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第二章:城塞都市クレイル

生還者(1)

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 ――流星事変の発生から9日後。

 ルベリスタ王国の北方地域は、快晴から燦々と降り注ぐ太陽の光によって、昨日まで厳しい冬の寒さに冷え込んでいたのが嘘のように感じられる陽気に包まれていた。

 枯れ草に黄色く染まる平原を、たくさんの荷馬車が列を成して走り抜けていく。
 彼らはフィルギヤ商会所属の商人達であり、専属契約によって城塞都市クレイルに定期的に補給物資を運んでいた。

 荷馬車とその護衛を務めるキャラバンには不釣り合いな賓客用の馬車が何台か見受けられた。
 商隊の者達は定期便の契約内容を見直すために、商会の上役が乗っているのだと説明をされており、実際にその通りではあったが、ほとんとの者には伏せられた一人の賓客が密かに同行していた。


    *


 第三王女ロザリンド・エル・ルベリスタにとって、城塞都市クレイルを目指す道は、初めて経験する苦痛を伴う旅路だった。
 ほとんど王都の外に出ないので、旅人として心構えをそもそも彼女は持ち合わせていなかった。
 更にはこれまでの遠出では、王室に連なる者として最大限の配慮が成されていたため、馬車の揺れで苦しんだり、魔物との遭遇に怯えたり、夜の冷え込みに耐えるしかない状況はどれも初めての経験だった。

 魔物や自然の脅威が民を苦しませている、というのは事実として知っていても、完璧に守られる立場では決して実感することはできなかったのだ。

「結局は、私も知らず知らずの内に甘えていたのですね」

 何度も座席に打ち付けられて、すっかり痛みに慣れ切った体を擦った。
 北方地域は人の行き来が少ないため、主要な通り道であっても地面が踏み均されておらず馬車はガタガタと激しく揺れる。

 これでも賓客用の馬車で、平民の利用する乗合馬車やキャラバンの荷馬車に比べればまだ良い方だと聞いた時は思わず絶句してしまった。これ以上の苦痛を移動のためだけに味わうのはもはや拷問ではないか。
 お忍びでクレイルに向かう――という状況で第三王女ではなくただのロゼになったことにより、どれだけ自分が恵まれた境遇だったのか否が応でも理解させられた。

 腐敗する貴族達の姿を嫌悪しておきながら、自分が特別扱いを受けていなことに気付いていないなんて実に滑稽だ。
 馬車に対して不平を口にした時、レナーテの手配してくれた使用人が、ロゼの正体を知りながら呆れ顔を隠し切れなかったのは、思い出すだけでも顔から火が出るほど恥ずかしい失敗だ。

 意図せず与えられた肉体と精神の試練を乗り越えて、ロゼを乗せた馬車を含むフィルギヤ商会のキャラバンは、いよいよ城塞都市クレイルの間近まで迫っていた。
 旅慣れしてきた体と長旅の疲れが重なり、揺れる馬車内で微睡んでいると、途切れることなく続いていた激しい振動が緩やかになり、周囲が人の声で賑やかになっていく。
 ぼんやりとした意識のまま顔を上げた。

「……着いたのですね」

 馬車が停止したのを確認してから、キャビンの扉を開いた。
 吹き荒ぶ乾いた風によって正体を隠すために被っていたフードが脱げてしまい、赤い前髪を大きく巻き上げた。
 慌ててフードを押さえ付けて周囲を確認するが、キャラバンの補給物資で賑わう中で敢えて乗用馬車に目を向ける者は見当たらなかった。

 手すりに捕まりながらおぼつかない足取りで馬車の足場を一段ずつ下りていると、誰かが駆け寄ってくるのを視界の端に捉えた。
 見覚えのある人影の正体はリーサだった。
 王立魔法研究所第九研究室の助手として、室長のアルフレッドと共に流星事変の調査員として派遣されていた。彼らであればロゼのように正体を隠す必要もなく、正式な立場でクレイルに向かえたので先行してもらったのだ。

「王女殿下――んぐむっ」

 ロゼは出迎えにやってきたリーサの口に手の平を押し当てた。
 もごもごと何か言おうとしているが、唇の前で人差し指を立てると、ようやく意図を察して黙り込んだ。
 危うく『氷の微笑』に騙されるところだった。冷徹に見える顔に反してリーサにはポンコツな部分がたくさんあるので気を抜けない。

「ここではロゼと呼んでください」
「分かりました。ロゼ……さん」

 言い淀んでいるが、その内に慣れてくれるだろう――と信じておく。

「フードは逆に目立つので外したほうが良いかもしれません。その控え目な旅装であれば、ロゼさんを外見だけで見付けられる方はこの都市にはいらっしゃらないので」
「……そうですか」

 ロゼはフードを外した。
 正体を隠している状態を維持するのは精神的に疲弊するものなので、自分の知名度の低さに思うところはあったが甘んじて受け入れた。

「それでは都市長の元へご案内致します」

 所作は完璧なリーサの案内に従い、ロゼはクレイルの中心――都市長の住まう城塞に向かって歩き出した。
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