか」

 リーサの説明で納得がいった。
 たとえお忍びで訪れたのだとしても、その正体を知っているならば貴族である都市長は臣下として第三王女を蔑ろには扱えない。
 補給物資の専属契約を結ぶフィルギヤ商会の副代表からの紹介状であれば、大きな意味があることを疑われる心配もない。

「到着次第、城塞に招待したいとのことでしたので、キャラバン到着の知らせを聞いて私がお迎えに上がりました」
「流石の手回しですね。貴族的というより商売人的ですが」

 ロゼは小高い丘に建てられた城塞を見上げる。
 防護柵と二重の城壁、更には自然の形作る高低差によって、高い防衛能力を誇っていた。
 天を衝く主塔は都市全体を見渡せるだけでなく、北方未開拓地域の監視をするのにも適しており、今も見張り番が油断なく目を光らせていた。
 リーサに先導されて馬車置き場を出ると、街道はたくさんの人々が行き交っていた。

「随分と賑やかですね。まるでお祭りのような雰囲気です」
「お祭り騒ぎという意味では正しいかもしれません」

 リーサは立ち止まると街の一角を指差した。
 二階建ての大きな建物で、壁には目立つように『大きな盾に交差させた剣と杖』のシンボルが掲げられていた。

「冒険者ギルド……?」
「【流星魔法】に興味を持つのは研究者だけではありませんから」

 擦れ違う人を意識して観察すれば、ほとんどが都市の住民ではなかった。
 鋭い雰囲気だけであれば兵士と判断するが、そこに統一性のない個性的な装備を身に着けた一団という情報が加われば、それは間違いなく冒険者だ。
 自主的あるいは正式な依頼を受けて、多くの冒険者がこの都市にやってきているのだろう。

「冒険者にとっては稼ぎ時ということですね」
「どうかお気にされませんように。見る者が変われば見え方はがらりと変わるのものです」
「ええ、冒険者も仕事ですからね」

 二つ目の城門から先には重要な施設が多いことから、気軽に出入りできた一つ目の城門と違って一人ずつ念入りに誰何すいかされていた。

「リーサさん、その方がブランカ様のお客様ですね」
「はい、事前にお伝えしていた通りです。通行証の発行が必要であれば日を改めますが」
「いえいえ、レネ様からも伺っておりますので、どうぞお通りください」

 顔馴染らしい門番のお陰ですんなりと城塞まで入れた。

「レネというのは、確かフィルギヤ商会の?」
「もう一人の副代表ですね。こちらには私達よりも早く何日も前から滞在しているようです。すぐにお会いすることになると思いますが、きっと驚かれるかと……いいえ、私の口から説明するのは控えておきます」

 ロゼは首を傾げた。
 フィルギヤ商会の副代表は、レナーテとレネの二人で、どちらも家名はフィルギヤなので姉妹かと思っていたのだが、何か驚くような想定外があるのだろうか。

「実際に顔を合わせて、本人の口からお聞きした方が、結果的には誤解もせずに済むかと思います」
「そういうことであれば……」

 普段のポンコツっぷりはともかく論理的な思考力は頼りになるので、リーサの言葉に従って疑問を呑み込んだ。
 市街の賑やかさに比べて城塞内にはほとんど人の姿は見当たらない。ところどころに配置された守衛と、後は少数の使用人と擦れ違うぐらいだった。

「アルフレッド主任はどちらにいらっしゃるのですか」
「主任は……この時間だと主塔に上がって北の森を観察してるところです。お呼びしますか?」
「いえ、少し気になっただけなので」
「…………一つお聞きしてもよろしいでしょうか。ロゼさんはどうして主任を家名ではなく名前で呼ぶのですか?」

 どういう意図の質問だろうかと表情から探ろうとするが、リーサにしては珍しく俯きがちで目を合わせようとしなかった。

「単純な話ですよ。彼は生まれのメルクリウス侯爵家も手に入れたローウェル子爵の爵位も必要としていないので、一人の研究者としてアルフレッド主任とお呼びしています」

 リーサはほっと息をついた。

「ありがとうございます。くだらない質問をしてしまい申し訳ございません」
「リーサさんが必要と判断したのであれば、それはくだらないものではないのでしょう。私からも一つ質問をいいでしょうか?」
「はい、私にお答えできることであれば」
「リーサさんはアルフレッド主任をアルフィ、と愛称でお呼びしていますよね。普段の様子からも随分と親しげなので気になっていたのですが、お二人は長い付き合いなのでしょうか」
「幼少期からの付き合いなのです」

 どうして胸を張るのか謎ではあるが、微笑ましいので気にしないことにした。

「大人になってからも同じ道を進んでいるなんて素敵ですね」
「王女――ロゼさんもそうお思いになられますか」

 リーサが鼻息を荒くして顔を寄せてくる。

「え、ええ、とても素晴らしいと思いますが……」
「そうですよね」
「は、はい」
「ふふっ」

 氷の微笑にドヤ顔成分が加わった。
 よく分からないが、なんだかほっこりするので気にしないことにした。
 初対面の時から不思議と親しみを感じ取っていたが、自分の勘は間違いではなかったと確信する。

「リーサさんをリンステッド伯爵家のご令嬢としてお呼びしないのは、貴族としての立場を意識せず、気軽に話すことができたらなと思っているからなのですよ」
「それは、とても光栄ですが……」

 王女ではないロゼとして等身大の言葉にリーサは困惑しているようだった。
 ロゼは覚悟を決めて更に本音を打ち明ける。

「これからきっと苦難が続くことになります。だからどうか、無力な私に力を貸してくださると嬉しいです」

 作り笑顔が剥がれていき、くしゃりと顔を歪める。
 リーサは俯いてしまい前髪に隠されて表情が見えなくなる。

「リーサさん……?」

 呼び掛けに顔を上げたリーサは淡い微笑みを浮かべていた。

「公的な場ではない限り、ロゼさんとお呼びしてもよろしいでしょうか」
「はい、もちろんです」

 受け入れられた喜びに思わず頬が緩んでしまう。
 立場を気にせず笑い合える関係で繋がれたのはリーサが初めてだった。
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